第87話 最下層の戦い5
彼方はゆっくりと倒れているモーラに近づいた。
モーラの手には空の小瓶が握られている。
「回復薬ですか?」
「…………そうよ。残念ながら、傷が深くて助かりそうにないけどね」
モーラは血のついた唇を歪めて笑う。
「だけど、あなたも道連れにできるのは悪くないわ」
「道連れ?」
「…………そう。ウードが死んだことで…………儀式が終わったの」
震える手を動かして、モーラは頭上にある球体を指差した。
「絶望を感じて…………死になさい。ふっ、ふふっ…………」
ドクン…………ドクン…………ドクン…………。
鼓動が大きくなり、球体にひびが入る。どろどろとした赤黒い液体が滴り落ち、鋭い爪を持つ四つの手が、中から球体を突き破った。
そして――。
それが、姿を見せた。
それは、カエルのような顔をしていた。瞳は金色で、開いた口から無数の尖った歯が見える。肌は青黒い鱗に覆われ、膨らんだ腹部には巨大な別の口があった。
それは、体をうねらせて球体から落ちる。
「グギャ…………」
不気味な鳴き声をあげて、それは立ち上がった。
体長は三メートル近くあり、背中から、胴回りが八十センチ程の二匹の蛇が生えていた。
二匹の蛇はうねうねと体を動かし、周囲を見回している。
「何だ…………この生き物は?」
彼方の声が掠れる。
――顔はザルドゥに似てるけど、背中から蛇が生えてるし、腹にも大きな口がある。いくつもの生物が組み合わさったキメラってやつか。
それ――キメラは最下層全体に響き渡る咆哮をあげて、彼方に襲い掛かった。
「彼方様っ!」
キメラの前に、魅夜が立ち塞がった。
素早く唇を動かし、呪文を唱える。
オレンジ色の光球が出現し、キメラの胸元に当たる。
青黒い鱗が、その攻撃を弾き飛ばした。
キメラはスピードを落とすことなく、魅夜に近づき、鋭い爪を振り下ろした。
魅夜は片膝をついて、その攻撃をかわし、漆黒のナイフでキメラの脇腹を突いた。
しかし、刃先は数センチしかめり込まない。
「硬い…………ですね」
魅夜はキメラの太い脚を蹴り、宙返りをして距離を取ろうとした。
「ギュアアア!」
キメラは巨体とは思えないスピードで動き、着地しようとした魅夜の左の足首を掴んだ。
そのまま、魅夜を振り回し、強い力で投げ飛ばす。
ドンッと大きな音がして、魅夜の体が壁に激突した。
魅夜は苦悶の表情を浮かべながら、右足だけで立った。
「ま…………まだまだ…………」
「魅夜、もういい。戻れ!」
彼方がそう言うと、魅夜の体がカードに戻り、すっと消えた。
――魅夜、ありがとう。君は十分、役に立ってくれたよ。
魅夜に感謝しながら、彼方は意識を集中する。
三百枚のカードが彼方の周囲に出現した。
◇◇◇
【召喚カード:武神呂布の子孫 呂華】
【レア度:★★★★★★★★★(9) 属性:地 攻撃力:9900 防御力:4800 体力:5200 魔力:0 能力:防御力無効、防具無効の強力な攻撃を対象に与える。召喚時間:3時間。再使用時間:25日】
【フレーバーテキスト:りょ、呂華が出たぞーっ! 逃げろーっ!】
◇◇◇
彼方の目の前に、中華風の鎧を装備した十八歳ぐらいの少女が現れた。
少女は切れ長の目をしていて、長い黒髪を後ろに束ねていた。肌は小麦色で、右手には槍と斧が組み合わさったような武器――
「呂華っ! キメラを倒せ!」
「はいはーいっ!」
少女――
「我は武神呂布の子孫、呂華なりっ! いざ、尋常に勝負!」
「グウウウッ!」
キメラはうなり声をあげて、四本の手を振り上げた。
尖った爪を持つ左右の手が、呂華の頭部を狙う。
しかし、呂華は避ける動きをしなかった。
さらに一歩踏み込み、キメラとの距離を縮めると、両手で戟を真横に振る。
刃先がキメラの脇腹に当たり、千キロ以上ある巨体が真横に吹き飛んだ。
キメラは壁際で横倒しになり、脇腹から流れ出した青紫色の血が床を塗らした。
「あれぇ? 一撃で終わりってことはないよね?」
「グギャアア!」
キメラは怒りの声をあげて、すぐに立ち上がる。脇腹の傷口がみるみると塞がっていく。
「おおーっ! 再生能力ありか。こうでないと面白くないよねっ!」
瞳を輝かせて、呂華は上唇を舐める。
「彼方っ! 別のクリーチャーを召喚する必要はないから。このモンスターは私の獲物だっ!」
強く右足で床を蹴って、呂華は一瞬でキメラの正面に移動する。
キメラの背中から生えていた二匹の蛇が炎を吐き出した。
呂華の体が炎に包まれるが、それでも彼女は攻撃を止めなかった。
体を回転させるようにして炎を振り払い、戟をキメラの脚に叩き込む。
がくりとキメラの体が傾く。
呂華は曲がったキメラの膝の上に足を乗せ、真上に飛んだ。
そして、戟で蛇の頭部を斬り落とす。
「ガアアアアッ!」
キメラは叫び声をあげて、後ずさりする。
「今度の攻撃はどう? 少しは効いたかな」
「グウウウッ!」
首のない蛇の胴体がうねうねと動き、その先端から、新たな頭部が現れた。
「…………へぇ、それも再生するんだ」
感嘆の声を呂華は漏らす。
「なら、私も本気出しちゃおうかな」
「今までの攻撃は本気じゃなかったの?」
後方にいた彼方が呂華に質問する。
「当然っ! 攻撃力9900を舐めないでよね」
そう言って、呂華はにっと白い歯を見せた。
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