第114話 音葉vs異形種ゴブリン
音葉は足音を立てることもなく、背後からゴブリンに近づいた。
その時、ゴブリンの後頭部のしわの部分がまぶたのように開き、ぎょろりとした目が音葉を睨みつけた。
ゴブリンはくるりと振り返り、右手に持った曲刀を振り下ろす。
音葉は着物の袖を揺らして、その攻撃をかわす。
「グウウッ…………」
ゴブリンは人間の頭部を放り投げ、にやりと笑った。黄ばんだ歯のすき間に肉片がはさまっている。
「…………これは予想外ですね。まさか、後ろに目があるなんて」
音葉はゆらゆらと体を揺らしながら、左手に持った短刀を構える。
「でも、あなた悪い選択をしました。そのまま、殺されておけば、苦しまずにすんだものを…………」
「ギュフ…………」
ゴブリンは音葉を自分より弱いと判断したのだろう。仲間を呼ぶような動きをすることなく、音葉に攻撃を続ける。右手に持った曲刀を振り回しながら、二つの左手で音葉を掴もうとする。
「甘いっ!」
無造作に伸ばしたゴブリンの手のひらを、音葉は青紫色の短刀で浅く斬った。
その攻撃を無視して、ゴブリンは曲刀を斜めに振る。
音葉は右手の短刀で曲刀を受けた。
キンと甲高い金属音が響く。
音葉は短刀を構えたまま、ゆっくりと後ずさりする。
ゴブリンはよだれを垂らしながら、紫色の舌を動かす。
数秒後、笑みを浮かべていたゴブリンの表情が変化した。
緑色の肌に無数の血管が浮かび上がり、呼吸が荒くなる。
「へーっ、あなた、毒に耐性があるみたいですね。まだ、立っていられるなんて」
音葉は感嘆の声を漏らす。
「グッ…………ガアッ…………ゴッ…………」
突然、ゴブリンの声が小さくなった。
「あ、声のほうは、しっかり効いているみたいですね。これで、もう助けを呼ぶことはできませんよ」
「グッ…………ググッ…………」
ゴブリンは怒りの表情で音葉に襲い掛かった。
しかし、その動きは鈍い。
左足がかくりと曲がり、上半身が傾く。
音葉は前のめりになったゴブリンの腕に赤紫色の短刀を突き刺す。
その瞬間、ゴブリンの動きが止まった。
両目を大きく見開き、アゴが外れたかのように口を大きく開く。
数秒後、その目と口から赤紫色の血が流れ出した。血は足元の草を赤く濡らし。ゴブリンの体が前のめりに倒れた。
音葉は胸元で両手を交差させるように動かす。持っていた二本の短刀が空気に溶けるように消えた。
「青の毒が全身に回った後に赤の毒を喰らえば、多少の毒耐性があっても無意味です。まあ、青の毒だけでも、ほとんどの生物は数分で死んでしまいますけど。と、死んでしまった相手に説明しても意味はありませんね」
ふっと息を吐き出し、音葉は長い黒髪をかきあげた。
「ごめんなさい。音を立ててしまいました」
「問題ないよ」
そう言って、彼方は音葉に近づく。
「どうやら、他のモンスターには気づかれなかったみたいだし、全てが上手くいくとは限らないからね。相手も強かったみたいだし」
――腕が三本あって、後頭部にも目があるゴブリンか。体格も普通のゴブリンより、一回り以上大きい。こんな異形種が百匹以上いるのか。
――しかも、外に出ているモンスターもいるみたいだ。となると、挟み撃ちにされる可能性もあるな。
彼方は意識を集中させ、新たな召喚カードを選択する。
◇◇◇
【召喚カード:剣豪武蔵の子孫 伊緒里】
【レア度:★★★★★★★(7) 属性:風 攻撃力:6000 防御力:800 体力:1700 魔力:0 能力:風属性の日本刀を使う。召喚時間:7時間。再使用時間:20日】
【フレーバーテキスト:ご先祖様の名にかけて、剣なら誰にも負けない!】
◇◇◇
セーラー服を着た少女が姿を現した。年は十七歳ぐらいで、髪はポニーテール。肌は小麦色で、強い意志を感じる目が僅かに吊り上がっている。その右手には鈍く輝く日本刀が握られていた。
「剣豪武蔵の子孫、伊緒里っ! ここに見参!」
少女――伊緒里は、にっと白い歯を見せて彼方に駆け寄る。
「で、今回の僕の仕事は何?」
「君の仕事は、鍾乳洞に近づいてくるモンスターの排除だよ」
彼方は淡々とした口調で答えた。
「僕とミケと音葉が鍾乳洞に潜入するから、後方は君にまかせる」
「えーっ、僕も彼方といっしょに潜入するほうがいいな」
伊緒里が不満げに頬を膨らませた。
「どうせ、そっちに強い奴がいるんだろ?」
「その可能性は高いけど、こっちは隠密行動の予定だから」
「うーん。雑魚相手だと、燃えないんだよなー」
「それなら問題ないよ。この鍾乳洞にいるモンスターは異形種ってやつで、普通のモンスターよりも強いから」
「あ、そうなんだ。じゃあ、気合いれないとな。前に召喚された時は負けちゃったし」
「よろしく頼むよ。強いクリーチャーでないと、この役目は果たせないからね」
彼方の言葉に、伊緒里の瞳が輝いた。
「まっ、まかせといて! 今度は召喚時間の限界まで働くから」
「うん。君の活躍に期待してるよ」
――状況によっては、伊緒里をカードに戻して、別の召喚カードを使うつもりなんだけど、それは言わないほうがよさそうだな。気合入っているみたいだし。
彼方は作り笑いを浮かべて、伊緒里の肩を軽く触れた。
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