第37話 襲撃
そのモンスターは背丈が彼方より十センチ程高く、痩せた体型をしていた。額に長さ二十センチ弱の角が生えており、目は血のように赤かった。
モンスターは耳元まで裂けた口を開いて、にたりと笑う。
「まだ、こんなにゴーレムが残っていたか。なんと幸運なことか」
「ミケっ! みんなを家の中に!」
そう叫んで、彼方はモンスターの前に立つ。
モンスターは赤い目を僅かに細めて、首をかしげる。
「お前は…………誰だ?」
「氷室彼方。モンスター退治を依頼された冒険者だよ」
「冒険者か…………」
モンスターはサメのような牙を見せて笑った。
「バカな奴だ。金欲しさに命を捨てるか」
「それは、どうかな」
彼方は目の前のモンスターに鋭い視線を向ける。
――手足は細くて、武器は…………腰に提げたロングソードか。戦士っぽいけど、左右の手にはめた指輪が気になる。ザルドゥも指輪ははめていたし、呪文を使うアイテムの可能性が高い。ならば…………。
彼方は意識を集中させる。
周囲に三百枚のカードが浮かび上がった。
彼方の右手が動き、一枚のカードを選択する。
◇◇◇
【アイテムカード:深淵の剣】
【レア度:★★★★★(5) 闇属性の剣。装備した者の攻撃力を上げ、呪文の効果を打ち消す効果がある。具現化時間:3時間。再使用時間:7日】
◇◇◇
漆黒の剣が具現化される。
その剣を掴み、彼方は刃先をモンスターに向ける。
モンスターは剣を構えながら、一歩下がる。
「…………ほう。剣を具現化する能力か。それなりにはやるようだな」
「あなたは、ちゃんと会話ができるようですね」
「それが、どうかしたのか?」
「話し合いをしたいんです」
「話し合い?」
「ええ。もし、あなたがゴーレムに危害を加えないのなら、戦わなくてすむんじゃないかって」
「…………はっ、ははは」
モンスターは口を大きく開けて笑い出した。
「面白い奴だな。笑わせてもらった礼に、俺の名を教えてやる。俺はドボルーダ。第一階層軍団長ギラス様の部下だ」
「第一階層軍団長って、ザルドゥの迷宮の?」
「知っていたのか」
「ええ。ザルドゥが死んだことも知っています」
「…………ちっ!」
モンスター――ドボルーダは尖った歯をカチリと鳴らした。
「ザルドゥ様は何者かに殺された。そして多くの軍団長も死んだ」
「それで、あなたたちはこんな場所まで移動してきたってことですか?」
「そうだ。ギラス様は新たな軍団を作ろうとしている。そのために、ゴーレムたちの心の結晶が必要なのだ。我らがより強くなれば、下級のモンスターたちも集まってくる。そして、ギラス様が新たな魔神となるのだ!」
「つまり、ゴーレムたちを殺し続けると?」
「当たり前だ」
ドボルーダは先端が二つに分かれた舌を動かす。
「こいつらは、無意味に自我を持ったできそこないのゴーレムだ。せめて、強者の俺たちの役に立ってもらうために、心の結晶を渡してもらわないとな」
「…………それなら、戦うしかないですね」
彼方の目がすっと細くなる。
「戦う…………ねぇ。俺の剣さばきについてこれるかな?」
ドボルーダは片手でひゅんひゅんと剣を振る。
「一分間、俺の剣の攻撃に耐えられたら、お前を認めてやる」
そう言うと同時に、ドボルーダは一気に彼方に近づいた。振り上げた剣を斜めに振り下ろす。
その攻撃を、彼方は深淵の剣で受ける。
甲高い金属音が周囲に響いた。
「おらおらっ!」
ドボルーダはぶんぶんと剣を振り回す。
彼方は後ずさりして、ドボルーダから距離を取った。
「バカがっ! かかったな」
ドボルーダは剣を持っていない手を彼方に向けた。 オレンジ色の火の玉が出現して、彼方を襲う。
彼方の頭部に火の玉が当たる寸前、深淵の剣がそれを斬った。一瞬で火の玉が消滅する。
――やっぱり、呪文での攻撃を狙ってたか。
「…………あぁっ!?」
ドボルーダは不機嫌そうに舌打ちをする。
「何だ、その剣は? 呪文を斬れるのか」
「ええ。あなたが呪文を使うことは予想してましたから」
彼方は深淵の剣を構えたまま、ドボルーダに近づく。
「剣さばきについてこれるか、とか、剣の攻撃に耐えられたら、とか言わないほうがいいですよ。あなたの表情からも、他の攻撃を狙っていることが丸わかりです」
「表情だと?」
