第36話 ゴーレム村

 彼方とミケは、ゴーレムのルトといっしょにガリアの森の中にあるゴーレム村に向かった。

 木漏れ日の射し込む森の中には、魔法陣の模様を持つ蝶が飛び回っている。


 彼方は前を歩くルトに視線を向けた。

 ルトは短い足を動かして、獣道を歩いている。


 ――自我を持つゴーレムか。ロボットみたいに見えるけど、感情があるのはわかる。依頼を受けてもらえなさそうになった時、声が悲しそうだったし。


 ミケがルトに声をかけた。


「ゴーレム村はまだ先なのかにゃ?」

「もうすぐ…………です」


 ルトが曲がりくねった木の根を飛び越えて答える。

 野草の生えたなだらかな坂を登ると、村が見えた。粘土で作られた半球型の家が点在していて、中央の広場には丸太で組み上げられたやぐらがあった。


「ここが、ゴーレム村か…………」


 彼方は足を止めて、村を見回す。よく見ると、多くの家が半壊している。


 ――モンスターにやられたんだろうな。地面もボコボコでえぐられてる場所がある。


 彼方たちに気づいたのか、槍を持った粘土の人形――ゴーレムが近づいてきた。


「おかえり…………なさい。ルト村長」


 ゴーレムは槍を立てて、彼方を見る。


「この人間は…………」

「モンスターを退治してくれる…………冒険者の彼方さんとミケさんです」


 ルトがそう言うと、ゴーレムはドラム缶のような胴体をぴんと伸ばした。


「こんにちは。俺は新しい戦闘隊長のドム…………だ」

「新しい?」

「前の戦闘隊長は…………モンスターに殺された」

「そう…………ですか」


 彼方は目の前に立っているドムを見つめる。


 ――外見はルト村長と似てるかな。でも、胴体は少し細くて手足もちょっと長い。左胸のハート型の機械は同じか。


 その時、半壊した粘土の家の中から、四体のゴーレムが現れた。その四体はルトやドムよりも一回り小さく、一体は頭部にピンク色の花をつけていた。


「村長…………おかえり」


 ゴーレムの口が開き、幼い女の子の声が漏れた。


「この人たち…………モンスター倒してくれるの?」

「そう…………ですよ」

「わーい…………」


 花をつけたゴーレムはぴょんと飛び上がった。


「私、八十七号」

「僕…………百五十三号」

「僕は二百六十号」

「…………三百号」


 小さなゴーレムたちが、次々と名乗り出す。


「名前が数字なんだ?」

「役職がないゴーレムは…………数字で呼ばれるのです」


 彼方の疑問にルトが答える。


 さらに別の場所からも、ゴーレムたちが出てきた。

 ゴーレムたちは、ミケを取り囲む。


「お姉ちゃん…………遊ぼう」

「遊ぼう…………遊ぼう」

「鬼ごっこ…………しよう」

「かくれんぼが…………いい」

「にゃっ! ミケはお仕事にきたのにゃ」


 ミケは困った顔で、ゴーレムたちを見回す。


「すみません。この子たちは…………まだ、心が成長してない…………子供なのです」

「ゴーレムに子供がいるのかにゃ?」

「自我を持って、数年は…………こうなのです」


 ルトは、近くにいた八十七号の頭を撫でた。


「彼方さんとミケさんは…………忙しいのです。遊ぶのは…………ダメです」

「えーっ…………ダメ…………なの?」

「ダメです」


 ルトがそう言うと、ゴーレムたちは悲しそうに頭を下げる。


「ミケ…………」


 彼方がミケの肩に触れた。


「ミケはこの子たちと遊んであげて。僕が話を聞いておくから」

「いいのかにゃ?」

「うん。この子たちも依頼人だからね」

「わかったにゃ。じゃあ、鬼ごっこをやるにゃ。ミケが鬼になって、みんなを捕まえてやるにゃ!」


 ミケの言葉に、小さなゴーレムたちが歓声をあげた。


 ◇


 彼方は広場の中央にある大きな家に案内された。家の中は質素で、粘土で作ったいびつな形のテーブルとイスが中央に置かれていた。


 彼方はイスに腰をかけると、結んでいた唇を開いた。


「モンスターたちが、いつ襲ってくるか、わかってるんですか?」


 ルトは頭部を左右に動かす。


「いいえ。でも、私たちが生き残っていることがわかれば…………また、襲ってくるでしょう」

「他の場所に逃げることはできないのですか?」

「それは…………無理です。この近くに、私たちの体を作る粘土や鉱石が採れる場所が…………あるのです」

「そうですか」


 彼方は円形の窓に視線を向ける。

 外では、ミケが小さなゴーレムたちと鬼ごっこをしていた。ゴーレムたちの笑い声が聞こえてくる。


「…………今、何体のゴーレムがこの村にいるのですか?」

「五十七体…………です。前の襲撃の時に森の中に…………隠れていました」


 ルトの声が暗くなった。


「私たち…………自我を持つゴーレムは…………偶然生まれます。普通なら…………役立たずのゴーレムとして、殺されてしまいます。でも…………リセラ王女が、私たちを認めてくれたのです」

「リセラ王女が?」

「はい。あの方は…………私たちを人として扱って…………くれました。そして、ガリアの森に村を作っていいと許可をもらえたのです。本当に…………優しいお方なのです」


 ルトは胸元で四本の指を祈るように組み合わせた。


 彼方は牢屋で出会った栗色の髪の少女の姿を思い出す。


 ――そっか。あの人はゴーレムにも優しいんだな。


「私たちは…………ここに村を作って暮らし始めました。そのウワサを聞いて、自我を持つゴーレムたちが…………他の国からも集まってきたのです」


 奥の部屋から微かな音がして、エプロンをつけたゴーレムが現れた。

 そのゴーレムは左足を引きずりながら、彼方に近づき、粘土を焼いたコップをテーブルの上に置いた。その中には熱いお茶が入っていた。


「お茶…………。サリがいれた」


 ゴーレム――サリは左右に広がった穴のような口を動かす。


「サリ…………ご飯係。人のご飯も…………作る。夕食は…………チャモ鳥の卵焼きでいいか?」

「あ、う、うん。ありがとう」

「サリは…………左足動かない。でも…………手は動く。大丈夫」


 そう言うと、サリは奥の部屋に戻っていった。


「彼方…………さん」


 ルトが円形の目で彼方を見つめる。


「本当に…………あの金額で、よかったのでしょうか?」

「うん。僕たちはFランクで、これが初めての依頼になるからね。それに、手元に金貨一枚残っているから」

「…………ありがとうございます。私たち…………ゴーレムに優しくしてくれる人は…………少ないのです。彼方さんは…………いい人です」


 ルトは深く頭を下げた。


「お礼は、まだ早いよ。僕たちは依頼を達成できたわけじゃないからね」

 

 その時、外からゴーレムたちの悲鳴が聞こえてきた。


「ルトさんはここにいて!」


 彼方は素早く立ち上がり、家の外に出る。


 そこには、青紫色の肌をしたモンスターが立っていた。

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