第133話 ガリアの森の中で

 その日の午後、彼方、香鈴、ミケはセルバ村に向かって出発した。高さ二十メートルを超える木々の間にある細い道を南に進む。


 背後を歩くミケが彼方の知らない曲をハミングしている。


「ご機嫌だね、ミケ」

「うむにゃ。ドロテ村長から多めに報酬をもらったからにゃあ」


 ミケはぱたぱたと茶色のしっぽを振る。


「一日銀貨八枚のお約束だったのに、一日リル金貨一枚にしてくれたのにゃ」

「たしかに報酬が増えたのは有り難いことだね」


 彼方は腰に提げている魔法のポーチに視線を落とす。


 ――報酬以外にも、僕が倒したダークエルフの武器を村の商人が買い取ってくれたからな。これで金貨十五枚が手に入った。これだけあれば、ミュリックの首輪のつけも払うことができるし、七原さんの腕の治療代にもなる。


 彼方は白いローブをはおっている香鈴に視線を向ける。


 ――セルバ村で目立つ行動をした後は、王都に戻ろう。そして七原さんを魔法医に診てもらわないと。


 ◇


 数時間後、木漏れ日の色がオレンジ色に変化し、森の中が薄暗くなった。

 チチチと鳴いていた鳥の声が聞こえなくなり、周囲の空気が冷え始める。


 先頭を歩いていた彼方の足が止まった。その瞳に巨大なドラゴンの頭部の骨が映った。

 ドラゴンの頭部の骨は高さが三メートル以上あり、表面に緑色の苔が生えていた。中はがらんどうで下部には落ち葉が積もっていた。


 ――こんな大きなドラゴンもいるんだな。クヨムカ村を襲ってきたドラゴンよりもはるかにでかい。


 彼方はドラゴンの骨に近づき、中を確認する。


 ――ここは隠れるのにちょうどよさそうだな。骨が緑の苔に覆われてて、外からは見えにくいし。


「ミケ、七原さん。二人はここで待っててくれるかな」

「彼方くんだけで行くの?」


 香鈴が心配そうな顔で彼方に質問した。


「うん。奇襲なら僕ひとりのほうがやりやすいから。それに僕には死なない仲間が百体いるから」

「…………本当に大丈夫?」

「絶対に大丈夫…………とは言えないよ。この世界は日本みたいに安全じゃないから。でも、まだ死ぬ気はないかな」


 彼方は笑顔で香鈴の肩に触れる。


「セルバ村に駐留してるモンスターは別働隊で主力じゃない。上位モンスターはいるだろうけど、こっちから攻めるのなら、まず問題ないよ」

「…………私も強かったら、手伝えるのに」


 香鈴は悔しそうな顔をして、胸元で両手の指を組み合わせる。


「この世界でも、私は役立たずだよ」

「七原さんは役立たずじゃないよ。昨日だって、僕や村の人のケガを治してくれたし」

「でも、彼方くんみたいに戦ったわけじゃないから」

「人を治せるほうがいいと思うよ。戦いは相手に憎まれるけど、人を治す仕事は相手に喜ばれるだろ。それに夢が叶ったじゃないか」

「えっ? 夢?」

「七原さんは医者になりたかったんだろ?」

「あ…………」


 香鈴は緑色のつるが巻きついた手を口元に寄せた。


「…………そっか。こっちにきて、目標忘れちゃってた」

「もしかしたら、日本で一番若い医者かもしれないね」


 彼方の頬が緩んだ。


「僕のカードの能力でもケガを治すことができるけど、連続で使うのは難しいんだ。もし、奇襲でケガをしたら、また、治してくれる?」

「う…………うんっ!」


 香鈴は何度も首を縦に動かした。


 ◇


 香鈴たちと別れた後、彼方は月明かりに照らされた森の中を走り出した。

 野草の生えた斜面を駆け下りていると、角の生えた白いウサギが慌てた様子で逃げ去っていく。


 ――一角ウサギかな。食べられるけど、肉は少なくて美味しくないってミケが言ってたな。


