第39話 絶望の中で

 ひゅんと空気を裂く音がして、ルトの右手が地面に落ちた。

 それでも、ルトは走るのを止めなかった。

 茂みをかき分けながら、必死に足を動かす。


「逃げられると思っているのか」


 背後からドボルーダの声が聞こえた瞬間、ルトは短い足でジャンプした。急な斜面をごろごろと転がり落ちる。


「逃げ…………ないと」


 ルトは左手を使って立ち上がり、ひょこひょこと歩き出す。


 ――村のみんなに…………伝えないと。彼方さんに…………伝えない…………と。


 その時、ハート型の機械から異音が聞こえてきた。


 ギ…………ギギ…………ギッ…………。


 視線を落とすと、表面を覆っていた透明のケースが割れて、一部の歯車が動かなくなっている。


「コアが…………壊れてしまい…………ました」


 ルトは左腕を曲げて、四本の指を見つめる。指先が小刻みに震えている。


「でも…………まだ、動き…………ます」


 視線が斜めがけしたバッグに移動した。


「彼方さんに…………これを…………渡さないと」


 ルトはぎこちない動きで、村のある方向に進み始めた。


 ◇


 月明かりに照らされた村が見えた瞬間、ルトの体がぐらりと傾いた。視界が斜めになり、ルトは横倒しになった。


「彼方さんに…………****…………」


 一瞬、言葉が出なくなる。


「…………***彼方さ…………ん」


 ルトは立ち上がろうとするが、足が動かない。


「まだ…………手が動きます」


 ルトは左手で地面をかくようにして進み続ける。


 その進行方向にオーガのブルードが立っていた。グローブのような手が八十七号をわしづかみにしている。八十七号の手と足はなくなっていた。


「そ…………村長…………私…………捕まった。ごめん…………なさい」


 八十七号が泣きそうな声で言った。


 ブルードは八十七号を地面に落とし、ゆっくりとルトに近づく。


「お前も動けないようだな」


 地の底から響くような声が聞こえた。


「あ…………」


 ルトは自分が死ぬことを理解した。


 ――すみません…………彼方さん。ごめんなさい…………みんな…………。


 ブルードがルトの頭部を掴もうとした瞬間――――。


◇◇◇

【呪文カード:ダークボム】

【レア度:★(1) 属性:闇 対象に闇属性のダメージを与える。再使用時間:1時間】

◇◇◇


 ブルードの右腕に黒い球体が当たった。その部分が黒く変色し、大きな音を立てて爆発する。


「グ………グガッ…………」


 緑色の皮膚が裂け、青紫色の血が地面に落ちる。

 ブルードは痛みに顔を歪めて、視線を右側に向ける。



 そこには、月明かりに照らされた彼方が立っていた。

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