第138話 診察

 彼方と香鈴は冒険者ギルドの医務室にいた。


 魔法医のアルミーネが香鈴の緑色の腕に顔を近づける。


「…………ディルミルの種か。こりゃまた、レアな状況ね」

「治りますか?」


 彼方の質問に、アルミーネはうなるような声を出した。


「私には無理。ディルミルの種に寄生された人間自体を初めて見たし」

「じゃあ、治せる魔法医を知ってますか?」

「どうかなぁ。まあ、北地区に私の師匠の魔法医がいるから、相談してみるといいよ。紹介状書いてあげる」

「よろしくお願いします」


 彼方は深く頭を下げる。


「それで、診察料はおいくらでしょうか?」

「別に治したわけじゃないからね。これでいいよ」


 アルミーネは香鈴の左腕からディルミルの葉を一枚取った。


「これ一枚でリル金貨三枚にはなるからね。初診料としては十分だよ」

「ありがとうございます」


 香鈴がアルミーネに礼を言った。


「あ、そうそう。その腕はちゃんと隠しておかないとダメだよ。目が肥えた連中なら、これがディルミルの葉ってわかるからね。間違いなく、あなたは狙われるから」

「狙われる…………ですか?」

「そう。ディルミルの葉は高価だし、もし、ディルミルの花が咲いたら、金貨二十枚にはなる。ある意味、あなたは生きた宝石なの」


 アルミーネは視線を彼方に向ける。


「だから、彼女をしっかりと守ってあげて」

「はい。そのつもりです」


 彼方はきっぱりと答えた。


 ◇


 アルミーネから紹介された病院は北地区の大通りにあった。

 受付にいた若い女に紹介状を渡すと、すぐに奥の部屋に案内された。その部屋は左右の壁に本棚が並んでいて、中央に木製の机があった。その奥に白衣を着た老人が座っている。


 老人は白髪で白いひげが胸元まで伸びていた。


 ――この人が、アルミーネさんの師匠のマハザさんか。少し耳が尖ってるってことは、人間とエルフのハーフかな。


 老人――マハザは白いひげに覆われた口を開いた。


「その女の子が患者のようじゃな」

「は、はい。よろしくお願いします」


 香鈴がぺこりと頭を下げる。


「では、腕を見せてもらおうか」


 マハザは香鈴の診察を始めた。

 香鈴の腕に顔を近づけて、肩の部分を確認する。


「…………トゥル…………イルム…………リキア…………」


 マハザの手のひらが淡く輝き、香鈴の腕を照らした。


「…………ふーむ。なるほどのぉ」


 マハザは香鈴の上着を脱がそうとする。


「あ、僕、外に出てますから」


 彼方は慌てて部屋の外に出た。


 ◇


 数十分後、彼方はマハザに呼び出されて、部屋に戻った。


「結論から言うと、治せなくはない」


 マハザの言葉に、彼方の表情がぱっと明るくなる。


「本当ですか?」

「ああ。だが、問題はある」


 マハザはちらりと香鈴の左胸を見る。


「既にディルミルは、この子の心臓まで根を伸ばしておる。だから、完全に除去するのは無理なんじゃ」

「じゃあ、どうやって?」

「心臓はそのままにして、ディルミルの核がある右腕を切断する」

「切断っ!?」

「落ち着け。腕は再生させればいい」

「そんなことができるんですか?」

「できる。核の部分を取り除けは、これ以上、命が吸い取られることもないじゃろ。ただし、金はかかるぞ」


 マハザが彼方のベルトにはめ込まれたFランクのプレートを見る。


「特別な手術になるからのぉ。金貨三百枚は覚悟してもらう」

「三百枚…………ですか」


 彼方は頭の中で計算する。


 ――金貨三百枚ってことは、日本のお金にすれば三千万円ってことか。今、持ってるお金じゃ全然足りない。


「必ず払いますから先に手術してもらうわけにはいきませんか?」

「それは無理じゃな」


 マハザは険しい顔で首を左右に振る。


「手術に必要な秘薬を手に入れるのに金貨二百枚以上かかるんじゃ。高価なマンドラゴラの種も必要じゃからな。アルミーネの紹介だが、せめて、その代金は払ってもらわんと」

「金貨二百枚か…………」


 ――今、手元にあるのは、金貨十七枚ちょっとだけど、ミュリックの首輪の借金で十枚はなくなる。となると、残り金貨百九十三枚だな。


「わかりました。まずは金貨二百枚を持ってきます。その後に残りの百枚も払います」

「Fランクで、それだけ貯めるのはきついぞ」

「それでも、なんとかしますから。絶対に!」


 彼方はこぶしを固めて、きっぱりと言い切った。


 ◇

 

 魔法医院を出ると、香鈴が彼方の上着を掴んだ。


「あ、あの、彼方くん」

「んっ? どうしたの?」

「私のために、お金が…………」

「あーっ、大丈夫だよ」


 彼方は微笑する。


「たしかに金貨三百枚は大金だけど、なんとかするから」

「…………ありがとう」


 香鈴の黒い瞳が潤む。


「私も頑張って働くから」


「それなら、風俗街で働くのがいいんじゃない」


 突然、背後から女の声が聞こえてきた。


 振り返ると、そこにはサキュバスのミュリックが立っていた。

 ミュリックは雄牛のような角を隠していて、服も旅人風にしていた。


「ちょっと子供っぽいけど、そういうのが好きな男もいっぱいいるからね。需要はあると思うよ」

「あ、えっ?」


 突然、声をかけられて、香鈴は目を丸くする。


「あ、あなたは?」

「私はサキュバスのミュリック。彼方の性奴隷よ」

「せっ、せいっ!?」

「違うだろ」


 彼方がミュリックに突っ込みを入れる。


「君がここにいるってことはネフュータスの情報がいろいろ手に入ったってことだよね?」

「まあね」


 ミュリックはピンク色の髪をかき上げて、彼方に歩み寄る。


「今、ネフュータスはイベノラ村にいるわ」

「イベノラ村? それって…………」

「そう。イベノラ村は壊滅したってこと」


 ミュリックの言葉に、彼方の右眉がぴくりと動いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る