 彼方はドロテ村長に見せてもらったセルバ村までの地図を頭の中で思い浮かべる。


 ――もうすぐ滝があって、その先にセルバ村があるはずだ。奇襲するなら夜のほうがいいし、急ぐか。


 唇を強く結んで、彼方は足を速めた。


 ◇


 滝の近くに生えている巨大な木の上で、彼方は視線を動かした。

 数百メートル先に開けた場所があり、木造の家が七十近く建っていた。西にある広場には火を囲んでいるゴブリンやリザードマン、オーガの姿がある。


 広場の隅に人の骨が積み重なっていることに気づき、彼方の眉間にしわが刻まれた。


 ――モンスターの数は…………見える範囲で五十匹ぐらいか。上位モンスターっぽいのはいないな。

 ――今回は、この襲撃が僕の仕業だと、ネフュータスに気づかせないといけない。となると、あの手がよさそうだな。


 彼方は木から下り、意識を集中させる。

 周囲に三百枚のカードが浮かび上がった。


◇◇◇

【召喚カード:死者の王 ガデス】

【レア度:★★★★★★★(7) 属性:闇 攻撃力:4400 防御力:1000 体力:2000 魔力:3500 能力:ガデスに殺された者はスケルトンとなる。召喚時間:8時間。再使用時間:20日】

【フレーバーテキスト:死者の王ガデスによって、アルの町は一夜にして死者の町となった。あの町に近づいてはならない】

◇◇◇


 白い光が輝き、彼方の前に黒色のローブをまとった骸骨が現れた。背丈は二メートル、眼球はなく、洞穴のような眼窩の奥に赤い光が見える。全身の骨は人間の骨とは多少違っていて、そのパーツは太く、指は二倍以上の長さがあった。あばら骨の中には肉はなく、左胸に赤黒い心臓が浮かんでいる。


 骸骨――ガデスはカチカチと歯を動かした。


「マスターよ。命令は何だ?」

「村を占領してるモンスターたちを退治してもらう。前と同じやり方でね」

「…………ほう。数はどのぐらいだ?」

「確認したのは五十匹ぐらいかな。まあ、別働隊だから、二百はいないと思うよ」

「少ないな」


 ガデスは不満そうな声を出した。


「この程度の敵で我を召喚したのか?」

「事情があるんだよ。この襲撃をしたのが僕だとわかってもらわないといけないからね」

「ならば、仕方がない。さっさと終わらせるとするか」

「あ、ちょっと待って」


 彼方は新たなカードを選択する。


◇◇◇

【アイテムカード:異形の銅像】

【レア度:★★★★★(5) 味方である攻撃力300以下の闇属性のクリーチャーを強化する。具現化時間:24時間。再使用時間:10日】

◇◇◇


 カードが輝き、目の前に人型の銅像が現れた。高さは三メートル近くあり、腕が四本あった。その四本の手が赤紫色に輝く宝珠を掴んでいる。


「そのアイテムも使うのか?」

「なるべくザルドゥと戦った時の状況を再現したいからね」

「マスターはどうする?」

「僕もセルバ村に行くよ。姿を見せておいたほうがいいだろうしね」

「ふん。面倒なことだ」

「いろいろ事情があるんだよ」


 そう言って、彼方は別のアイテムカードを具現化させた。


◇◇◇

【アイテムカード:レーザーブレード】

【レア度:★★★★★(5) 無属性の剣。装備した者の意思を読み、刃の長さを変える。具現化時間:3時間。再使用時間:7日】

◇◇◇


 彼方は宙に浮かんでいたレーザーブレードを手に取る。黄緑色に発光する刃は厚みがあり、彼方が振るとブンと機械が振動するような音を立てた。


「じゃあ、襲撃を始めようか」


 彼方とガデスはセルバ村に向かって歩き出した。

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