第47話 ギラスの提案

 彼方は熾天使の槍を構えて、薄く整った唇を開いた。


「伊緒里とリリカを倒したみたいですね」

「ああ。なかなか強かったぞ」


 ギラスは四つの目で彼方を見つめる。


「それにしても、お前が召喚師だったとはな」

「…………いいえ。僕は召喚師じゃありません」


 彼方は低く暗い声で否定する。


「僕はカード使いですよ」

「カード使い?」

「カードを使って、武器や防具を具現化したり、仲間を召喚したりできるんです」

「…………そんな力は聞いたこともないが、事実なんだろうな」


 ギラスは隣で剣を構えたダゴールを手で制した。


「お前を強者と認めよう。ここに来たということはドボルーダも倒したのだろう」

「ええ。あなたの部下は残り一人みたいですね」

「ダゴールは部下ではない。俺と同じ軍団長だ。ドボルーダとは格が違うぞ」


 頭部に生えた十数本の角に触れながら、ギラスは彼方を見下ろす。


「…………お前の名は彼方…………だったな?」

「はい。氷室彼方です」

「では、彼方よ。お前に提案がある」

「提案…………ですか」

「ああ。お前を俺の部下にしてやろう。俺はダゴールと組んで、四天王たちと戦うことになるだろう。その時に優秀な部下が必要なのだ。最初に集まっていた部下たちは、全員、死んでしまったようだしな」

「…………それで、僕にどんなメリットがあるんですか?」


 彼方の質問にギラスはにたりと笑った。


「金と女をやろう。俺たちと組めば、冒険者たちからいくらでも金は取れる。好みの女も奴隷にできるぞ」

「あんまり、魅力的な条件とは思えませんね。そんなことをしたら、僕が犯罪者になって、

他の冒険者に狙われるでしょう」

「別にいいではないか」


 ギラスは四つの目を細くした。


「俺が作る国に住めばいい。そこでは人を殺しても追われることはないからな」

「モンスターの国…………ですか?」

「そうだ。お前は人間だが、特別に住まわせてやる。黄金色の豪邸にな」

「…………その提案を断ったら?」

「その時は、お前の命はここで終わる」


 刃のような爪がぶつかり合い、カチカチと音を立てる。


「お前が召喚した二人は倒した。あいつらを連続して召喚することはできないはずだ」

「…………ええ」

「それが召喚術の弱点だ。強いモンスターを召喚できても、それが倒されればもろい。連続での召喚ができる魔力もないだろうし、召喚される側も消耗してるからな」


 ギラスは彼方の持つ熾天使の槍をちらりと見る。


「お前の強さは召喚術だけではなく、武器もそこそこに扱えることだ。これなら、ドボルーダがやられたのも理解できる。だが、ここで俺の提案を断ったら、お前が死ぬのは間違いないぞ」

「そうでしょうか?」

「…………どうやら、戦況を読むのは苦手のようだな」


 ギラスは太い肩をすくめて、首を左右に振る。


「召喚術が使えないお前など、二流の槍使いだとわかってないのか。その槍はマジックアイテムのようだが、俺たちを一撃で倒せるようなものでもあるまい」

「ええ。そこまでの威力はありません」

「それなのに、俺たちと戦う道を選ぶというのか?」

「冒険者ギルドで依頼を引き受けましたからね。あなたたちを退治しないと依頼料はもらえない」


 彼方は視線を落として、はめているネーデの腕輪を見つめる。


「…………ならば、仕方ないな」


 ギラスが一歩前に出る。


 その動きに対応して、彼方は熾天使の槍を構えたまま、ゆっくりと下がった。


「んーっ、時間をかける余裕があるのか。そろそろ、ゴブリンどもが戻ってくるぞ」

「戻ってくるかな」


 彼方の言葉にギラスは首をかしげる。


「どういう意味だ?」

「いや、もし、ゴブリンやリザードマンが生きてるのなら、とっくの昔にここに来てるんじゃないかと」

「…………まさか、お前が全員を倒したと?」

「いいえ。僕じゃありません」


 その時、粘土の家の陰から、三匹のゴブリンが現れた。三匹のゴブリンたちの体には、数匹の爆弾アリがくっついていた。


「な…………何だ。あれは?」


 ギラスの目の前で爆弾アリが自爆し、ゴブリンの肉片が周辺に散らばった。


「爆弾アリですよ」


 彼方がギラスの疑問に答える。


「自爆して相手を攻撃する機械仕掛けのアリです。一万匹いて、モンスターたちを攻撃するように命令しておきました」

「一万匹だと?」


 ギラスは驚愕の表情を浮かべる。


「それもお前が召喚したのか?」

「いいえ。アイテムカードを使ったんです。まあ、マジックアイテムみたいなものですね」


「…………ダゴール。こいつはいっしょに殺るぞ」

「それは無理ですよ」


 彼方はギラスの後方にいたダゴールを指差す。その左胸には熾天使の槍が突き刺さっていた。

 ダゴールは両目を大きく開いたまま、ぐらりと仰向けに倒れる。


 その光景を見て、ギラスの口がぱかりと開いた。


「バ、バカなっ!?」

「さっき、ゴブリンが爆発した時にダゴールの意識が、そっちに向いてましたからね。ちょっと狙ってみました」

「ダゴールの魔法の鎧を…………投げた槍で貫いた?」


 ギラスは掠れた声でつぶやく。


「そんなこと、人間にできるわけがない」

「それは、この腕輪のおかげですよ」


 彼方は銀色に輝くネーデの腕輪をギラスに見せる。

 腕輪に刻まれた太古の文字を見て、ギラスの顔が強張った。


「ネーデ文明のアイテムを装備してたのか」

「その言い方だと、警戒すべきアイテムみたいですね。それなのに気づかないのは甘いんじゃないですか?」


「…………ふっ、ふふっ」


 ギラスは巨体を揺らして笑い出した。


「そうか。そういうことか。これだけの力があるのなら、俺と戦おうと思うのも仕方がないな。だが、それでも、お前が死ぬ運命は変えられない。絶望を与えてやろう」


 その言葉に、彼方も笑みを浮かべる。


「どうした? 恐怖で脳が壊れたか?」

「いえ。ザルドゥも似たような言葉を言ってたので」

「ザルドゥが? なぜ、そんなことを知ってる?」

「直接言われたからです。『絶望を与えてやるのも悪くない』だったかな」

「…………ウソを言うな。ザルドゥとお前が会っているわけがない!」


 ギラスの声が大きくなる。


「なぜ、そんなウソをつく?」

「ウソじゃありません。七日前に会いました」

「七日前だと?」

「ええ。ザルドゥが死んだ日に」


 彼方は抑揚のない声で答える。


「あの日、玉座の間で死んだのは、ザルドゥとトロスです。サキュバスのミュリックには逃げられました」

「…………お前…………何者だ?」

「自己紹介はしたはずです。僕は氷室彼方。ザルドゥを殺した異界人ですよ」


 その言葉に、ギラスの四つの目が極限まで開いた。

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