第112話 七原香鈴
「どうして彼方さんがいるですか?」
ピュートは不思議そうな顔で首をかしげる。
「それは僕のセリフだよ。ピュートこそ、どうしてクヨムカ村に?」
「僕はカカドワ山に生えてる薬草の採集です。この辺の薬草は質がいいので、高く売れるのです」
「あ、でも、今はひとりでカカドワ山に入らないほうがいいよ」
「はい。だから、今は村の警備をやってます。村長が一日銀貨八枚で雇ってくれたです。もしかして、彼方さんたちも警備の仕事を受けにきたですか?」
「いや、僕たちは別件だよ。知り合いを探しに来たんだ」
彼方は家の中を見回す。
「ここは村長の家かな?」
「私に何か用かい?」
ピュートの背後から、老いた白髪の女が現れた。年齢は八十代ぐらいで腰が僅かに曲がっている。クリーム色の服に赤い色の刺繍がしてあり、細長い杖を右手に持っている。
女は目尻にしわを寄せて、彼方に歩み寄った。
「私がクヨムカ村の村長のドロテだよ。あんたたちは…………冒険者のようだね」
「はい。僕は氷室彼方、隣にいるのが同じパーティーのミケです」
彼方はドロテ村長に自己紹介をした。
「実は人を捜してて…………」
「…………ほう。この状況で人捜しかい。Fランクの冒険者の行動とは思えないねぇ。で、誰を捜してんだい?」
「異界人の女の子です。名前が七原香鈴。知りませんか?」
「香鈴っ? 香鈴の知り合いなのかい?」
ドロテ村長が驚きの声をあげた。
「七原さんを知ってるんですね?」
「…………ああ。香鈴は一年前に変な服を着て、クヨムカ村にやってきたんだ。とろくてドジで何もできなかったが、根は優しくていい子でね。村の仕事を手伝ってもらってたんだ」
――一年前? もしかして、転移した時間が僕とは違うのか。それに、もらってた?
「今はいないってことですか?」
「…………いないよ。あの子は死んだんだ」
その言葉に、彼方は目を見開いた。
「死んだ? 七原さんが?」
「三週間程前にね。モンスターの群れにさらわれちまったんだよ。村の娘たちといっしょに…………」
ドロテ村長の顔が歪んだ。
「あいつらは最近、村の近くの鍾乳洞を根城にして、村人をさらってるのさ。あいつらにさらわれて生きて帰ってきた者はいないよ」
「…………ってことは、七原さんが死んだところを見たわけじゃないんですね?」
「あ、ああ。見てはいないが」
「そう…………ですか」
彼方は親指の爪を唇に寄せる。
――その場で殺さずにさらったってことは、生かす理由があったのかもしれない。それなら、まだ、可能性は残ってる。
「ドロテさん、モンスターがいる鍾乳洞の場所を教えてもらえませんか」
「場所? 場所を知って、どうするつもりなんだい?」
「行ってみようと思って」
「…………それは止めときな」
ドロテ村長は眉間にしわを刻んで、首を左右に振った。
「あいつらはゴブリンの群れじゃない。異形種の集まりなんだよ」
「異形種って何ですか?」
「普通ではない外見をしたモンスターさ。二つ頭があるリザードマンに腕が三本あるゴブリン。どいつも普通のモンスターより強い。そんな奴らが百匹以上いるんだ。しかも、リーダーはザルドゥの迷宮を守っていた軍団長なんだよ」
「軍団長…………」
「そうさ。たしか、名前は…………カリュシャスだったかね。ダークエルフの男だよ」
ドロテ村長は体をぶるりと震わせる。
「あいつはただのダークエルフじゃない。頭が良くて、狡猾で危険な闇の呪文を使ってくる。Fランクのあんたらじゃ、死ぬだけだよ」
「たしかに危険な相手のようですね。それで、鍾乳洞までの地図を描いてもらえますか?」
「…………はぁ?」
ドロテ村長の口がぱかりと開いた。
「あんた、私の話をちゃんと聞いてたのかい? この村を守ってる銀狼騎士団全員で行っても、全滅するだけだよ」
「それでも、僕は行きます。七原さんが生きてる可能性があるのなら」
彼方はきっぱりと言い切った。
「…………そうかい。本当なら、この村にいる冒険者には村の護衛を頼みたかったんだが、自殺志願者なら、しょうがないね」
ドロテ村長はため息をついた。
「あんたの気持ちはわかるよ。知り合いの死を信じたくないんだろうね。私だって、さらわれた村の娘たちや香鈴のことを考えると、心が痛むよ。でも、私はクヨムカ村の村長だ。死んだあの子たちのために、他の村人を犠牲にするわけにはいかないんだよ」
「その考えは理解できますし、間違ってないと思います」
「それなのに、あんたは香鈴が生きてる少ない可能性を信じて、命を失うかもしれない場所に行くんだね?」
「はい。僕だって、まだ死にたくはありませんし、モンスターに見つからないように行動しますから」
「…………甘い考えだと思うけど、これも若さなのかね」
ドロテ村長は、彼方をじっと見つめて、もう一度、深いため息をついた。
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