第135話 彼方と香鈴とミケ

 次の日の午後、彼方は香鈴たちが隠れている場所に戻った。

 ドラゴンの骨の中に入ると、香鈴とミケが笑顔で彼方を出迎えた。


「彼方っ、おかえりにゃあ!」


 ミケが彼方に抱きついた。


「モンスター退治は成功したかにゃ?」

「まあね。目立つ動きをしたから、これでクヨムカ村に僕がいないとわかるはずだよ」 


 彼方は足元に並べられたポク芋に視線を落とす。

 ポク芋は大きな葉っぱの上に置かれていて、皮の一部が焦げていた。上部には胡椒がかけられている。


「ミケちゃんといっしょに採ってきたの」


 香鈴が彼方に木の枝で作った箸を渡す。


「これも作ったよ。私たちは、こっちのほうが使いやすいと思って」

「あーっ、箸か」


 彼方の顔がほころぶ。


「なんか懐かしいね。異世界に転移してから、三ヶ月も経ってないのに」


 落ち葉が掃除されて綺麗になった骨の上に彼方は座った。


「彼方はがんがったから、一番大きなポク芋を食べていいにゃ」

「ははっ、ありがとう」


 ――この二人といると、心が安らぐな。


 まだ温かいポク芋を彼方は口にする。


 ――ポク芋って味はジャガイモに似てて、香りがいいんだよな。日本で栽培するようになったら、人気が出そうだ。


 ポク芋を食べ終えたミケがあぐらをかいていた彼方の足に触れる。


「彼方、これからどうするのにゃ?」

「とりあえず、王都に戻ろう。七原さんの腕を魔法医に診せたいし」

「じゃあ、早速出発かにゃ」

「いや、夜になってから移動しよう。僕も少し休みたいし」


 彼方は大きくあくびをする。


「悪いけど、二人に見張りを頼むよ」

「了解にゃ。ミケと香鈴がいるから、彼方はゆっくりおねむするのにゃ」


 ミケは薄い胸をぽんと叩く。


「ミケは、このパーティーのリーダーだから、がんがるのにゃ」

「このパーティーって、七原さんも入ってるの?」

「うむにゃ。さっき入ったのにゃ」


 ミケの言葉に香鈴がうなずいた。


「ミケちゃんに誘ってもらったの。私も…………彼方くんといっしょにいるのなら、冒険者になったほうがいいって」

「…………そっか。回復呪文が使える七原さんがいたら、心強いよ」

「いつまで生きられるかわからないけど、一生懸命頑張るから」


 香鈴はつると葉に覆われた緑色の腕をぐっと直角に曲げる。


「彼方くんに恩返ししないと」

「恩返し? あ、ダンジョンから助けたこと?」

「うん。だから、お金を稼いで彼方くんにあげるの。それぐらいしか、私にできることはないから」

「…………そんなことないよ」


 彼方はじっと香鈴を見つめる。


「七原さんにできることはいっぱいあるよ」

「そう…………かな?」

「そうにゃ!」


 彼方の代わりにミケが答えた。


「回復呪文が使える冒険者は貴重なのにゃ。依頼も増えるにゃ」

「じゃあ、私、役に立てるんだね」

「うむにゃ。他にも彼方が喜ぶことはいっぱいあるのにゃ」

「どんなこと?」

「彼方はえっちなことが好きにゃ」

「えっ、えっち?」

「そうにゃ。ミケは何回も彼方に触られたのにゃ」

「しっぽに触っただけじゃないか!」


 彼方がミケに反論する。


「七原さん、ミケの言うことは気にしなくていいから」

「あ、う、うん」


 香鈴は顔を赤くして胸元に手を寄せた。


「でも、彼方くんになら…………」


 その声は小さくて、ミケと言い争いをしている彼方の耳には届かなかった。


 ◇


 夜になると、彼方たちはドラゴンの骨から出て、開けた場所に移動した。

 彼方は意識を集中させて、召喚カードを選択する。


【召喚カード:クリスタルドラゴン】

【レア度:★★★★★★★★(8) 属性:土 攻撃力:6000 防御力:7000 体力:8000 魔力:5000 能力:水晶の鱗を飛ばして、広範囲の敵にダメージを与える。召喚時間:4時間。再使用時間:7日】

【フレーバーテキスト:ダメだ。剣も槍も魔法も効かない。どうやったら、このドラゴンを倒せるんだ?(魔法戦士レイアス)】

◇◇◇


 彼方の前に巨大なドラゴンが出現した。頭部だけで人の背丈ほどあり、全身がキラキラと輝く水晶の鱗に覆われている。目はルビーのように赤く、頭部に二本の角があった。


 クリスタルドラゴンは無数の歯が生えた口を開く。


「我がマスターよ。命令は何だ?」

「僕と七原さんとミケを王都まで運んでもらいたいんだ」


 彼方の言葉にクリスタルドラゴンは、長い首を傾けた。


「またか…………」

「頼むよ。早めに王都に戻ることが重要だから」

「…………わかった。どうせ、マスターであるお前に逆らうことはできないからな」


 クリスタルドラゴンは前脚の指を絡ませて、しゃがみ込む。


「二人とも、クリスタルドラゴンの手の上に乗って」


 ミケは笑顔で飛び乗り、香鈴はおずおずと宝石のような手のひらにしゃがみ込む。

 最後に彼方が乗ると、クリスタルドラゴンは両翼を広げた。

 ふわりと巨体が浮き、彼方たちの視界が広がっていく。

 月の明かりに照らされたガリアの森が彼方の瞳に映る。


「クリスタルドラゴン、まずは北に向かって飛んでもらえるかな」

「何故だ?」


 頭の中に響くような声が真上から聞こえる。


「この位置から直接東に向かうと、敵の軍隊が真下にいて見つかる可能性が高くなるからね」

「そのほうが、我はいいのだが…………」

「今は戦うよりも大事なことがあるから。まあ、次に召喚する時は君に戦ってもらうよ」

「約束だぞ」


 クリスタルドラゴンはキラキラと輝く羽を動かして、広大な森の上を飛び続けた。

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