第42話 第一階層軍団長ギラス

「俺はギラス。ザルドゥ様の部下だった男だ」

「部下だった?」

「ザルドゥ様…………ザルドゥは死んだからな」


 ギラスは細長い舌をだらりと出した。


「ザルドゥは死に、魔神の軍団はばらばらになった。ある者は四天王の部下になることを選び、ある者は自分が新たな王となることを目指して、行動を始めた」

「あなたは後者ってことですね?」

「そうだ。俺の実力は軍団長の中でも高く、頭脳も優れている。だから、こうやってモンスターどもが集まってくるのだ。将来、王となる俺とともに繁栄の道を歩もうとな」

「…………頭脳が優れているとは思いませんね」


 彼方の口から暗い声が漏れた。


「ゴーレム村はリセラ王女が関わっている村だと、ドボルーダに話したはずです」

「軍隊が派遣される可能性があるらしいな。だから、その前に全てのゴーレムを壊し、結晶を奪おうとしてるんだ。全員で攻めれば、数時間で終わる仕事だからな」

「…………どうして、心の結晶が必要なんですか?」

「知ってるんじゃないのか? 自我を持つゴーレムの結晶は俺たちを強化する秘薬の材料になる。おかげで、俺の強さは一ランクアップした。この調子で強化していけば、四天王を超える力を手に入れることができるだろう」

「そんなことのために、自我を持つゴーレムを殺すんですね?」


 熾天使の槍を持つ彼方の手が微かに震えた。


「そんなこと? 力を得ることは重要なことではないか。力があれば、この世界の王になり、全てを手に入れることができる。食い物も忠実な部下も永遠の命さえもな」

「…………そのためには、誰かを殺してもかまわないと?」

「当然のことではないか。それが、この世界の真理だからな」

「…………それは、いいことを聞きました」

「いいこと?」


 ギラスが首をかしげる。


「何がいいことなのだ?」

「あなたがそういう考えなら、殺しやすいってことです」


 彼方は熾天使の槍の先端をギラスに向けた。


「宣言しておきます。僕はあなたたちを全員…………殺しますから」

「殺す? お前がか?」


 ギラスが片方の唇の端を吊り上げて、苦笑する。


 周囲にいたモンスターたちも笑い出した。


「こいつ、何を言ってるんだ?」

「ドボルーダより、少し強いレベルで俺たち全員を殺すだと?」

「人間は頭がいいと思っていたんだがな。俺たちの数も数えられないようだ」

「バカな奴だ。強化されたギラス様の強さがわからないのか」


 彼方は側にいた伊緒里の耳元に唇を寄せた。


「伊緒里、まずは周りのモンスターの数を減らそう」

「ん? ボスを狙っちゃダメなの?」

「ギラスの横にいる二体のモンスターは護衛特化タイプだよ。大きな盾を持ってるし、君の動きを警戒してる。一気にギラスを狙っても、あの二体に止められる」

「…………なるほどね」


 伊緒里はピンク色の舌で自身の唇を舐めた。


「まあ、いいや。お楽しみのスイーツは最後に食べたほうが美味しいし」

「僕は一度下がって、ゴブリンとリザードマンをなんとかする」

「委細承知っ!」


 彼方と伊緒里は同時に動いた。

 彼方はギラスに背を向け、村の中央にある広場に向かって走る。


 彼方を追いかけようとしたカマキリの頭部を持つモンスターの手が伊緒里の日本刀で斬り落とされた。


「グアアアアッ!」


 モンスターが苦悶の表情で右手首を押さえる。


「君たちの相手は僕がするよ。ご先祖様の名にかけて、ここは通さないから」


 そう言って、伊緒里は日本刀を上段に構えた。


 ◇


 彼方は粘土の家の間を走り抜けながら、意識を集中させる。

 三百枚のカードが周囲に浮かび上がった。


 ――もう一体、クリーチャーは召喚できる。この状況なら…………こいつか。

 彼方は素早く、一枚のカードを選択した。


 ◇◇◇

【召喚カード:不死の魔道師 リリカ】

【レア度:★★★★★★★★(8) 属性:水、火、地、風、光、闇 攻撃力:500 防御力:900 体力:1500 魔力:8000 能力:全ての属性の呪文が使える。召喚時間:5時間。再使用時間:20日】

【フレーバーテキスト:あれは幼女ではない。人なのに数百年生きてる化け物だ】

 ◇◇◇


 彼方の前に、九歳ぐらいの少女が現れた。少女は黒のとんがり帽子をかぶり、黒のローブをはおっている。胸元には七色に輝く宝石を使用したネックレスをつけており、右手には枯れ木のような杖を持っていた。


 少女――リリカは眠そうな目をこすりながら、薄く紅を塗った唇を動かす。


「そなたが、わらわのマスターの彼方じゃな?」

「うん。早速で悪いけど、君には働いてもらうよ。村を襲ってるモンスターたちを倒して、ゴーレムを守って!」

「…………なんじゃ。色気のない頼みじゃのぉ。てっきり、夜伽の相手でも頼まれるのかと思ったが」


 リリカはつまらなそうに白い頬を人差し指でかく。


「まあ、よいわ。さっさとモンスターどもを片付けて、お前と楽しい夜を過ごすとしよう」


 その時、粘土の家の陰から、三匹のゴブリンが現れた。

 ゴブリンたちは甲高い鳴き声をあげて、リリカに襲い掛かる。


「この世界でも、ゴブリンは下品じゃのぉ」


 リリカは杖を先頭のゴブリンに向ける。杖から火炎放射器のように炎が噴き出す。


「ギャアアアアッ!」


 炎に包まれたゴブリンが地面を転げ回る。

 残った二匹のゴブリンは炎を避けながら、リリカに向かって短剣を振り上げる。


「ほいっ!」


 リリカは杖を持っていない左手を軽く真横に振った。

 ひゅんと空気が裂ける音がして、二匹のゴブリンの腹部が同時に切れた。


「ガアアアッ」


 ゴブリンたちは短剣を落として、腹部を押さえる。


「次はこれじゃ」


 リリカの頭上に黄白色に輝く光の矢が数十本現れた。その矢が次々とゴブリンの体に突き刺さる。


「ガッ…………グッ…………」


 ゴブリンは目を見開いたまま、絶命した。


「これで終わり…………ではなさそうじゃな」


 リリカは近づいてくる十数体のリザードマンを見て、ふっと息を吐き出した。


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