第52話 忍び寄る悪意(1巻部分終了)

 ガリアの森の奥に、広葉樹に囲まれた湖があった。その中央には小さな島があり、そこには半壊した石造りの神殿があった。屋根の部分はなく、無数の巨大な石柱が月明かりに照らされ、青白く輝いている。


 神殿の中央には円形の祭壇があり、そこに男が立っていた。背丈は三メートル近くあり、ワニのような顔をしていた。肩幅は広く、ダークグリーンの体は光沢のある鱗で覆われている。長いしっぽがあり、胴体の部分には無数の突起物がある赤黒い鎧を装備していた。


 金色の瞳が十数メートル先にある、石柱に向けられる。


「…………いつまで隠れてる?」


 男がそう言うと、石柱の陰から十代前半の少年が姿を見せた。少年は身長が百五十センチ程で華奢な体格をしていた。肌は病的に白く、髪は銀色だった。上着とズボンは白く、金の刺繍がしてある。


 少年は緑色の瞳を細くして、笑みの形をした唇を開いた。


「あれ? バレちゃってた?」


 中性的な声が、少年の口から漏れる。


「バカにしてるのか? お前の邪悪な気配はすぐにわかる」

「邪悪ってひどい言い方だなぁー。僕は同じ四天王の中で、ガラドスを一番尊敬してるのに」

「ウソをつくな。ゲルガ」


 男――ガラドスは巨体を揺らしながら、少年――ゲルガに歩み寄る。


「相変わらず、人間の子供のふりをしてるのか」

「だって、そのほうが動きやすいしね。元の体のまま、活動すると疲れちゃうし」

「まあ、いい。で、俺を呼び出した理由は何だ?」

「もう少し待ってよ。残りの二人も来ると思うからさ」

「ネフュータスとデスアリスも呼んだのか?」

「もちろん。仲間外れは可哀想だしね」


 その時、闇の中から、黒を基調としたドレス姿の少女が現れた。年齢は十三歳ぐらいで、薄い紫色の髪をツインテールにしている。瞳は髪と同じ薄い紫色をしていて、口元に小さなほくろがあった。


 少女――デスアリスは金色の首輪に触れながら、ゲルガに近づく。


「こんなところに呼び出したってことは、ザルドゥ様を殺した相手がわかったの?」

「まあね」


 ゲルガがそう答えると、デスアリスの眉がぴくりと動いた。


「で、誰なの? 人間とかアンデッドとか情報がぐちゃぐちゃなのよね」

「僕が話すより、その場にいた者に聞いたほうがいいでしょ」


 ゲルガはポケットから先が尖った六角柱の水晶を取り出した。その水晶を足元に放り投げると、ガラスが割れるような音とともにピンク色の髪のサキュバスが現れた。


 サキュバス――ミュリックは状況がわかってないのか、口を半開きにしたまま、きょろきょろと周囲を見回す。


「ここは…………?」

「場所なんて、どうでもいいよ。君は四天王である僕たちの質問に答えてくれればいい。また、水晶の檻の中に閉じ込められるのはイヤだろ?」

「…………は、はい」


 ミュリックは震える唇を動かす。


 その時、ミュリックの背後に痩せた老人が現れた。老人は骸骨に皮膚だけが張り付いたような顔をしていた。目はくぼんでいて、唇はなく歯が剥き出しになっている。頭部には髪の毛がなく、紫色のローブから覗く胸元には、別の小さな顔があった。

