第45話 伊緒里vs第一階層軍団長ギラス

「グガアッ…………」


 黒い鱗を持つモンスターが断末魔の声をあげて、地面に倒れた。


「これで、四体目…………と」


 伊緒里が慣れた仕草で日本刀についた血を払う。


「君たち、なかなか強いじゃん。僕がこんなに手間取るなんて、予想外だよ」

「それは、こっちのセリフだ」


 後方にいるギラスが四つの目で伊緒里を見つめる。


「お前が倒した奴らにも秘薬を飲ませていた。それを四体も倒すとはな」

「余裕だね。全員で攻めずに観戦してるなんて。でも、そのせいで、あなたの部下も残り二体になったよ」


 伊緒里が肩で息をしながら、ゆらりとギラスに近づく。


 大きな盾を持ったモンスターがギラスを守るように前に出た。


「ボディガードがやっと動いたか」


 伊緒里は前のめりに倒れるように体を傾ける。地面に頭部が触れる寸前、左足をぐっと前に出し、低い姿勢から日本刀でモンスターの足を狙った。


 その変則的な攻撃を、モンスターは盾を地面に突き刺すようにして受ける。

 キンと響く金属音がして、日本刀が弾かれた。


「残念だったな」


 ギラスがにやにやと笑いながら、太い腕を組む。


「ガルーダとジーラスの持つ盾はマジックアイテムだ。強い武器の攻撃にも耐えられるし、呪文耐性もある。お前の攻撃など通用しない」

「ちっ!」


 短く舌打ちして、伊緒里は後ずさりする。


「なんだよ。部下にばっかり戦わせちゃってさ。本当は弱いんじゃないの?」

「…………ほう。俺を挑発するのか。そんな手には乗らん…………と言いたいところだが、少し遊んでやるか」


 ギラスは巨体を揺らして、伊緒里に近づく。


「あれ? 武器は使わないの?」

「武器など、必要ない」


 ギラスの両手の爪が一気に三十センチ近く伸びる。その爪は鋭く、まるで研ぎ澄ました刃のようだった。


「その刀もなかなかの斬れ味だが、俺の爪も鉄の鎧を引き裂く。それに、こっちは十本だ」

「…………数が多ければいいってもんじゃないから」


 伊緒里は左足を軽く曲げ、居合抜きの構えを取る。


「一撃必殺! 僕の本気を見せてあげるよ」


 一瞬、周囲の温度が下がった。


 ギラスも伊緒里も動かず、ガルーダとジーラスも動かない。


 十数秒の沈黙の後、広場から爆発音が聞こえた。それと同時にギラスが動く。

 巨体とは思えないスピードで伊緒里に近づき、刃のような爪を振り上げる。


 その瞬間、伊緒里が動いた。

 神速の動きで、日本刀を横に振った。鈍く輝く刃がギラスの腹部に突き刺さる。  


「甘いっ!」


 ギラスは動きを止めることなく、長い爪を伊緒里に向かって振り下ろす。


 その爪が伊緒里のセーラー服を引き裂いた。

 伊緒里の肩から血が流れ出し、セーラー服が赤く染まる。


「いっ…………」


 伊緒里は両膝をついて、ギラスを睨みつける。


「残念だったな。その程度の武器では俺の体に致命傷を負わせることはできん」


 ギラスの手のひらが緑色に輝き、その手で斬られた腹部を撫でる。

 すると、ギラスの傷がみるみると塞がっていく。


「お前の攻撃は無駄だったな」

「ま、まだまだ…………」


 伊緒里は小刻みに足を震わせながら、立ち上がる。


「今度は…………頭を狙うから」

「その小さな体で、俺の頭を狙うことができるかな?」

「このままじゃ…………終われないからね」


 伊緒里は日本刀を上段に構える。その刃先が小刻みに動いている。


「ふっ、剣を持つ手が振るえているではないか」

「いいから来なよ。僕の攻撃が怖くないって言うのならさ」

「その度胸だけは褒めてやろう」


 ギラスが右手の爪を振り下ろす。

 その攻撃を予測していたのか、伊緒里は軽く後ろに飛んだ。地面に足がつくと同時に、前に出る。

 僅かに下がった頭を狙って、日本刀を振り上げた。


「遅いっ!」


 ギラスは左手の爪で頭部を防御する。


「わざとだよっ!」


 伊緒里は日本刀の軌道を変えて、低い姿勢からギラスの左足を狙う。日本刀が丸太のようなギラスの左足にめり込んだ。


「ぐうっ!」


 ギラスは顔を歪めながらも、真横から伊緒里を叩いた。ドンと大きな音がして、伊緒里の体が粘土の家の壁に衝突する。


「小細工をしおって」

「…………は、はははっ」


 伊緒里は横倒しになったまま、顔だけを動かして笑みを浮かべる。


「今の攻撃は…………少し効いたみたいだね。骨まで届いたはずだから」

「だが、お前はもう戦うことはできない」

「そ、そうだね。まだまだ、僕も修行が…………足りな…………」


 伊緒里の体がカードに戻り、そのカードが一瞬で消えた。


 ギラスの眉間にしわが寄る。


「何だ? 今のは?」


 ギラスは左足を引きずりながら、伊緒里が消えた場所に近づく。そこに何もないことを理解して、首を傾ける。


「死体がないということは…………この女は召喚されていたのか?」

「当たりじゃ」


 その言葉と同時に、ギラスの側にいたガルーダの体が炎に包まれた。


「グッ…………グアアアアッ!」


 ガルーダは盾を落として、地面を転げ回る。その体に数十本の氷の矢が突き刺さった。


「ゴガ…………」


 ガルーダは両目を見開いたまま、絶命する。


「呪文耐性がある盾でも背後から狙えば、関係ないからのぅ」


 リリカはとんがり帽子の位置を気にしながら、ギラスに歩み寄る。


「お前も彼方の敵のようじゃの。悪意が滲み出しておるわ」

「誰だ?」

「わらわはリリカ。彼方に召喚された魔道師じゃ。スリーサイズは上から、65、54、68じゃな」

「彼方とは、あの槍を持った少年か?」

「スリーサイズには興味なさそうじゃの。まあ、モンスターでは、わらわの魅力に気づけるはずもないか。とりあえず、おぬしの質問に答えてやろう。他に槍を持った人間が近くにおらぬのなら、彼方で間違いない」

「ウソをつくな!」


 ジーラスが盾を構えて、リリカに近づく。


「あの男に魔力などなかった。召喚術など使えるはずがない」

「そう言われても、事実じゃからの。第一、こんなウソをついて、何か利益があるのか?」


 リリカの質問にジーラスは無言になる。

 代わりにギラスが口を開いた。


「どうやら、奴の力を見くびっていたようだ。てっきり、武器を具現化する能力しか持ってないと思っていたが、召喚師だったとはな」

「それも間違っておるが、まあよい。どうせ、お前には必要のない情報じゃ」

「どういう意味だ?」

「わらわがお前を殺すからじゃ」


 リリカは杖の先端をギラスに向ける。


「マスターの命令には従わないといけないのが、召喚カードの宿命じゃからな」


 白く輝く光球が、杖の先端からギラスに向かって放たれた。

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