第137話 イベノラ村の戦い
肉眼でクレーターが見える月が真上に浮かんだ夜、イベノラ村にモンスターの大群が迫っていた。
その多くはゴブリンで、他にリザードマン、オーク、マンティスの姿もある。
先頭を歩いていたゴブリンの視界が開ける。野草の生えた緩やかな斜面の先にイベノラ村が見えた。
ゴブリンたちの黄色の瞳が獲物を発見した肉食獣のように輝く。
モンスターたちが斜面を駆け下りると同時に、夜空に数十の光球が打ち上がった。その光球は白く輝き、モンスターたちの姿を照らした。
同時に無数の矢がモンスターたちに降り注ぐ。
混乱するモンスターたちを見て、クリル千人長は大きく口を開いた。
「今だ! 敵は混乱してる。一気に勝負をつけるぞ!」
「うおおおおっ!」
剣や槍を持った千人以上の騎士がモンスターに突撃した。
血しぶきをあげて、次々とモンスターたちが倒されていく。
金髪の騎士がクリル千人長に駆け寄ってきた。
「クリル千人長、新たなモンスターが北から現れました」
「デルク百人長の部隊を増援に向かわせろ! まずは奴らの数を減らすことを優先するんだ!」
「はっ! わかりました」
金髪の騎士はクリル千人長に頭を下げ、走り去っていく。
クリル千人長は頭部に生えた耳をぴくぴくと動かして、戦況を確認する。
――悪くない。奴らは軍隊の戦い方をしてない。ただ、個人で戦っているだけだ。これなら、どんどん数を減らせるぞ。
その時、後方から、数十体のオーガの部隊が現れた。
昼間に現れた異形種のオーガ程ではないが、どのオーガも背丈が三メートルを超えている。
クリル千人長の黒い眉が吊り上がった。
「オーガの部隊が来るぞ! 守備を固めろ!」
盾を持った体格のいい騎士たちがオーガの部隊の前に並び、その後方から、呪文を使える騎士たちが火の球を放つ。
先頭にいたオーガが火だるまになり、頭を押さえて地面にうずくまる。
二人の騎士がうずくまったオーガに駆け寄り、ロングソードを巨大な頭に向かって振り下ろした。
「いいぞ! 強い敵には複数で戦え! この調子で粘ればいい。そうすれば…………」
左右から、新たな騎士の部隊が姿を見せた。
騎士たちは、雄叫びをあげて突撃する。
次々とモンスターたちが倒されていく。
騎士たちの先頭で大剣を振るっているウル団長を見て、クリル千人長はにやりと笑った。
――さすがウル団長だな。すさまじい攻撃力だ。これなら、今夜中に数千匹のモンスターを殺せる。いや、殺してみせる。
「今こそ、銀狼騎士団の力を示す時だ! ヨム国のために! ゼノス王のために戦え!」
「おおおおっ!」
クリル千人長の檄に騎士たちが声をあげる。
「状況によっては、私たちも前に出るぞ。準備をしておけ」
隣にいる騎士に声をかけて、クリル千人長は黄金の槍を握り締める。
――まあ、ウル団長が暴れ回っていることだし、私の出番はないだろうな。
「クリル千人長」
隣にいる騎士がクリル千人長に声をかけた。
「団長自ら、あのような戦いをしていいのですか? 万が一のことがあったら」
「本人がやると言うのだから仕方がない」
クリル千人長はふっと息を吐く。
「まあ、ウル団長が前線に出ることで、周りの騎士たちが奮い立つ。それが銀狼騎士団の強さでもあるからな」
「そう…………ですね」
騎士はクリル千人長の言葉に納得したのか、何度もうなずいた。
◇
一時間後、前線で戦い続けていたウル団長の表情が曇った。
既に多くのモンスターが倒されていて、辺りに血の臭いが充満している。
――妙だな。これだけ不利な状況なのに、モンスターどもはちまちまと増援を繰り返している。
ウル団長は隣にいる騎士の肩を叩く。
「タンタ百人長、一度、退くぞ」
「どうしたんですか?」
タンタ百人長が首をかしげた。
「戦況は圧倒的に我らが有利です。このまま、モンスターの数を減らしたほうがいいのでは?」
「だいぶ陣形が乱れてるからな。それに頬の傷がうずくんだよ」
ウル団長は右頬に触れながら、視線を左右に動かす。
「この傷がうずく時はよくないことが起こるのさ」
「よくないこととは?」
「さすがに何が起こるかまではわからねぇよ。だが…………」
足元に倒れているゴブリンの死体をウル団長はじっと見つめる。
そのゴブリンは腹が異常に膨らんでいて、青い血を流していた。その血が意思を持っているかのように地面に線を描いている。
「これは…………」
自分たちが青い血で描かれた巨大な魔法陣の中にいることに気づいたウル団長の表情が強張った。
「全軍、撤退っ! この場から撤退しろ!」
「どうしたんですか? ウル団長」
「いいから逃げろ! 急げっ!」
ウル団長は騎士たちに声をかけながら、走り続ける。
その時、地面に描かれた巨大な魔法陣が青白く輝いた。魔法陣の中にいた騎士、そして、モンスターたちが黒い炎に包まれる。
ウル団長は頭をかばいながら、魔法陣の外に出た。振り返ると、全身が黒く変化した騎士とモンスターの死体があった。
「仲間のモンスターごと…………」
「そうしないと、君たちにバレるだろ?」
突然、頭上から声が聞こえてきた。
ウル団長が顔をあげると、宙に十代前半の少年が浮かんでいた。少年は身長が百五十センチ程で華奢な体格をしている。肌は病的に白く、髪は銀色だった。上着とズボンは白く、金の刺繍がしてある。
少年はウル団長に向かって右手を振る。
「やぁ、銀狼騎士団のウル団長だよね?」
「…………誰だ? お前は?」
「えーっ? 質問に質問で返すんだ?」
少年は不満げに頬を膨らませる。
「まあ、いいや。僕はゲルガ。魔神ザルドゥ様の四天王…………いや、元四天王だよ」
「ゲルガ…………だと? ネフュータスじゃないのか?」
「違うよ。ちょっと彼の手伝いをしてたんだ。元同僚としてね」
「じゃあ、お前が魔法陣を…………」
「うん。なかなかいい成果だよね」
ゲルガは額に手の側面を当てて、黒くなった死体を見回す。
「術を施したゴブリンを紛れ込ませて、君たちに殺させたんだ。後はゴブリンの血が自働で魔法陣を描いたってわけ。これで、君の部下は二千人以上死んだっぽいね」
「モンスターだって、数千匹は死んだはずだ」
「そうだね。でも、上位のモンスターじゃないし、使い捨てでいいから。ゴブリンなんて、すぐに増えるしさ」
「ぐっ…………」
ウル団長の持つ大剣が小刻みに震えた。
「ゲルガっ! 下りてきて俺と戦え!」
「やだよ。君、ほどほどに強いしさ。それに僕のことを気にしてる場合じゃないよ」
ゲルガはイベノラ村を指差す。
「そろそろ、南からネフュータスの本隊がイベノラ村を襲うからね。村にいる騎士だけで、なんとかなるのかな?」
「…………くそっ!」
ウル団長は舌打ちをして、ゲルガに背を向ける。
「生き残った者は、全員、イベノラ村に戻れ!」
その声に反応して、生き残った騎士たちが走り出す。
「あははっ! 頑張ってね」
ゲルガはにこにこと笑いながら、ぺろりと舌を出した。
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