「はい。この世界に転移して、モンスターたちの表情も読めるようになりました。言動や仕草からも、あなたが相手の裏をかくのが好きなタイプと予想できたし」
「ちっ! 呪文を一発かわした程度で!」
ドボルーダは気合の声をあげて、連続で火の玉を放つ。
彼方はそれを深淵の剣で全て斬った。
「言いにくいですけど、あなたじゃ、僕には勝てませんよ」
「何をバカなことを…………」
「あなたは剣と魔法がほどほどに使えて、相手の裏をかくことが得意なタイプですよね? でも、僕の具現化した剣は呪文を打ち消す効果を持ってて、剣の腕前も僕のほうが上です。このまま戦っても、あなたが死ぬだけですよ。それに…………」
「彼方っ! 助けにきたにゃ!」
ミケが彼方の隣に立って、短剣を構える。
その横で、ゴーレムの戦闘隊長ドムが槍の刃先をドボルーダに向けた。
「俺は…………村を守る」
「この通り、三対一になりますから」
彼方はゆっくりと右に移動して、ドボルーダの逃げ道を塞ぐ。
ドボルーダの表情に焦りの色が浮かぶ。
「…………お前、ゴーレムごときの味方をするのか?」
「はい。依頼料ももらってるし」
「……………………わかった。お前らの勝ちだ。ゴーレムたちには手を出さないと約束する」
「ウソですね」
彼方はドボルーダの言葉を即座に否定した。
「あなたは僕の視線から、微妙に目をそらしているし、頬の筋肉がぴくぴくと動いている。そのへんは、人間もモンスターも同じですね。それに、ゴーレムに手を出さないことを決められるのは、あなたではなく、軍団長のギラスでは?」
「…………くそっ!」
ドボルーダは剣を構えたまま、うなり声をあげた。
「残念です」
そう言って、彼方が一歩前に出る。
その時、背後からルトが近づいてきた。
「彼方さん…………待ってください」
ルトは円形の目で、ドボルーダを見つめる。
「もう、私たちに手を出さないというのは…………本当ですか?」
「…………あ、ああ。俺からギラス様に進言する」
ドボルーダは剣を放り投げ、両手を上げる。
「強い冒険者がいることを伝えれば、ギラス様も諦めるだろう」
「それなら、あなたを…………信じます」
「ルトさん」
彼方はドボルーダから視線をそらすことなく、唇を動かした。
「信じないほうがいいですよ。このモンスターの言葉は軽い。きっと、また襲ってきます」
「いっ、いや。お前の強さは理解した。その剣を使われたら、俺はどうにもならない」
ドボルーダは両手を上げたまま、ゆっくりと後ずさりする。
「俺にチャンスをくれ! 必ずギラス様を説得してみせる!」
「わかり…………ました」
ルトはドボルーダに向かって、頭を下げた。
「お願い…………します。もう、私たちの村に来ないで…………ください」
「ああ。この辺りには二度と来ない」
「…………ドボルーダ」
彼方は低い声で、モンスターの名を口にした。
「僕は、今夜、王都に戻って、リセラ王女にこの村のことを伝えておく。上手くいけば、軍隊を派遣してもらえるかもしれない」
「軍隊だと?」
「この村は、リセラ王女が作ったようなものだからね。思い入れもあるってことだよ。そのことも、ちゃんとギラスに伝えておくことだね」
「…………わかった」
ドボルーダは表情が固くなり、ノドがうねるように動いた。
◇
ドボルーダがいなくなると、ルトは彼方に声をかけた。
「ありがとう…………ございます。これで、私たちの村は…………救われました」
「…………いえ。まだ、わかりません」
彼方はドボルーダが去った方向を見つめながら、眉間にしわを寄せる。
「とにかく、あと三日は様子をみましょう」
「え…………? 彼方さんは、今夜…………王都に戻られるのでは?」
「いえ。あれはウソです」
「…………ウソ…………ですか?」
「はい。ギラスたちが、まだ襲ってくる気があるのなら、罠を張っておきたかったので」
彼方は淡々と言葉を続ける。
「僕とミケは、どこかの家の中でギラスたちの襲撃に備えます」
「…………本当にいいのですか? 三日も…………私たちの村を守っていただけるなんて」
「初めての依頼だし、完璧に仕事を終わらせたいから。それに、サリさんの作る卵焼きも楽しみだから」
「…………感謝…………します」
ルトは彼方とミケに向かって、何度も頭を下げた。
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