第93話 昇級試験

 七日後の朝――。


 彼方とミケは冒険者ギルドに向かった。

 ミケは彼方の前を歩きながら、短剣を振るような動きをする。


「シュッ…………シュッ…………シュシュッ」


 口で短剣を速く振った音を出しながら、ミケは軽くステップを踏む。


「気合入ってるね、ミケ」

「今日は待ちに待った昇級試験だからにゃ」


 ミケは紫色の瞳を輝かせた。


「十回連続で落ちているミケだけど、今日は昇級できる気がするのにゃ。彼方といっしょに、いっぱい冒険したからにゃ」

「そうだね。ミケは逃げるのは得意だし、スピードもあるから、Eランクにはなれると思うよ」

「うむにゃ。Eランクになって、お仕事をいっぱいもらえるようになるのにゃ」


 ミケはぱたぱたと犬のようにしっぽを動かす。


 その姿を見て、彼方は目を細める。


 ――僕とミケがEランクになれば、仕事も増えるし、依頼料も増える。昨日、冒険者ギルドから、ダンジョンの時のお金も入ってきて、食費や宿代に困ることは、当分ないけど。


 彼方は腰に提げている魔法のポーチに視線を動かす。


 ――今、僕が持ってるお金は、金貨一枚とリル金貨七枚、銀貨六枚に銅貨二枚か。日本のお金で考えると、十七万六千二百円ってところだな。


「彼方っ! いっしょにEランクになれたら、お祝いするにゃ」

「お祝いって、何をするの?」

「ケーキ屋さんに行くにゃ。昨日、新作のケーキが発売されたのにゃ」

「もしかして、王室御用達のケーキ屋さん?」

「そうにゃ。五種類のイチゴを使ったケーキにゃ。リセラ王女も絶賛だったらしいにゃ」

「へーっ、リセラ王女もか」


 彼方のノドが大きく動いた。


 ――五種類のイチゴを使ったケーキってことは、甘酸っぱい感じかな。生地はどんな感じにしてるんだろう?


「…………それは、食べないといけないね」

「ちょっと高いけど、お祝いだからいいのにゃ」

「うん。お祝いだしね」


 自分を納得させるように、彼方は何度も首を縦に動かす。


 ――たまには、贅沢してもいいよな。少しはお金にも余裕が出てきたし。


 ◇


 冒険者ギルドの中には、いつもより多くの冒険者たちが集まっていた。


 彼方は冒険者たちのプレートを確認する。


 ――DランクとEランクの冒険者が多いな。Fランクは二十人ぐらいか。BランクとAランクの冒険者は…………いないみたいだな。 


 冒険者たちの話し声が聞こえてくる。


「今度こそ、Dランクにならないとな」

「ああ。Dランクになれば、しっかり稼げるようになるからな。Eランクじゃ、しょうもない仕事しかねぇし」

「お前らは楽でいいよな。こっちはCランクの昇級試験だからな。何やらされることやら」

「私もよ。優しい試験官ならいいんだけど」

「もう、Fランクってバカにされるのはイヤだ…………」


 多くの冒険者が表情を強張らせている。


 ――緊張してる冒険者がいっぱいいる。まあ、ランクが上がれば報酬も高くなるし、生きていくためには重要な試験だからな。


 十分後、奥の通路から、西地区代表のタカクラが現れた。

 タカクラは背筋をぴんと伸ばして、結んでいた唇を開く。


「そろそろ、時間ですね。では、昇級試験を始めさせていただきます」


 冒険者たちの視線がタカクラに集中する。


「まず、Bランクの方はいらっしゃいますか?」


 誰も反応はしない。


「では、Cランクの方はいらっしゃいますか?」


 数十人の冒険者が手を上げる。


「皆さんは、セラさんが担当します」


 タカクラがそう言うと、水色の長い髪の女が通路の奥から現れた。女は二十代前半ぐらいの外見をしていて、白を基調とした服を着ていた。胸は大きく、腰はくびれていて、銀色のブーツを履いていた。腰のベルトには、Aランクの証である金色のプレートがはめ込まれている。


 女――セラは値踏みするような目でCランクの冒険者たちを見つめる。


「魔道師のセラよ。私は厳しいから覚悟しててね」


 Cランクの冒険者たちの顔が強張る。


「じゃあ、ついてきて。王都の外でテストするから」


 セラが出入り口に向かうと、Cランクの冒険者たちも慌てて、その後を追う。


 タカクラは胸元でパンと両手を叩いた。


「次はDランクです。皆様の担当はAランクのクオールさんです」


 銀色の鎧を装備した背の高い男――クオールが奥の通路から姿を見せる。


「Eランクの方は、Bランクのクロード様が担当です。そして、Fランクは…………」


「俺が担当する」


 通路から二十代前半の男が現れた。


 男は金髪で革製の赤い服を着ていた。身長は彼方より五センチ程低く、腰に二本の短剣を差している。

 翻訳されない文字が刻み込まれたブーツを見て、彼方の眉が僅かに動いた。


 ――武器は短剣で、ブーツはマジックアイテムか。体重は軽そうだし、スピード重視タイプかな。


「Bランクのバザム。職業は剣士だ」


 男――バザムは青い瞳で冒険者たちを見回す。


「Fランクの冒険者は手を上げろ」


 彼方とミケ、そして、十人の冒険者が手を上げた。


「…………ふん。弱そうな奴ばかりだな。まあ、Fランクじゃ、しょうがないか」


 バザムは頭をかきながら、短く舌打ちをする。


「お前らは、中庭だ。わざわざ、外で試験をする必要もないしな。ついて来い!」


 Fランクの冒険者たちが、通路を歩き出したバザムについて行く。


彼方は足音を立てずに歩いているバザムの後ろ姿を見つめる。


 ――剣士にしては、体格は小さいかな。でも、筋肉はあるし、しっかり鍛えてる。さすがBランクってところか。


「彼方っ! ミケたちも行くにゃ」

「あ、うん」


 彼方はミケといっしょに薄暗い通路に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る