第134話 彼方と死者の王ガデス
セルバ村の入り口には、見張りらしきゴブリンが一匹立っていた。
――見張りが一匹か。油断してるな。
数十メートル離れた茂みに隠れていた彼方は、背後に立っているガデスに声をかける。
「それじゃあ、あのゴブリンは君にまかせるよ。僕が倒したら、スケルトンを増やせないからね」
「承知した」
ガデスは地面を滑るような動きで見張りをしていたゴブリンに近づく。
その動きがあまりにも堂々としていたため、ゴブリンの反応が遅れた。ぽかんと口を開けているゴブリンに向かって、ガデスは細く尖った爪を振り下ろした。
肉が斬れる音がして、ゴブリンの首から血が噴き出した。
「ガッ…………ガガッ…………」
ゴブリンは両目を大きく開いたまま、地面に倒れる。瀕死のゴブリンの頭部に向かって、ガデスは足を踏み下ろす。ぐしゅりと音がして、ゴブリンの頭が潰れた。
十数秒後、ゴボゴボと音がして、ゴブリンの体が溶け始めた。黒い煙が周囲に漂い、スケルトンが現れた。全身の骨は青白く光っていて、洞穴のような目に輝きはない。
そのスケルトンが『異形の銅像』の効果で変化した。骨が鳴る音がして、腕が四本になる。
彼方は周囲を警戒しながら、ガデスに近づく。
「この調子で頼むよ。僕は別働隊のリーダーを捜すから」
「
「見つけたらね。ただ、君はスケルトンを増やすことを優先して欲しい。それと、二、三匹のモンスターは殺さずに逃がして。この村の状況をネフュータスに伝えてもらわないといけないから」
「面倒なことだな」
ガデスは唇のない剥き出しの歯を動かした。
「だが、マスターの命令には従おう。それがカードの宿命だからな」
「よろしく頼むよ」
彼方はガデスの肩を軽く叩いて、セルバ村に潜入した。
◇
彼方は足音を忍ばせて、村の中を移動する。
多くの家が半壊していて、壁に血の痕が残っている。
――生存者は…………いないか。
頭を低くして、彼方は村の中央に向かう。
十数メートル先に二階建ての大きな家が彼方の瞳に映った。
窓から灯りが漏れていて、酒と食べ物の匂いが漂っている。
彼方は扉のなくなった入り口から家の中に入り、薄暗い廊下を奥に進む。右側にある青色の扉を開けると、そこは子供部屋のようだった。木製のベッドの上のシーツは赤く染まっていて、壁にはモンスターの爪痕が刻まれている。
――子供も殺されたのか。
彼方は奥歯を強く噛む。
――この世界じゃ、人が殺されることはよくあることなんだろう。特に子供なら力もないし、モンスターに立ち向かえるはずがない。
その時、廊下から足音が聞こえてきた。
彼方は素早く物陰に隠れる。
足音は彼方のいる子供部屋を通り過ぎる。
――姿は見えなかったけど、あの足音と何かを引きずるような音はリザードマンっぽいな。
彼方は子供部屋を出て、さらに奥に進む。
突き当たりの部屋からモンスターたちの声が聞こえてきた。
「なんだと! スケルトンの襲撃?」
「は、はい。最初は数匹だったのですが、どんどん増えていて、今は十匹以上になってます」
「増えた? どういう意味だ?」
「手強い死霊使いがいて、そいつが死体を使ってスケルトンを召喚してるんです」
「はぁっ? なぜ死霊使いが俺たちを攻撃する? 俺たちはネフュータス様の軍だぞ」
「グリード様、もしかしたら、他の四天王の刺客では?」
「それはないはずだ。ネフュータス様は、ガラドス様、ゲルガ様、デスアリス様と盟約を結んでいる。お互いに争わないと」
「では、あの死霊使いは…………?」
彼方は音を立てずに扉を開き、背を向けていたリザードマンの心臓をレーザーブレードで背中から貫いた。
「ガッ…………」
自身が死んだことも気づかずにリザードマンは床に倒れた。
奥にいたモンスターが驚いた表情で彼方を凝視する。
モンスターは背丈が百九十センチ以上あり、青緑色の肌をしていた。髪の毛は青く額には角が生えている。
