第43話 彼方vsドボルーダ
広場に到着すると、近くの粘土の家の中にゴブリンが入り込もうとしていた。
扉の前にはミケがいて、短剣で先頭のゴブリンと戦っている。
彼方は一気にゴブリンに駆け寄り、熾天使の槍でゴブリンの後頭部を突く。
「ゴアッ!」
ゴブリンは大きく口を開いたまま、扉の前に倒れた。
「ミケっ、大丈夫?」
「大丈夫にゃ」
ミケは尖った八重歯を見せて笑う。
しかし、その手や肩、太股には短剣で斬られた傷があり、淡い茶色の服が赤く染まっていた。
「ケガしてるじゃないか?」
「かすり傷にゃ。ミケが頑張らないと、ゴーレムさんたちが死んじゃうからにゃ」
ミケの後ろには、手足がなくなった八十七号だけではなく、他のゴーレムの子供たちもいた。ゴーレムたちは身を寄せ合って、粘土の体をぶるぶると震わせている。
一瞬、彼方の頬が緩んだ。
「ミケはえらいな」
「当然にゃ。まだまだ、ミケは戦えるにゃ。彼方からもらったポーチにお薬も入れてあるからにゃ」
「わかった。ここはミケに頼むよ」
「うむにゃ。ミケの本気を見せてやるにゃ!」
彼方はミケの頭部に生えた耳を優しく撫でた。
◇
家の外に出ると同時に、彼方に向かって、オレンジ色の火の玉が飛んできた。
彼方は上半身をひねって、その攻撃をかわす。
粘土の壁に火の玉が当たり、周囲に火の粉が散らばる。
彼方の瞳に、尖った歯を見せて笑うドボルーダの姿が映った。
「上手くよけたな」
「また、あなたですか」
彼方は熾天使の槍を構える。
「お前には、借りがあるからな」
ドボルーダはゆらりと上半身を揺らして、彼方に近づく。
「呪文を弾く剣はどうした?」
「あの武器は当分使えません」
「…………制限があるってことか。それは残念だな」
「残念?」
彼方は首を傾ける。
「相性の悪い武器がないほうが、あなたにとって嬉しいんじゃないですか?」
「試してみたかったんだよ」
「何をです?」
「強化された俺の力をだ!」
ドボルーダはロングソードを振り上げ、近くにあった広葉樹の木の幹を切断した。
ガサガサと音がして、木が倒れる。
「ゴーレムの結晶を使った秘薬の効果だ。前の俺とは別物だぞ」
ドボルーダは倒れた木に向かって、連続で火の玉を放つ。
爆発音がして、木が燃え始めた。
「この通り、剣も呪文も強化された。くっ…………くくく」
「…………無駄なことを」
彼方の言葉に、ドボルーダの頬がぴくりと動いた。
「無駄…………だと?」
「そうです。無駄です」
彼方はきっぱりと答える。
「あなたが多少強くなっても、僕に勝てることはないってことです」
「…………ほう」
ドボルーダのこめかみに血管が浮かび上がった。
「たかが人間ごときにそこまで言われるとはな」
「事実ですから」
「…………ちっ! どこからその自信が出てくるんだ? お前の能力など、武器を具現化するだけで、しかも、その能力には制限がある。それで、強化された俺に勝てると思っているのなら、脳みそが溶けているとしか思えないな」
「そこから間違っているんですよ」
彼方は熾天使の槍の先をドボルーダに向けたまま、新たなカードを選択する。
◇◇◇
【呪文カード:グラビティ10】
【レア度:★★★★(4) 属性:地 通常の10倍の重力で対象の動きを止める。再使用時間:5日】
◇◇◇
彼方が左手を動かすと、ドボルーダの体が周囲の空気に押されるかのように一回り小さくなった。
「ガッ…………なっ、何だ? これ…………は?」
ドボルーダは剣を落として、片膝をついた。その膝の部分が地面にめり込んでいく。
「地属性の呪文ですよ」
「じゅ、呪文?」
ぱくぱくとドボルーダは口を動かす。
「バカなっ!? お前の体から呪文を使えるような魔力は感じられない」
「相手の魔力を判断する力があるみたいですね。たしかに、僕の魔力はゼロです。でも、攻撃呪文も回復呪文も召喚呪文も使えるんです」
「召喚師だと言うのか?」
「召喚師じゃありません。でも、あの女剣士は僕が召喚しました。そんなこともわからないから、死ぬんですよ」
「し、死ぬ?」
「…………ええ」
彼方は熾天使の槍を構える。
「今のあなたは歩くこともできない状態ですよね? それならば、楽に殺せます」
「まっ、待てっ! 俺の負けだ。降伏する。もう二度とこの村には来ないし、ゴーレムも殺さない」
「残念ですが、もう無理ですね。あなたは百五十三号を殺しましたよね? 八十七号から話を聞きました」
「ひゃ、百?」
「子供のゴーレムですよ」
「あ、あれは…………」
ドボルーダの額から、だらだらと汗が流れ落ちる。
「すまなかった。謝るっ! 謝るから許してくれ」
「なら、天国で百五十三号に謝ってください」
彼方は熾天使の槍でドボルーダの左胸を突いた。
「ガアッ…………」
ドボルーダは苦悶の表情を浮かべて、地面に倒れた。
「…………よく考えたら、あなたが天国に行けるはずありませんね」
その言葉を聞くことなく、ドボルーダの命は失われた。
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