第109話 ティアナールvsミュリック

「かっ、かっ、彼方っ! 何だ、その女は!?」


 ティアナールは金色の眉を吊り上げて、彼方に駆け寄る。


「お前、昼間から、そんな、ふしだらなことを…………」

「ちっ、違います。ティアナールさん」


 彼方は慌てて上半身を起こす。


「ミュリックですよ。これは」

「ミュリック?」

「ほら、ザルドゥのダンジョンでティアナールさんが戦ったサキュバスですよ。今は角を隠してますけど」

「…………あっ!」


 ティアナールは腰に提げていたロングソードを引き抜いた。


「彼方から離れろ! 十秒で殺してやる!」

「落ち着きなさいって。エルフの女騎士」


 ミュリックは彼方の腕にふくよかな胸元を押しつけながら、薄いピンク色の唇を動かす。


「私は彼方の仲間になったんだから」

「味方? どういうことだ?」


 ティアナールは彼方の上着を掴む。


「こいつは上位モンスターで、ザルドゥの配下だったサキュバスだぞ。そんな奴を仲間にしても、寝首を掻かれるだけだ」

「それは大丈夫なんです」


 彼方はミュリックの首輪を指差す。


「これ、マジックアイテムでミュリックは僕の奴隷になってるんです」

「奴隷だと?」

「はい。僕が死ぬとミュリックも死ぬ仕掛けになってて。だから、ミュリックが裏切ることはないんです」


「そういうこと」


 ミュリックは彼方の太股を白い手で撫で回す。


「私は彼方の奴隷になったの。だから、こうやって、ご奉仕してるってわけ」

「ごっ、ご奉仕っ!?」


 ティアナールの顔が赤く染まる。


「彼方っ! 見そこなったぞ! サキュバスの色香に惑わされるとは」

「そんなんじゃ、ありませんから」


 彼方は高速で首を左右に振る。


「とにかく、離れてよ、ミュリック。ティアナールさんに説明しないと」

「別にこのままでもいいでしょ」

「よくないよ」


 彼方は強引にミュリックから離れて、ティアナールに事情を説明した。


 ◇


「そういうことか…………」


 彼方の話を聞き終えたティアナールが眉間にしわを刻んだ。


「事情は理解したが、こいつは本当に信用できるのか? 首輪をしてても、お前を道連れにする覚悟で攻撃してくるかもしれんぞ」

「ミュリックは、そんなタイプじゃありません」


 彼方はベッドに横たわっているミュリックをちらりと見る。


「自分の命を最優先に考えて行動するタイプですから」

「本当にそうなのか?」

「一応、最初は警戒して、わざと隙を作って反応を見てたんですけど、僕を攻撃する動きはなかったし」

「えっ? そんなことやってたの?」


 ミュリックが上半身を起こして、彼方に声をかけた。


「全然気づかなかった」

「こんな感じですよ。攻撃どころか、僕が死んだらまずいと思って、四天王の情報もぺらぺらと喋ってくれたし」

「当たり前でしょ。自分が死んだら、何の意味もないんだし」

「うーん。しかしなぁ…………」


 ティアナールはミュリックのふくよかな胸元を見る。


「こんな奴が彼方の近くにいるのは、やはり解せん」

「別にあなたの許可を取る必要もないし」


 ミュリックは舌を出して、ティアナールを挑発する。


「私は彼方の愛奴隷なんだから」

「愛をつけるな! お前はただの奴隷だ!」

「なーに、嫉妬してるの?」

「しっ、嫉妬だと?」

「そう。あなた、まだ、彼方に抱かれてないんでしょ?」

「だっ、だっ、抱かれ…………」


 ティアナールの尖った耳が真っ赤になる。


「あなたって綺麗だけど色気はいまいちよね。オスをその気にさせる空気をまとってない。私なら、彼方を一晩で虜にしてみせるから」

「貴様…………彼方を籠絡ろうらくするつもりか」

「別にいいでしょ。彼方だって、きっと、それを望んでるし」

「ふざけたことを。やはり、貴様は悪だ。この場で成敗してやる!」


 言い争う二人の間に、彼方が割って入った。


「そんなことより、ティアナールさん、僕に用事があるんじゃ?」

「あ…………いや…………」


 ティアナールはロングソードの柄から手を離し、彼方とミュリックを交互に見る。


「…………まあ、話してもいいか。どうせ、夕刻前にはゼノス王から発表があることだしな」

「何の発表ですか?」

「数万のモンスターがカカドワ山の西側に集結しているらしい」

「数万…………ですか?」

「ああ。どうやら、四天王のネフュータスが指揮してるようだ。奴らの狙いはヨム国への侵略だろう」

「この王都が戦場になるってことですか?」

「最終的には、そうなるだろうな。だが、その前にガリアの森の中にある村が襲われるはずだ。カカドワ山の東には、十数カ所の村があるからな」

「…………クヨムカ村も襲われるかもしれないってことか」


 香鈴がいる可能性のある村の位置を思い出し、彼方は両手のこぶしを固くした。

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