第51話 彼方の決意
冒険者ギルドで、ミケは受付のジーニに黄白色の紙を渡した。
「依頼完了のサインをもらってきたにゃ。お金もらえるかにゃ?」
「あ、ちょっと待って。確認するから」
ジーニは受け取った紙をチェックする。
「ん? ルトさんのサインじゃないよね」
「ルトさんは亡くなりました」
ミケの隣にいた彼方が低い声で言った。
「サインをしてくれたのは、戦闘隊長で村長代理のドムさんです」
「…………そう。ルトさん、死んじゃったのか」
ジーニは赤毛の髪に触れながら、深く息を吐き出す。
「…………でも、モンスターは十体全部倒したのよね?」
「はい。少し増えてましたけど、全員倒しました」
「そう。それなら、問題ないかな。代理の村長のサインもあるようだし。ちょっと待ってて」
ジーニは受付から姿を消し、数分後に戻ってきた。
「はい。これが依頼料ね。手数料を引いて、銀貨七枚と銅貨二枚とリル貨七枚。リーダーのミケさんはサインお願いね」
「わかったにゃ」
ミケはジーニが差し出した紙にサインをする。
「これでいいかにゃ?」
「はい。オッケーです。それにしても…………」
ジーニは彼方に視線を動かす。
「よく、Fランクの君たちがこの依頼を達成できたよね。正直、逃げ帰ってくると思ってたよ。それか死んじゃうか」
「運がよかったんです」
彼方は微笑する。
「…………ふーん。実は弱いモンスターだったとか?」
「それもありますね。一応、リーダっぽいモンスターがいたんですけど、魔神ザルドゥよりは弱かったかな」
「そりゃ、そうでしょ」
ジーニが笑い出した。
「まっ、そういう運のよさも実力のうちってやつかな」
「ジーニちゃん」
ミケが彼方たちの会話に割り込んだ。
「次の依頼を受けたいのにゃ。今度は怖くない依頼がいいにゃ」
「あーっ、ごめん。Fランクへの依頼は、今はないんだよね」
「またかにゃあああ!」
ミケはぷっと頬を膨らませる。
「どうして、依頼がないのにゃ。謎の組織の陰謀かにゃ?」
「しょうがないでしょ。Fランクの冒険者への依頼は少ないし、もう夕方だからね。定期的に仕事が欲しいなら、最低でもEランクになっておかないと」
「そうにゃ。昇級試験がそろそろあるはずにゃ」
「昇級試験は今日の午前中に終わったよ」
「にゃああああ! そんな情報聞いてないにゃ!」
「掲示板に貼ってあるから」
ジーニは掲示板を指差す。
「まあ、次の昇級試験を受ければいいんじゃない。来月に、またやるからさ」
「ううーっ。一ヶ月も先にゃあ。今度は昇級する自信があったのに」
ミケは受付のカウンターにアゴをつけて、うなり声をあげた。
◇
冒険者ギルドを出ると、外の景色が夕陽に照らされ、オレンジ色に変化していた。
「彼方っ! 依頼料を山分けするにゃ。銀貨七枚と銅貨二枚とリル貨七枚だから、半分にすると…………銀貨四枚…………」
「それは、ミケが全部もらっていいよ」
彼方ははめていたネーデの腕輪をミケに見せる。
「僕はこれをルトさんからもらってるから」
「いいのかにゃ?」
「うん。多分、この腕輪を売れば、もっと依頼料は高くなるはずだけど、売りたくないんだ。強いマジックアイテムだし、ルトさんからもらったものだから…………」
「じゃあ、今日はミケがご飯をおごるにゃ」
「裏路地の三角亭で?」
「うむにゃ。黒毛牛のステーキは無理だけど、赤猪の焼き肉ぐらいなら、なんとかなるにゃ」
「そうだね。少し早いけど、今日はゆっくりしようか」
彼方たちは裏路地の三角亭に向かって歩き出す。
四人の冒険者たちが彼方の横をすり抜ける。彼らのベルトには青色のプレートがはめ込まれていた。
――青色ってことは、Cランクの冒険者か。魔法のポーチも全員持ってるみたいだし、強いパーティーなのかもしれない。
彼方は足を止めて、ベルトにはめ込んだ茶色のプレートに触れる。
――昇級試験を受けるのは来月か。まあ、しょうがないな。当分はFランクの冒険者として頑張っていくしかない。仕事は少ないみたいだけど、なんとかなるだろう。カードの使い方にも慣れたし。
ふっと、脳内に髪をツインテールにした香鈴の姿が浮かび上がる。ぶかぶかの制服を着て、恥ずかしそうに微笑む香鈴の姿が。
――七原さんも、この世界のどこかにいるんだろうな。僕みたいに何か使える能力を手に入れてればいいんだけど。
「早めに捜してあげないと…………」
「彼方、どうしたにゃ?」
十数メートル先でミケが手招きをした。
「早く行くにゃ。ミケはお腹が空いたのにゃ」
「あ、うん」
彼方は茶色のしっぽを振っているミケを見つめる。
――ミケと出会えたことも幸運なのかもしれないな。決して強い仲間とはいえないけど、いっしょにいて安心できるパートナーだ。
――元の世界に戻る方法も、まだわからないし、まずはこの世界で生き抜くんだ。危険で不思議で興味も感じるこの世界で!
唇を強く結び、彼方は石畳の道を歩き出した。
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