第40話 ルトの願い
彼方はゆっくりとブルードに歩み寄る。
「お、お前…………どうして?」
「王都に戻ったと、ドボルーダに聞いてたみたいですね」
真一文字に結ばれた彼方の唇が開く。
「あなたたちを信用できなかったから、ゴーレム村に残ってたんですよ。残念ながら、その予想は当たったみたいですね」
「…………ぐっ」
ブルードは彼方の両手を交互に見る。
「ああ。武器のことも聞いてたんですね。あの武器は三時間しか、具現化できないんですよ」
「三時間?」
「はい。でも…………」
彼方の周りに三百枚のカードが浮かび上がり、その中の一枚を選択する。
◇◇◇
【アイテムカード:熾天使の槍】
【レア度:★★★★★★(6) 光属性の槍。装備した者の攻撃力を上げ、自身のケガを治す効果がある。具現化時間:3時間。再使用時間:10日】
◇◇◇
彼方は具現化した槍を手に取る。
その槍の柄は白銀で金の装飾がしてあった。半透明の刃は十字の形になっていて、キラキラと輝いている。
「別の武器も具現化できるんですよ」
そう言って、彼方は槍の先端をブルードに向ける。
「あなたは武器も持ってないし、力には自信があるんでしょうね。僕が前に出会ったオーガより、一回り体も大きいし、防御力も高そうです。だけど…………」
彼方は熾天使の槍を素早く突いた。
半透明の刃がブルードの肩に突き刺さる。
「グアアアアッ!」
ブルードは叫び声をあげて、後ずさりした。
「まっ、待て!」
「待てませんね。あなたは八十七号の手足をもいで、ルトさんを殺そうとしたのでしょ? それなら、自分が殺されても文句ないはずです」
彼方は氷のような冷たい視線をブルードに向ける。
「くっ、くそっ!」
ブルードは雄叫びをあげて、彼方に襲い掛かった。
彼方は右足を軽く引いて、連続で槍を突く。
左手、右手、左足、右足、胸板に腹部 。
あっという間にブルードの体が血まみれになった。
「ガ…………グ…………」
グルードは彼方の体に触れることなく、前のめりに地面に倒れた。
彼方は動かなくなったブルードの横をすり抜け、ルトに駆け寄る。
「ルトさん、大丈夫ですか?」
「…………か、彼方…………さん」
ルトの口元が緩む。
「よかった…………最後に…………会うことができまし…………た」
「最後じゃないよ」
彼方は宙に浮かんでいる呪文カードに触れた。
◇◇◇
【呪文カード:リカバリー】
【レア度:★★★(3) 効果:対象の体力、ケガを回復させる。再使用時間:3日】
◇◇◇
鉄琴を叩いたような音がして、彼方の手が白く輝く。
その手をルトの左胸に当てるが、ハート型の機械が修復される気配はない。
「そんな…………」
彼方の表情が強張る。
――ルトさんはゴーレムで生物とは違うのかもしれない。それで、回復の呪文が効かないのか。
「彼方…………***さん。カバン…………の中…………」
「カバン?」
「は…………はい。そこに…………あります」
彼方はルトがかけていたカバンから、銀の腕輪を取り出した。
「これは…………?」
「ネーデ…………魔法の…………アイテム…………**です。彼方さんに…………差し上げます」
ルトは声が小さくなっていく。
「これを売れば…………お金になり**ます」
「そんなことのために村を出たの? 僕はあの依頼料でよかったのに」
「すみませ…………ん。彼方さんに…………もっと…………お礼…………したくて」
ルトは震える左手で彼方の腕に触れた。
「受け取って…………いただけます…………か?」
「…………うん」
彼方がうなずくと、ルトの口が笑みの形に変化した。
「は、八十七号は…………手足が取れただけで…………まだ、大丈夫…………です。あの子を…………助け…………*******…………村を救って…………」
ルトの左胸の機械から異音がして、歯車の動きが止まった。
「…………ルトさん」
彼方はルトの命が失われたことを理解した。
――ルトさんは、立派な村長だった。最後まで村のことを気にして…………。
唇を強く噛み締め、受け取ったネーデの腕輪を見つめる。
「ルトさん…………安心してください。村は僕が守りますから」
彼方はネーデの腕輪を両手の手首にはめて、横倒しになっていた八十七号に歩み寄る。
「八十七号、村に帰ろう」
「でも…………村長が…………」
「君のほうが先だよ。村長は…………後で僕が連れて帰るから」
そう言って、彼方は八十七号を抱き上げる。
――ルトさん。待っててください。村を守ったら、また、ここに戻ってきます。
彼方は動かなくなったルトに向かって、深く頭を下げた。
◇
数百匹の森クラゲが浮かぶ森の中を、彼方は八十七号を抱いたまま、走り続けた。
苔の生えた木々の間をすり抜けながら、銀色に輝く腕輪を見る。
――この腕輪は力を強くする効果があるみたいだ。それは腕だけじゃなくて、体全体を強化してる。おかげで、八十七号を抱いたままでも、楽に走ることができる。この腕輪があれば、重めの武器も楽に使えるようになるし、アイテムカードのように具現化時間を気にしなくてもいい。
「ありがとう…………ルトさん」
彼方は小さな声で感謝の言葉をつぶやいた。
◇
ゴーレム村に戻ると、ミケが駆け寄ってきた。
「彼方、大変にゃ! 偵察してたゴーレムさんが近くの森でモンスターを見つけたのにゃ!」
「何体かわかる?」
「いっぱいにゃ!」
ミケは彼方の前で両手を大きく広げた。
「十体じゃないのにゃ。もっと、いっぱいにゃ。ギルドで聞いた情報と違うのにゃ」
「他のグループと合流したのかもしれない。どっちの方向?」
「あっちにゃ」
ミケは西の方向を指差す。
「わかった。ミケは八十七号を守ってて」
彼方は近くの家の中に入り、八十七号を下ろす。
「ここで待ってて。ミケがいるから怖くないよ」
「う…………うん」
八十七号は円形の目で彼方を見上げる。
「お兄ちゃんは…………どうするの?」
「僕はモンスターたちを倒してくるよ」
「でも…………モンスター…………いっぱいいて」
「大丈夫。こっちも仲間を増やすし、僕も…………強いから」
彼方は唇を強く結んで、西の方向に視線を動かした。
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