――どうやら、こいつが別働隊のリーダーみたいだな。装備してる鎧が他のモンスターに比べて高級そうだ。
「生き残りの村人かっ!」
モンスター――グリードは側に置いてあった巨大な斧を掴もうとした。
「武器は持たせないよ」
彼方はリザードマンの死体を飛び越え、斧を掴んだグリードの左腕をレーザーブレードで斬った。
グリードの左腕が床に落ち、青紫色の血が肘の部分から噴き出す。
「ぐああああっ!」
グリードは右手で傷口を押さえながら、彼方を睨みつけた。
「貴様っ! 俺が誰かわかってるのか?」
「ネフュータスの部下で名前はグリードだろ。声が廊下まで聞こえてたよ」
彼方はレーザーブレードを上段に構える。
「悪いけど、君には死んでもらうよ」
「しっ、死?」
青緑色のグリードの顔が強張った。
「そんなに驚くことはないだろ? 君だって、セルバ村の人たちを殺したはずだ。子供も含めて」
「それは…………」
グリードはだらだらと汗を垂らしながら、視線を床に向けた。
「あ、リザードマンの武器を拾うのは無理だよ。その前に君の首を飛ばすから」
「あ…………ぐっ」
「君を殺す前に質問するよ。ネフュータスの能力を知ってる?」
「の、能力?」
「そう。どの属性の呪文を使うとか」
「…………話したら、見逃してくれるのか?」
「子供まで殺した君を見逃せって?」
「子供を殺したのは俺じゃない。部下の誰かがやったんだ」
グリードは卑屈な笑みを浮かべる。
「いいだろ? 全員を見逃せとは言わない。俺だけでいいんだ。そうしてくれれば、ネフュータス様の情報を教える」
「…………どんな情報?」
「ネフュータス様は五つの属性の呪文を使うことができる。それに召喚呪文もな」
「何を召喚できるの?」
「ボーンドラゴンだ。他の生物の骨で作られたドラゴンで再生能力がある」
「なるほどね」
彼方は右手でレーザーブレードを構えたまま、左手の親指の爪を唇に寄せる。
「ネフュータスの軍の中で君より強い上位モンスターはどのぐらいいるの?」
「百以上はいるはずだ」
「百か…………」
「なあ、もういいだろ?」
グリードは後ずさりして背中を壁につける。
「ちゃんとネフュータス様の情報は話したし、これからは人間を殺すこともしない」
「人間を殺さない?」
「あ、ああ。約束する」
「約束…………か」
彼方は漆黒の瞳でグリードを見つめる。
その時、背後の廊下から、ガデスが姿を見せた。
「こんなところにいたのか。マスターよ」
ガデスは頭を下げて、部屋の中に入ってくる。
「ガデス、外のモンスターは?」
「一通り殺したぞ。戦わずに逃げ去ったモンスターもいたが」
「じゃあ、予定通りだね」
「ん? こいつがリーダーか?」
「うん。君の好きにしていいよ」
「おっ、おいっ!」
グリードがぱくぱくと口を動かした。
「約束が違うぞ! 俺を見逃してくれるんじゃないのか?」
「だから、僕は手を出さないし、ガデスにも殺せと命令しないよ」
彼方は冷たい視線をグリードに向ける。
「まあ、ガデス次第だけど、君の部下が子供を殺したのと同じ状況になるかもしれないね」
「あ…………う…………」
「それに君は僕にウソをついた」
「ウソなんてついてない! ネフュータス様のことは本当だ」
「それはわかるよ。でも、人間を殺さない約束はウソだろ? この場さえ乗り切ればいいって表情に出てたよ」
彼方の指摘にグリードは動揺した。
「ち、違う。俺は…………」
彼方はグリードの言葉を無視して廊下に出る。
「ああ、ガデス。必要ない情報だと思うけど、そいつは胸当ての裏に武器を隠してるみたいだから、注意しておいて」
「たしかに要らぬ情報だな」
ガデスは物足りない敵を前にして、不満げに歯を鳴らした。
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