第110話 彼方の決断

「彼方…………私はウロナ村に行くことになった」


 ティアナールの口から、いつもより低い声が漏れた。


「ウロナ村は王都とカカドワ山の中間あたりにある大きな村だ。そこを拠点にして、モンスターどもを迎え撃つ。白龍騎士団だけじゃなく、他の騎士団や兵士たちも動く。総力戦になるぞ」

「…………ティアナールさん。クヨムカ村の守りはどうなっているんですか?」

「クヨムカ村はカカドワ山のふもとにある村か。たしか…………銀狼騎士団が守る地域だな。それが、どうかしたのか?」

「クヨムカ村に知人がいるかもしれないんです」

「…………もしかして、お前といっしょに転移した異界人か?」

「その可能性があるってだけで、本当にいるのかどうかはわからないんです」


 彼方は窓の外に視線を向ける。

 町の外壁の先に、うっすらとカカドワ山が見えている。


 ――七原さんは運動が得意でもないし、頭の回転が早いわけでもない。モンスターに襲われたら、生き残るのは厳しいはずだ。


「彼方…………お前、まさか、クヨムカ村に行くつもりなのか?」


 ティアナールの質問に、彼方は「はい」と答えた。


「もし、そこに七原さんがいたら、助けてあげないと」

「いや、しかし、クヨムカ村は危険だぞ。銀狼騎士団が守るとはいえ、最前線になるはずだ。一気にモンスターどもが襲い掛かってくるかもしれない」

「それなら、なおさら行かないと」

「おっ、おいっ! まさか、ひとりで行くつもりなのか?」

「大丈夫ですよ」


 彼方はにっこりと微笑む。


「僕も戦闘に慣れてきたし、最近は、魔法戦士の訓練学校で模擬戦を見学してますから」

「見学っ?」

「ええ。昨日はAランクの魔法戦士と模擬戦もやりましたよ」

「Aランクの魔法戦士ってことは、ユリエス訓練学校のユリナとか?」

「はい。知り合いなんですか?」

「何度か夜会で会ったことがあるぐらいだな。彼女は貴族ではないが、父親がSクラスで有名人だから、よく夜会にも顔を出すんだ。で、勝敗はどうだった?」

「何十試合もやりましたからね。勝ったり負けたりかな」

「勝った?」


 ティアナールの緑色の瞳が丸くなる。


「あのユリナに模擬戦で勝ったのか?」

「はい。ユリナさんは強かったです。模擬戦だから、本気の呪文も使ってないのに、何度もやられちゃいました」

「ちょっと待て。模擬戦ってことは、お前の本当の力は使ってないんだな?」

「ええ。弱いゴーレムを召喚したけど、模擬戦でそれは使ってないし」

「じゃあ、もし、本気でお前とユリナが戦ったら?」

「ユリナさんがザルドゥより強いのなら、僕が負ける可能性はあります」


 彼方は笑いながら答えた。


「でも、そうじゃないのなら、負けることはないと思いますよ」

「…………そうだったな。お前はあの魔神を倒した男だ。Aランクの冒険者程度に負けるはずがないか」


 ティアナールはふっと息を吐く。


「だが、油断はするなよ。お前がいくら強くても、体は普通の人間なんだからな」

「わかってます。用心して行動しますし、ミュリックもいますから」

「はぁっ? 私は行かないからっ!」


 ミュリックは引きつった顔で首を左右に動かす。


「ネフュータスに捕まったら、裏切り者として殺されちゃうし」

「君に拒否権はないよ。それに僕がクヨムカ村で死んだら、君も首輪の効果で殉死するんだし、どこにいても関係ないって」

「…………大丈夫なんでしょうね? ネフュータスはザルドゥ様と違って、油断なんてしないわよ」

「うん。わかってる」


 彼方の表情が引き締まる。


「僕だって、まだ、死にたくはないし、無茶な行動をする気もないから」

「この状況で、クヨムカ村に行くこと自体が無茶な行動だと思うんだけど?」


 ミュリックのつぶやきに、ティアナールが無言でうなずいた。

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