第49話 決着

 彼方は動揺したギラスに向かって、熾天使の槍で攻撃を続ける。


 頭部、ノド、心臓。

 

 急所を確実に突いてくる彼方の攻撃を、ギラスは長い爪で防ぐ。


「人間ごときがっ!」


 ギラスの右手が斜めに振り下ろされる。


 彼方は素早く下がり、熾天使の槍を構え直した。


「…………だいぶ、槍にも慣れてきたかな」

「慣れてきた?」

「ええ。槍を使ったのは、今日が初めてですから」


 そう言って、彼方は刃先を軽く動かす。


「腕輪の効果で力が強くなっているのは有り難いことなんですが、微妙な動きの調整には、もう少し時間がかかるかな」

「…………化け物めっ!」


 ギラスは肩で息をしながら、四つの目で周囲を見回す。


「…………無駄ですよ」

「む、無駄?」

「今、逃げることを考えましたよね。四つの瞳の動きと表情でまるわかりですよ」


 彼方の瞳に驚いた顔をしたギラスの姿が映った。


「この世界に転移してから、多くのモンスターに出会いました。最初はわかりにくかったけど、皆さんも、ちゃんと感情が顔や仕草に出るんですよね」

「ウソをつくな! そんなことわかるはずがない!」

「でも、事実でしょ? あなたはこれからの戦闘状況によっては逃亡することを考えた。左上の目が僕の後ろで戦っているドラゴンを見てましたよね。古代墓地のドラゴンが倒された時は逃げるしかない、って思ってるんじゃ?」

「…………」

「わざとらしいですよ」

「は、はぁ?」

「今、僕を騙そうとして、わざと視線を左の茂みに向けましたよね。で、逃げる方向は右か。まあ、そっちのほうが王都から離れることもできるし、大きな木も多い。無難な選択でしょうね。でも、それは無理です」


 彼方は熾天使の槍の先端を茂みに向ける。


「あなたが逃げる先には別のドラゴンを配置してます。今、戦っている天界のドラゴンよりも強いドラゴンを」

「まだ、召喚できると言うのか?」

「多少の制限はありますけどね」

「そんな…………そんなことが…………」


 ギラスの巨体が小刻みに震え出す。


 彼方はふっと息を吐き出す。


「あなたは、ある意味、運が悪かった」

「…………運が悪いだと?」

「この世界に慣れてきた僕と戦ったことがです。もし、異世界に転移したばかりの僕なら、あなたに殺されていたかもしれません。ザルドゥと戦った時が一番弱かったから」


 その言葉に、ギラスの口が大きく開いた。


「一番…………弱かった? それなのに、ザルドゥを倒した?」

「ええ。まだ、カードの使い方もいまいちだったし、武器にも慣れてなかったから」

「…………こんなことはありえない」

「現実ですよ」


 彼方は悲しげな瞳でギラスを見つめる。


「あなたもザルドゥも自分の力を過信しすぎです。人よりも力が強いせいでしょうけど、戦闘での隙が多い。だから、負けるんです」

「まだ、俺が負けたわけではない!」

「負けですよ」


 彼方がそう言うと同時に、古代墓地のドラゴンが地響きを立てて横倒しになった。


「あなたの切り札は倒しましたし、包囲も完了してます」

「包囲…………?」

「あれ? 気づいてないんですか? あなたの背後にいるドラゴンに」

「なっ!?」


 ギラスは素早く振り返る。しかし、そこにはドラゴンなどいなかった。


 あわてて、ギラスは視線を彼方に戻す。


 その時には、彼方は呪文カードの選択を終えていた。


◇◇◇

【呪文カード:五人の戦天使】

【レア度:★★★★★★★★★(9) 属性:光 特殊召喚された五人の戦天使が対象を攻撃する。

この呪文を使用した場合、新たな呪文カードを24時間使用することはできない。再使用時間:30日】

◇◇◇


 彼方の頭上に五人の戦天使たちが現れた。戦天使たちは白い羽を生やしていて、黄金色の鎧を装備していた。その手には、剣、槍、斧、メイス、弓を持っている。


 戦天使たちは一斉にギラスに襲い掛かった。

 ギラスの体が剣で斬られ、槍で突かれ、斧とメイスで骨を砕かれた。そして、白く輝く弓矢がギラスの額に突き刺さる。


「ガ…………ガガッ…………」


 ギラスの膝ががくりと折れ、青紫色の血が地面を染める。


 攻撃を終えた戦天使は、すっと姿を消した。


 ギラスは、ぱくぱくと口を動かす。


「う、ウソをついた…………のか?」

「…………ああ。背後にいるドラゴンのことですか。もちろん、ウソですよ」


 彼方はゆっくりとギラスに近づく。


「あなたに喋ったことの九割は真実です。その言葉は真実であるがゆえに信じやすい。そして、あなたは僕がウソをつかないと信用してしまった。だから、一つだけのウソに引っかかった」

「…………ぐっ」

「あなたの生命力はたいしたものです。★9の呪文を受けて、まだ生きているんだから。でも、もう立つことも難しいんじゃないですか」

「…………たっ、助け…………助けてくれ」

「助ける?」


 彼方の目が針のように細くなる。


「あなたたちはゴーレムを何体も殺した。それなのに命乞いをするんですか?」

「そ、それは…………」


 ギラスの額から、汗がにじみ出る。


「あなたを逃がす選択肢はありません。僕の能力も話したし」

「…………ぐあああああっ!」


 突然、ギラスは咆哮をあげて、立ち上がった。


 その行動を予測してたかのように、彼方は熾天使の槍でギラスの左胸を突き刺した。


「ガ…………ガ…………」


 ギラスは四つの目を開いたまま、仰向けに倒れる。


 動かなくなったギラスを見て、彼方は溜めていた息を吐き出した。

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