第113話 カカドワ山
彼方とミケはクヨムカ村を出て、カカドワ山に登り始めた。
斜面には薄紫色の花が咲いていて、その周囲を魔法陣の模様を持つ蝶が飛び回っている。
彼方はドロテ村長に描いてもらった地図に視線を落とす。
――カリュシャスが根城にしてる鍾乳洞まで、四時間ぐらいって言ってたな。となると、途中で夜になるか。
視線を上げると、カカドワ山の山頂が見えた。その一部は雪で白くなっている。
――高さは…………千メートル以上はありそうだな。この山の向こう側にネフュータスの軍隊が集結してるのか。
彼方の表情が険しくなる。
――ネフュータスは四天王でカリュシャスは軍団長だ。当然、面識はあるだろうし、連携を取っていると面倒だな。
「彼方っ!」
ミケが星の形をした青色の花を持って駆け寄ってきた。
「青星草を見つけたにゃ。これは回復薬の材料になるのにゃ」
「もしかして、ピュートが探してた薬草ってこれかな?」
「多分そうにゃ。一本で銅貨四枚にはなるにゃ」
「これが銅貨四枚か」
彼方は青星草に顔を近づける。ふわりと柑橘系の香りが鼻腔に届く。
――銅貨四枚ってことは、約四百円ってことか。回復薬は安いのでも、リル金貨八枚――八万円はしたから、薬にするのに他の材料もいるのかもしれないな。
――マジックアイテムの首輪を買ったから、今はお金がないけど、今度、良質な回復薬も買っておこう。呪文カードのリカバリー程の効果はないとはいえ、あれは、いつも使えるわけじゃないから。
◇
四時間後、彼方は地図に描かれた鍾乳洞の入り口に到着した。
巨大な月が岩の陰にいる彼方とミケの姿を淡く照らす。
「見張りは…………いないか」
彼方は鋭い視線で周囲を見回す。
――強いモンスターの群れなら、襲撃を気にする必要はないってことか。入るのは難しくなさそうだな。
意識を集中させると、彼方の周囲に三百枚のカードが浮かび上がる。
右手の指先が一枚のカードに触れた。
◇◇◇
【召喚カード:毒使いのアサシン 音葉】
【レア度:★★★★★★(6) 属性:闇 攻撃力:1600 防御力:300 体力:1000 魔力:300 能力:強力な毒を使う。召喚時間:1日。再使用時間:14日】
【フレーバーテキスト:人を殺すのに力は必要ありません。小さな傷をつければ、それで終わりなんですから】
◇◇◇
彼方の前に、スズランの柄の黒い着物を着た二十代の女が現れた。
腰まで伸びたストレートの髪は黒く、黒縁の大きなメガネをかけている。肌は青白く、赤紫色と青紫色の短刀を手にしている。
女――
「召喚していただき、感謝します。それで、私は何をすればいいんですか?」
「僕たちといっしょにモンスターのいる鍾乳洞に侵入して、七原さんを捜す手伝いをして欲しいんだ」
「そういう任務ですか。それなら、たしかにアサシンの私が向いてますね」
「うん。状況によっては、リーダーのダークエルフの暗殺もやってもらうよ」
「それは問題ありませんが、その前に、アレはどうします?」
音葉の黒い瞳の動きに合わせて、彼方も視線を動かす。
数十メートル先に、背丈が百八十センチ以上ある三本腕のゴブリンがいた。
ゴブリンは彼方たちに気づいておらず、鍾乳洞の入り口に向かっている。
だらりと下げた左手が人間の頭部を掴んでいるのを見て、彼方の眉がぴくりと動いた。
「…………なるべく、騒がせないように殺してもらえるかな」
「承りました」
メガネの奥の音葉の瞳が鋭く輝いた。
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