第98話 彼方vsバザム
彼方の瞳に、片手でロングソードを構えるバザムの姿が映る。
――バザムの強さはスピードとパワーだ。オーガのような人間離れした力があるわけじゃないけど、あのスピードと組み合わせると危険な相手なのは間違いない。
彼方は間合いの一歩前で足を止めた。
バザム両足を軽く開いて、腰を落とす。
「やっぱり、お前は戦闘慣れしてるな。異界で戦士でもやってたか?」
「いいえ。僕のいた異界の国は平和でしたから、まともな戦闘なんて、やったことはありません」
「…………ふーん。なら、異界の神の恩恵でも受けたか。たまにいるらしいな。異界人の中には、特別な武器やアイテム、能力を持った奴がな」
「まあ、そんなところです」
彼方は言葉を濁した。
「でも、安心してください。その力を使う気はありませんから」
「俺程度には、か?」
「その通りです。あなたは自覚したほうがいい。上には上がいるってことを」
「そんなことは、わかってるさ。Sランクの冒険者は化け物揃いだからな。だが、お前はSランクじゃねぇ」
バザムは大きく右足を前に出し、ロングソードを振った。
アグの樹液に包まれた刃先が彼方の頭部を狙う。
彼方は、その攻撃を自身のロングソードで受けた。
彼方の体が数センチ横に移動する。
――やっぱり、パワーがあるな。武器を弾き飛ばされないように注意しないと。
彼方はロングソードの柄をしっかりと握り締める。
「おらおらっ!」
バザムはロングソードを振り回しながら、彼方との距離を縮める。
彼方は後ずさりしながら、バザムの攻撃を受け続ける。
「どうした? 受けるばかりじゃ、俺を倒せないぞっ!」
喋りながら、バザムは右膝を曲げて、低い体勢から彼方の足を狙う。
その動きを予測していたかのように、彼方は左足を引く。
「これで終わりじゃねぇ!」
バザムは右膝を一気に伸ばして、マジックアイテムのブーツで地面を蹴る。
砂煙があがり、一瞬で彼方の側面にバザムが移動した。
斜めに振り下ろされたロングソードを、彼方は地面を転がりながらかわす。
「ちっ!」と舌打ちをして、バザムは呼吸を整える。
「お前も猫耳と同じで逃げまくるタイプか?」
「一応、念を入れただけですよ」
バザムから視線をそらさずに、彼方はゆっくりと立ち上がった。
「でも、これぐらいでいいかな」
「何がいいんだ?」
「あなたの底が見えたってことです」
彼方は冷静な声で言った。
「あなたは僕よりスピードもパワーもある。でも、強いのは僕です」
「…………ほう。不思議なことを言うな。じゃあ、それを証明してもらおうか」
バザムはじりじりと彼方に近づく。
「俺は何度も死線をくぐり抜けてきたんだ。数分間、俺と戦っただけで、俺の底が見えただと? バカな奴め」
「バレてますよ」
「はっ? 何を言ってる?」
「右足のブーツですよ。さりげなく、足の甲の部分に砂を乗せてますよね。それを僕にかけて奇襲するつもりなんでしょ」
彼方の言葉に、バザムの頬がぴくりと動いた。
「…………どうして気づいた?」
「足の動きが、さっきとは違います。それに、あなたの性格からも、ある程度予想はできましたから。こういうことをやるタイプだってね」
「…………ちっ! バレたのならしょうがねぇな。素直に力押しでいくか」
バザムは一気に彼方に近づく。
彼方は右手でロングソードを構え、左手のこぶしを振った。
「舐めるなっ!」
バザムは左手の攻撃を無視して、さらに突っ込む。その程度の攻撃は無視して構わないと考えたのだろう。
その時、彼方の左手が開き、砂がバザムの目に入った。
「がっ…………つっ!」
一瞬、バザムの視界が奪われる。
彼方は低い姿勢から、ロングソードでバザムの足のすねを叩いた。
ゴンと強い音がして、バザムの体が横倒しになる。
「ぐっ…………くそっ!」
バザムは苦痛に顔を歪めながら、慌てて立ち上がる。
「てめぇ、いつの間に砂を?」
「さっき、あなたの攻撃を転がって避けた時ですよ」
彼方は淡々とバザムの質問に答えた。
「卑怯…………なんて言いませんよね?」
「…………殺してやる!」
バザムはぎりぎりと歯を鳴らして、彼方を睨みつけた。
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