第111話 クヨムカ村
翌日の早朝、彼方とミケはクヨムカ村に向かって、王都を出発した。
風にそよぐ草原を歩きながら、彼方は視線を雲一つない青空に向ける。
――ミュリックには昨日の夜から、カカドワ山に集まってるネフュータスの軍隊の偵察に向かわせた。彼女なら空を飛ぶこともできるし、より詳細な情報を手に入れてくれるはずだ。
隣にいるミケに視線を動かす。
「ミケ、本当に僕について来るの? 今回は依頼じゃないから、お金入らないよ。それに、モンスターの軍隊が襲ってくる可能性もあるんだ」
「問題ないにゃ」
ミケはしっぽをぱたぱたと動かしながら、元気よく答える。
「彼方のお友達がクヨムカ村にいるのなら、ミケも助けに行くにゃ。それに」
「それに、何?」
「クヨムカ村の近くにあるカカドワ山には、魔水晶が採れる鍾乳洞がいっぱいあるのにゃ。ミケは大きな魔水晶を見つけて大金持ちになるにゃ」
「魔水晶って、何に使うの?」
「すごい魔法を使う時に必要にゃ。他にもマジックアイテムの材料になるにゃ。キラキラして綺麗な石なのにゃ」
「…………そっか」
彼方は頬を緩めて、ミケの頭に生えた耳を撫でた。
「それなら、最初に七原さんのことを調べて、その後に、魔水晶探しをしよう。ただし、危険だと思ったら、みんなで逃げるからね」
「了解にゃ。ミケがんがるにゃ」
ミケは目を細くして、彼方の腕に抱きついた。
◇
二日後、森の中の曲がりくねった細い道を進んでいると、広葉樹の木々の奥に数基の矢倉が見えた。矢倉の上には弓を持った兵士の姿があった。
さらに十数メートル進むと、彼方の視界が開けた。
丸太を使った数十件の家が切り開かれた平地に建っており、その手前の広場には布製のテントが並んでいた。
そのテントの前にいた鎧を着た男が、彼方に近づいてきた。
「おいっ、お前、冒険者だな?」
男の質問に彼方は「はい」と答えた。
「もしかして、銀狼騎士団の方ですか?」
「そうだ。俺は銀狼騎士団、第九部隊の十人長トールだ」
「トールさん…………ですか」
彼方は自分より、十センチ以上高い二十代の騎士を見つめる。
――髪と目は茶色で身長は百八十五センチぐらいか。肩幅が広くて鍛えてるのがわかるな。鎧と服と靴を見る限り、貴族ではない……か。
「Fランクの冒険者か……」
彼方のベルトにはめ込まれたプレートの色を見て、トールの表情が険しくなった。
「早くここから逃げたほうがいいぞ。この村は危険だからな」
「モンスターの軍隊が攻めてくるからですか?」
「何だ、知ってたのか」
トールは目を丸くする。
「それなのに、この村に来るとは無茶がすぎるぞ。何かの依頼でも受けたのか?」
「まあ、そんな感じです」
彼方は言葉をにごした。
「それより、モンスターがクヨムカ村を襲うことは確定してるんですか?」
「……いや。絶対ではないな。本命は南にあるイベノラ村を通って、川沿いにウロナ村を狙ってくるとウル団長は予想している。この村はそのルートからは外れている上に小さな村だからな。モンスターたちにとっては無視しても問題ないだろうし」
「だから、銀狼騎士団の皆さんの数が少ないんですね」
「ああ。この村にいるのは三十人だな。ウル団長も主力の部隊といっしょにイベノラ村にいる」
「そう……ですか」
「だが、危険なことには変わりない。モンスターどもの別働隊が、この村を襲う可能性はある」
「三十人で守り切れるんですか?」
「相手がゴブリンやオークあたりの下位モンスターで、数がほどほどならな。村も冒険者を雇って、警備を強化してるし、なんとかなろうだろう」
トールは視線をカカドワ山に向ける。
「まあ、状況次第では撤退するがな」
「撤退ですか?」
「そうだ。勝てない数のモンスターがここに攻めてきたら、早めに撤退する。村人にも、その準備をさせている最中だ」
「賢明な判断ですね」
彼方は口元に手を寄せて、トールを見つめる。
――トールさんの考えは間違ってない。勝てない敵と戦って全滅したら最悪だし。ただ、理想は、今のうちに全員で逃げ出して、ガリアの森の中で一番大きいウロナ村まで行くほうがいいんじゃないかな。まあ、住み慣れた村を離れることに抵抗もあるだろうし、仕事や住む場所の問題もあるのかな。
トールががっしりとした手で彼方の肩を叩く。
「とにかく、俺が撤退の指示を出したら、すぐにこの村から逃げることだ。依頼料よりも、自分の命のほうが大切だろ?」
「はい。わかりました」
彼方は丁寧にトールに頭を下げた。
――この人は、なかなかいい人だな。僕がFランクとわかっても、あからさまにバカにするような態度を取らないし、会ったばかりの僕のことを気にしてくれている。十人長ってことは、ティアナールさんの弟のアルベールさんと同じ役職だけど、トールさんのほうが精神的にも大人って感じだ。
◇
彼方とミケは村に入り、中央にある広場に向かった。
広場には井戸があり、その奥には二階建ての大きな家があった。
――村長の家っぽいな。とりあえず、七原さんのことを聞いてみるか。
彼方は扉の前に立ち、コンコンとノックをする。
「はいです」
聞き覚えのある少年の声が家の奥から聞こえた。
やがて、扉が開き、ウサギの耳を生やした十代前半の少年が姿を見せた。
その少年を見て、彼方の目が丸くなる。
「あれ、ピュートじゃないか」
彼方はキメラと戦ったダンジョンで、いっしょに行動した少年の名を口にした。
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