第94話 昇級試験2
冒険者ギルドの中庭は、縦十五メートル横三十メートル程の広さがあり、地面は黄土色の砂がまかれていた。草木はなく、壁際にはロングソードや大剣、槍、斧等が特製の棚に立て掛けられている。
彼方はブーツの底で地面の硬さを確かめる。
――砂をまいてるせいで、少し柔らかさがあるな。でも、その分、滑りやすくなってるか。
「さて…………と」
バザムは棚に置かれていた、ロングソードを手に取る。
そのロングソードの刃はアグの樹液に包まれていた。
バザムはロングソードを右手で軽く振った。
空気が裂けるような音がして、足元の砂が吹き上がる。
Fランクの冒険者たちがどよめく。
「速い…………」
彼方の隣にいた十代の冒険者が呆然とした声でつぶやいた。
――たしかに速いな。それにパワーもある。まあ、試験官をやるんだから、戦闘経験も豊富なんだろう。
「わかってると思うが、昇級試験の内容は試験官に一任される。つまり、俺が好きに決めていいってことだ」
バザムは冒険者たちを見回す。
「…………よし。単純なやり方でいくか」
「単純なやり方って?」
女の冒険者がバザムに質問した。
「模擬戦だ」
バザムは上着の胸元についたドラゴンの顔が刻まれた菱形のバッジを指差す。
「このバッチはケルラの街を襲ったドラゴンを倒した褒美にアーロン伯爵からいただいた物だ」
「あなたがドラゴンを倒したの?」
「俺だけで倒したわけじゃない。ドラゴン退治に関わった二十四人がもらえたバッジだ」
バザムは誇らしげに胸を張る。
「まあ、俺の武勇伝はどうでもいい。このバッジだ。このバッジに攻撃を当てることができたら、合格にしてやる」
「それだけでいいのか?」
痩せた男の冒険者がバザムに質問する。
「ああ。剣でも槍でも斧でも、素手でもいいぞ」
「素手でも?」
「指先だけでもバッジに触れれば、攻撃とみなしてやる。簡単な試験だろ?」
片方の唇の端を吊り上げ、バザムは笑う。
「ただ、俺は当然、避けるし防御するし攻撃もする」
「攻撃もするのか?」
「当たり前だろ。まあ、この通り、使うのはアグの樹液に包まれた武器だからな。お互いに死ぬことは、まずない。骨折ぐらいはするかもしれないが」
「骨折って…………」
「安心しろ。冒険者ギルドの中には医療室がある。しかも、昇級試験で受けた傷は無料で手当してもらえるんだ」
「し、しかし…………」
「もちろん、止めてもいいんだぞ」
バザムは痩せた男の腕を軽く叩く。
「来月の昇級試験で、優しい試験官を期待するのもいいだろうさ。で、どうする?」
「お、俺はやるぞ」
太った冒険者の男がアグの樹液に包まれた大剣を手にして、バザムの前に立った。
「おっ、お前からか」
バザムは片手でロングソードを構えた。
「いいぜ。いつでも来いよ。お前が『止める』と言うまで、つき合ってやる」
「おおおーっ!」
男は大剣を振り上げ、バザムに攻撃を仕掛けた。
大剣で胸元のバッチを狙うが、バザムは余裕を持って、その攻撃を避ける。
「うおーっ!」
気合の声をあげて、男は大剣を振り回す。
バザムはにやにやと笑いながら、男から距離を取った。
「別にバッチを直接狙わなくてもいいぞ。俺を動けなくなるまで叩きのめしてから、バッチに触ってもいいからな」
そう言いながら、バザムは上唇を舐める。
――これは無理だな。
彼方はバザムの動きを見て、唇を噛む。
――バッチに触れるだけでもいいのに大剣を選んだのも間違ってるし、元々、技量もない。Fランクだから、しょうがないけど。
「く…………くそっ…………」
男は肩で息をしながら、バザムに近づく。
「そろそろ、終わらせるか」
バザムは低い姿勢から男の側面に回り込み、ロングソードで男の手の甲を叩いた。
「ぐあっ!」と声をあげ、男は大剣を落とす。
体勢を崩した男の腹部に、バザムの蹴りが入った。
男の体がくの字に折れ、口から胃液を吐き出す。
「があ…………ぐ…………」
「Fランクだけあって、弱いな…………」
バザムはロングソードを振り上げる。
「まっ…………待て。もう、俺は止め…………」
男の言葉を無視して、バザムはロングソードを振り下ろした。
ボキリと不気味な音がして、男の腕が異様な角度に曲がった。
「がああああっ!」
男は苦痛に顔を歪めて、折れた左腕を右手で押さえる。
その姿を見て、バザムは口角が吊り上がる。
「降参するのが遅ぇよ。もっと早く言ってもらわねぇとな。くくっ」
バザムの笑い声を聞いて、冒険者たちの顔が青ざめた。
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