第38話 宝箱

 ルトは家の中で見張りをしている彼方と話を終えて、外に出た。

 夜空を見上げると、巨大な月が真上に浮かんでいて、ルトの粘土の体を照らしていた。


 戦闘隊長のドムが二体のゴーレムを引き連れて、ルトに歩み寄った。


「村長…………今のところ…………異常なしだ」

「それは…………よかった」


 ルトは丸い目で周囲を見回す。

 ドムたち以外のゴーレムも、木の棒や石の斧を持って、モンスターの襲撃に備えていた。


「これなら…………大丈夫ですね。私は…………滝の洞窟に行って…………きます」

「滝の洞窟?」


 ドムが首をかしげる。


「どうして…………あんな場所に行く?」

「洞窟の奥に…………ネーデ文明の宝箱があったと、子供たちが言ってたのです」

「太古の文明の…………アイテムか?」

「はい。もしかしたら、その箱の中に…………魔法のアイテムが入っているかもしれません」

「それを…………人間に渡すのか?」


 ルトはこくりとうなずく。


「彼方さんとミケさんは…………少ない依頼料なのに…………私たちの村を助けてくれました。そのお礼をしたいのです」

「それは…………いいことだ。彼方のおかげで…………ゴーレム村は平和になったのだから」

「では…………行ってきます」


 ルトが歩き出すと、二体のゴーレムの子供たちが走り寄ってきた。


「村長…………どこ行くの?」

「滝の洞窟…………です。そう言えば、あなたたちが宝箱のことを教えてくれたのですよね?」

「そうだよ」


 ゴーレムたちは同時に同じ言葉を口にした。


「それなら、宝箱のある場所を正確に教えて…………ください。彼方さんに…………プレゼントしたいのです」

「じゃあ…………私たちが案内する」


 頭に花をつけたゴーレム――八十七号がぴょんと跳ねた。


「僕も…………行く」


 百五十三号が右手を上げた。


「僕たちも…………役に立つ」

「それは…………」


 ルトは少し考え込む。


「まだ、モンスターが襲ってくるかも…………しれないから」

「大丈夫だよ。僕も八十七号も…………走るのが速いから」

「私たち…………速い。鬼ごっこも…………かくれんぼも上手」

「…………じゃあ、私から離れないように…………ついてくるのです」

「わーい!」


 八十七号と百五十三号はくるくるとルトの周りを走り出した。


 ◇


 ルトと子供のゴーレム二体は月明かりに照らされた森の中を歩き続けた。

 周囲にモンスターの姿はなく、虫の鳴き声が聞こえている。


 一時間後、野草をかき分けると、水しぶきをあげる滝が見えた。

 滝の周囲には、数十匹の森クラゲが浮いていて、青白く体を発光させている。


「こっち…………だよ」


 八十七号が崖の下にある細い道を指差す。

 三体のゴーレムたちは、その道を進み、流れ落ちる滝の裏側にある洞窟に入った。

 ぴちゃぴちゃと音がする狭い洞窟の中を数十分歩き続けると、半壊した木の扉が見えた。


 ルトはそこから石のレンガで作られた部屋の中に入る。

 そこには岩に押しつぶされた古い宝箱があった。


「まずは…………岩をどかしましょう」


 ルトたちは協力して岩をどかして、上部が潰れた宝箱を引きずり出す。


「中にいい物が…………入っていればいいのですが…………」


 ルトは四本の指を使って、宝箱のフタを開けた。


 その中には、ぼろぼろの布に包まれた銀の腕輪が二つ入っていた。

 腕輪にはネーデ文明に時代に使われた文字がびっしりと刻まれている。


「これは…………魔法のアイテムみたいです」

「じゃあ…………いい物なんだね?」


 百五十三号の質問に、ルトはうなずく。


「これを彼方さんに渡せば…………喜んでもらえます」


 ルトは斜めがけしていたバッグに銀の腕輪を入れる。


「早く…………村に戻りましょう」

「うん。戻ろう…………戻ろう」


 子供のゴーレムたちが嬉しそうに何度もバンザイをした。


 ◇


 ルトたちは洞窟を出て、村に向かって歩き出した。

 自分の足取りが軽くなっているのを感じて、ルトは不思議な感覚に包まれていた。


 ――彼方さん…………喜んでくれるだろうか。魔法のアイテムは…………高く売れるって聞いたことがある。もし…………金貨十枚ぐらいになれば…………。


 その時、十数メートル先にある広葉樹の木の陰からモンスターが二匹現れた。

 一体は背丈が三メートルを超えた巨大なオーガだった。

 そして、もう一体は、昼間に村を襲ったドボルーダだった。


 ドボルーダはルトを見て、にやりと笑う。


「お前は、たしかゴーレム村の村長だったな?」


「…………はい」


 ルトはドボルーダに頭を下げる。


「ちょうどよかった。お前に話さなければならないことがあってな」

「何で…………しょうか?」

「ギラス様に、ちゃんと報告したぞ。お前たちの村を襲わないようにとな」

「それでは…………」

「ああ。もう、ギラス様はゴーレムを壊すことはない。強い冒険者を雇われたし、軍隊と戦うわけにもいかないからな」

「そう…………ですか」


 ルトはハート型の機械に手を当てて、息を吐く。


 ――これで、もう、仲間が殺されることは…………なくなった。多くの犠牲者が出たことは…………残念ですが。


「わーい」


 百五十三号がぴょんぴょんと跳ねた。


「これで…………みんな仲良しだね」

「そうだな」


 突然、ドボルーダは剣を引き抜き、百五十三号を斜めに斬った。


「あ…………」


 百五十三号の左胸に埋め込まれていたハート型の機械がバラバラに壊れて、歯車が周囲に飛び散った。


「な…………仲良…………し…………」


 ぱくぱくと動いていた百五十三号の口が開いたまま、停止した。


「ふん…………」


 ドボルーダは落ちていた青く輝く結晶を拾い上げる。


「小さなゴーレムにも、ちゃんと入っているんだな」

「…………ど、どうして?」


 ルトは震える声を出して、笑っているドボルーダを見上げた。


「どうして、か。それはな、ギラス様が戦うと判断されたからだ」

「私たちと…………戦う…………」

「ゴーレムじゃねぇ。あの冒険者とだ。奴は強力な魔法の剣を持っている。だが、ギラス様は奴より強いし、数も増えた」

「増え…………た?」

「そうだ。ギラス様を慕って、多くのモンスターが集まってきたのさ。もう、三百体は超えているか。言葉もまともに喋れぬ下級のモンスターばかりだが」

「そんな…………」


 ドボルーダの言葉に、ルトの声が掠れた。


「たとえ、人の軍隊が派遣されたとしても、数千程度では意味がない。まあ、その前に、お前たちは全員死んでいるだろうがな」

「逃げなさい! 八十七号!」


 ルトは呆然としていた八十七号の頭を叩いた。


「う…………うん」


 慌てて、八十七号が逃げ出す。


「ブルード、お前は逃げたゴーレムを追え」


 ドボルーダの横にいたオーガ――ブルードが巨体を揺らして、八十七号の後を追う。


「さて、死ぬ覚悟はできているよな?」


 ゆらりと上半身を揺らして、ドボルーダがルトに近づく。


 ――私も…………逃げないと。そうだ。左の茂みの奥は…………たしか…………。


 ルトは左の茂みに向かって走り出した。

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