 小さな顔は十センチ程の大きさで、能面のような表情を浮かべていた。


 老人――ネフュータスは剥き出しの歯を動かした。


「このサキュバスがザルドゥ様の最後を見たのだな?」

「そうだよ」


 ゲルガが雄牛のようなミュリックの角に触れる。ミュリックの体がぴくりと反応した。


「じゃあ、全員集まったことだし、誰がザルドゥ様を殺したのかを、もう一度、ここで話してもらおうかな」

「ザ、ザルドゥ様を殺したのは異界人の氷室彼方です」

「異界人だと?」


 ガラドスがワニのような口をミュリックに近づける。


「異界人ということは、人間なのか?」

「は、はい。黒い髪の少年です。その少年がアンデッドや機械仕掛けの人形を召喚したんです」

「ザルドゥ様が召喚師にやられたと言うのか?」

「召喚師じゃないのかもしれません」


 ミュリックはからからに乾いた口を動かす。


「ザルドゥ様を倒した呪文は、今まで見たことのない高位の攻撃呪文でした。召喚師が使えるようなものじゃありません。それを詠唱もなしに、あの少年は使ったんです」

「詠唱もなしに…………」


 ガラドスの声が掠れた。


「ザルドゥ様を倒せるレベルの呪文を詠唱なしに使うことができるのか?」

「できたんだろうね」


 ゲルガが肩をすくめる。


「だから、ザルドゥ様は死んじゃったんだし」

「お前は何をしてたっ!?」


 ガラドスはミュリックの細い腕を掴んで持ち上げた。ミュリックの顔が痛みで歪む。


「わ、私はエルフの女騎士と戦っていて」

「そして、ザルドゥ様が殺された後は、仇も取らずに逃げ出したのだな?」

「ひ、ひっ!」

「落ち着きなよ、ガラドス」


 ガラドスのしっぽにゲルガが触れる。


「そのサキュバスがいないと、ザルドゥ様の仇を捜すのも難しくなるよ」

「…………ちっ」


 ガラドスは舌打ちをして、ミュリックから手を離す。


「まあ、僕はザルドゥ様の仇を討つことには興味ないけどね」

「ならば、何故、この女を捕らえていた?」

「それは、氷室彼方に興味があるからだよ」


 ゲルガはガラドス、デスアリス、ネフュータスの顔を順番に見つめる。


「みんなは興味ないの? あのザルドゥ様を倒せる人間が存在するんだよ?」

「…………そうね」


 デスアリスが口元に人差し指を寄せる。


「もし、その人間が私たちを狙ってきたら…………」

「問題ない」


 ネフュータスがぼそりとつぶやいた。


「どうやら、その異界人は特別な力を手に入れて、こちらに転移してきたのだろう。たまにある話だ」

「でも、ザルドゥ様と対等に戦える異界人なんて、今までいなかったよ? しかも、この異界人は二つの能力を手に入れている。召喚師と魔道師の両方の能力を」

「だから、ドウシタ」


 ネフュータスの胸元にある小さな顔が甲高い声を出した。


「高位の呪文が使える珍しい召喚師なだけだ。警戒する程ではナイ」

「ザルドゥ様を殺した相手を警戒しなくていい?」

「ソウダ。あの方の力は絶大だった。だからこそ、油断が生まレル。我は油断などしない。その異界人と戦うなら、本人を狙えばいいダケダ」

「たしかに、そうだね」


 ゲルガがうんうんとうなずく。


「相手が人間なら、もろい体を狙えばいいし。それに、ザルドゥ様には及ばなくても、僕たちも強いからね」

「そりゃあ、あなたは化け物だから、強いでしょうね」


 デスアリスがツインテールの髪の毛に触れながら、冷たい視線をゲルガに向ける。


「えーっ! 君からそんなこと言われるのは心外だな。ある意味、君が一番の化け物じゃないか。だって、君は…………」

「それ以上は、言わなくていいから」


 デスアリスは白い頬を膨らませて、顔をそらす。


「そんなことより、盟約のほうはどうするの?」

「あーっ、そっちのほうが重要だね」


 ゲルガは口元に手を当てて、咳払いをする。


「とりあえず、僕たちはお互いに戦わない。この意見に反対はある?」

「ないな」


 ネフュータスが剥き出しの歯を動かした。


「ザルドゥ様が死に、生き残っていた軍団長の中には、我らに従わない者もいる。自らが新たな魔神になろうと不遜なことを考えているようだ」

「それは僕たちも同じだろうけどね」


 ゲルガの言葉に、ネフュータスは無言になる。


「…………まあ、現状で僕たちが争う意味はないし、仲良くやっていこうよ。ジウス大陸は広いし、大国も四つある。ちょうど僕たちの数と同じだし」

「いいだろう」


 ガラドスがうなずく。


「お前たちと戦って、せっかく集めた部下たちが減らされるのはかなわん」

「じゃあ、盟約は結ばれたってことで」


 そう言って、ゲルガは笑い声を洩らす。


「何がおかしい?」

「…………いや。人にとって、ザルドゥ様が生きてた時のほうがよかったんじゃないかなって思ってさ」

「俺たちだけじゃなく、他の奴らも動くからな」

「きっと、国同士の争いも起こるよ。今まではザルドゥ様がいたから協力しあっていたけど、これからはそうじゃなくなる」

「人も俺たちと同じで欲深いからな」

「あははっ! たしかにそうだね。どれだけの血が流れるのか、想像するだけで、わくわくするよ」


 悪意を秘めたゲルガの無邪気な笑みを、巨大な月が青白く照らした。



◇ ◇ ◇


【後書き】

この話で、1巻部分が終わりになります。

最後まで、読んでくれた読者の皆さん、ありがとうございます。

ブクマをしていただいて、評価していただいて、レビューをいただいたおかげで、毎日更新することができました。


物語は、これから、2巻部分に入っていきます(すぐに更新予定)

よかったら、これからも読んでやってくださいませ。


読者の皆さんに最大級の感謝を!

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