第95話 昇級試験3

「わ、私…………止めます!」


 女の冒険者が後ずさりながら言った。


「俺も止めるぞ」

「僕も止めます!」


 さらに四人の冒険者が手を上げた。


「そうかそうか。これで楽になったな」


 バザムはうめき声をあげている太った冒険者の前でしゃがみ込んだ。


「実戦でなくてよかったな。実戦なら、お前は死んでたぞ」

「ぐっ…………うっ…………」

「ほら、さっさと医務室に行って来い」


 バザムは男の頭を軽く叩く。


「いいか。お前らは底辺の存在だと自覚しろ。実力ある冒険者なら、最初から、Dランクで登録されるんだからな。それなのに、お前らはEランクどころかFランクだ。もともと才能がないんだよ」


 バザムの言葉に冒険者たちの表情が固くなる。


「わかってるのか? Eランクになったら、モンスター退治や護衛の依頼も増えるんだ。パーティーのサブとして、ダンジョンに潜ることも多くなる。この程度の模擬戦で結果も出せないような奴を昇級させるわけにはいかねぇんだよ」

「だ、だけど…………」


 十五歳ぐらいの少年の冒険者が不満げな声を出した。


「僕は魔道師なんです。こんな直接的な戦闘で、Bランクのあなたに勝てるわけがありません」

「だから、バッジに触るだけでいいって言ってるんだ。別に俺に勝てってわけじゃねぇ。しかも、こっちは五割の力でやってやるよ」

「五割…………ですか?」

「ああ、そうさ。そっちは全力でやればいい。魔道師なら、攻撃呪文を使ってもいいぞ」

「攻撃呪文も?」

「いいぜ。俺を殺すつもりで、かかってこいよ!」


 バザムは腰を低くして、だらりと両手を下げる。


 覚悟を決めたのか、少年は数歩、前に出て、バザムと対峙した。

 小刻みに震える手で杖を握り締め、その先端をバザムに向ける。


「魔道師なら、サービスしてやる。最初の呪文の詠唱が終わるまで、こっちは攻撃しない」

「それなら…………」


 少年は呪文の詠唱を始める。

 十数秒後、杖の先端が赤くなり、オレンジ色の光球が出現した。

 その光球がバザムに向かって放たれた。


 バザムは上半身を捻って、その攻撃をかわす。


「まだまだっ!」


 少年は新たに呪文を唱えようとするが、その時間をバザムは与えなかった。

 一気に少年に駆け寄る。

 少年は慌てて詠唱を止め、杖の先端でバザムのバッチを狙った。


 その瞬間、バザムの体がくるりと回転して、ロングソードの刃が少年の脇腹に当たった。

 少年の体が真横に飛ばされ、地面に横倒しになる。

 さらに攻撃を加えようとしたバザムに向かって、少年は必死に叫んだ。


「やっ、止めます!」


 バザムの攻撃が少年の頭部に当たる寸前に止まった。


「呪文の詠唱は遅いが、止めるの言葉は早かったな」


 そう言って、バザムはにやりと笑った。


 少年は痛みに顔を歪めて、よろよろと立ち上がる。


 ――やっぱり、普通のFランクじゃ、どうにもならないな。


 彼方の眉間に深いしわが刻まれる。


 ――今の魔道師も光球のスピードが遅すぎる。あれじゃあ、何発撃てても、バザムには当たらない。そして近づかれたら、もう、どうにもならないし。


 魔法戦士のイリュートの姿が脳裏に浮かび上がる。


――スピードと剣さばきはイリュートより上だな。その分、呪文は使えないか、たいしたレベルじゃないはず。


「で、次は誰が挑戦する?」


「ミケが挑戦するにゃ!」


 ミケが元気よく右手をあげた。


「待って、ミケ!」


 彼方はミケの肩を掴む。


「どうしたのにゃ?」

「…………今回は止めておこう」


 彼方はミケの耳元で言った。


「あの試験官は危険だよ。大ケガするかもしれない」

「大丈夫にゃ。無理そうなら、降参すればいいのにゃ」

「だけど…………」


 彼方はちらりとバザムを見る。


 ――バザムはFランクの僕たちをバカにしてる。それに、ケガをさせても構わないとも思ってるみたいだ。ミケを戦わせるのは危険だ。


 ――ここは、先に僕が戦って…………。


「よし! そこの猫耳。次はお前だ」


 バザムがミケを指差した。


「にゃっ! よろしくなのにゃ」


 ミケはアグの樹液に包まれた短剣を手に取り、バザムの前に立った。


「待ってください!」


 彼方がバザムに声をかけた。


「僕が先にやります」

「お前が?」


 バザムは鋭い視線を彼方に向けた。

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