第96話 昇級試験4
「お前…………異界人か?」
「そうです」
バザムの質問に彼方は答える。
「…………ふーん。名前は?」
「氷室彼方」
「彼方か…………」
バザムは針のように目を細めて、彼方を見つめる。
「お前は、それなりにやるようだな。顔つきが他の奴らとは違うし、頭も良さそうだ。それにいい腕輪をつけてる。ネーデ文明のマジックアイテムのようだが、どこで手に入れた?」
「依頼人から、もらったんです」
「ほう。それだけの仕事をした経験があるってことか」
「そんなことより、先に僕と戦ってもらえますよね?」
「…………いーや。お前は最後だ」
バザムは虫を追い払うように左手を動かした。
「どうやら、この中で、お前が一番楽しめそうだ」
「楽しめそう?」
「ああ。美味い肉は最後まで残しておいて食うタイプなんだよ。俺は」
そう言って、バザムはロングソードの刃先をミケに向ける。
「さあ、さっさと終わらせるぞ。来いっ、猫耳!」
「にゃっ! ミケ、いきますにゃーっ!」
ミケが短剣を構えて、バザムに攻撃を仕掛けた。
「うにゃあああ!」
ミケはバザムの胸元のバッジめがけて、短剣を突く。
その攻撃をバザムは余裕をもってかわし、ロングソードでミケの頭部を狙った。
今度はミケが、その攻撃を避ける。
「おっ、予想よりも素早いな」
バザムは蹴りでミケの足を狙う。
ミケはジャンプして、バザムの背後に回り込む。
「悪くない動きだが…………」
バザムは姿勢を低くして、右足で地面を蹴る。一瞬でミケの側面に移動する。
――マジックアイテムのブーツの能力か。
彼方は唇を噛んで、バザムのブーツを見つめる。
――もともと、スピードは速いはずなのに、さらにマジックアイテムでスピードを強化している。これじゃあ、Dランクのレーネだって、バッジに触れるのは難しいはずだ。
「おらおらっ!」
バザムは右手でロングソードを振り回しながら、左手の指先を、微かに動かす。
ミケがロングソードを避けるタイミングに合わせて、左手でミケの頭部の耳を掴もうとした。
その瞬間、ミケは両手を地面につけて、四つ足の獣のような動きで、バザムの周囲を回り出す。
「ちっ!」と舌打ちをして、バザムは金色の眉を眉間に寄せた。
「面倒くさい逃げ方しやがって」
バザムは両手でロングソードを握り、大きく振りかぶる。
「これで終わらせてやる!」
振り下ろされたロングソードの刃先が地面に突き刺さった。
「にゃっ!」
ミケは体勢を崩したバザムの胸元に手を伸ばした。
「ダメだ。ミケっ!」
思わず、彼方が叫んだ。
――これは、バザムの罠だ。わざと隙を見せたんだ。
バザムは伸ばしたミケの手首を掴み、そのまま、地面に叩き落とした。
砂埃が舞い、ミケの顔を歪む。
「にゃ…………こ、降参…………」
バザムの親指がミケのノドを突く。
「ぐうっ…………」
ミケはノドを両手で押さえる。
バザムは笑みを浮かべたまま、ミケの腹部を蹴り上げる。
ミケの体が数メートル飛ばされた。
「降参します!」
彼方は叫びながら、ミケに駆け寄った。
「ミケ、大丈夫?」
「…………にゃ」
ミケは痛みに顔を歪めながら、口をぱくぱくと動かす。どうやら、上手く喋れないようだ。
彼方はミケのノドと腹部を確認する。
――ノドは少し赤くなってるぐらいか。お腹も…………平気みたいだな。でも、リカバリーの呪文カードを使ったほうがいいか。
「…………だ、大丈夫にゃ」
ミケがしゃがれた声で彼方の手に触れた。
「ミケ…………は…………医務室に行くにゃ。彼方の…………それは、とっておくにゃ」
「それなら、僕も医務室に行くよ」
彼方はミケを抱き上げる。
「おい、待てよ」
バザムが彼方の肩を掴んだ。
「お前は、ここにいろ!」
「イヤですね」
「イヤだと?」
バザムの頬がぴくりと動く。
「ここからいなくなったら、昇級試験は失格にするぞ」
「いいですよ。昇級よりもミケのほうが大事ですから」
彼方は抱き上げたまま、中庭の出入り口に向かって歩き出した。
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