第33話 王女リセラ
彼方は城の地下にある牢屋に閉じ込められた。
そこは六畳程の広さで、左側の石壁に光る石が入ったカンテラが掛けられていた。
彼方は牢屋の中を見回して、ため息をつく。
「ベッドも布団もなしか。トイレは隅っこの小さな穴を使えってことだな」
――状況によっては、この環境で一年以上過ごすのか。
彼方は鉄の格子に近づく。よく見ると、その格子にはいくつもの図形が組み合わさったような模様が刻まれていた。
「呪文で破壊されないように対策されてるってところか」
――まあ、強いクリーチャーを召喚して壊してもいいし、アイテムカードで武器を具現化させて壊すこともできる。逃げようと思えば、なんとかなるな。
彼方は格子から離れて、壁際に座り込んだ。
「とりあえず、法務大臣の判断を待つしかないか」
後頭部に両手を当てて、冷たい石の床に仰向けになる。
「まさか、この年で牢屋に入ることになるとはなぁ」
――父さんと母さんが知ったら、ショック受けるだろうな。あと、姉さんも…………。
「早く、七原さんを見つけて、元の世界に戻る方法を見つけないと」
そうつぶやいて、彼方はまぶたを閉じた。
◇
数時間後、微かな足音がして、彼方は上半身を起こした。
――この足音は…………女の人かな。歩幅が小さいし、体重もあまりなさそうだな。誰だろう?
やがて、格子の向こう側に、白いドレスを着た十七歳ぐらいの少女が現れた。
少女は栗色の髪に栗色の瞳をしていて、胸元に深紅に輝く宝石をあしらったペンダントを身につけていた。
肌は陶器のようにきめ細やかで、宝石を散りばめた赤い靴を履いていた。
――綺麗な人だ。ドレスは高価そうだし、貴族なのは間違いないな。
「あなたは…………?」
「お初にお目にかかります。私はヨム国の王女、リセラと申します」
少女――リセラ王女は彼方に向かって、丁寧におじぎをした。
「王女…………様がどうして僕に会いに来たんですか?」
「ティアナールに頼まれたの。あなたを助けて欲しいってね」
「ティアナールさんに?」
「ええ。ティアナールとは子供の頃からの知り合いなの」
リセラ王女は格子に顔を近づけて、栗色の瞳で彼方を見つめる。
「安心して。彼方さんをここから出せるように手配したから」
「え? そんなことができるんですか?」
「これでも、この国の王女ですから。多少の権限はあるんです。法務大臣とも話をつけましたから」
「でも、ギルマール大臣が怒るんじゃ…………」
「ギルマール大臣は彼方さんのことなんて、もう興味がなくなってると思います。父や貴族の前で演説できて満足してるだろうし」
「ああーっ、そういうタイプに見えましたね」
彼方は格子に近づき、リセラ王女に頭を下げた。
「ありがとうございます。ずっとここに閉じ込められるのかと思ってました」
「お礼なら、ティアナールに言って。あの子が、あそこまで必死に頼むなんて、今までなかったことだから」
くすくすとリセラ王女は笑う。
「彼女にすごく気に入られたみたいね」
「ティアナールさんは優しいし、何日もいっしょに行動してましたから」
「…………そう思っているんですか?」
「えっ? 違うんですか?」
「…………まあ、そういうことにしておきましょうか」
リセラ王女は意味深長に笑った。
◇
彼方とリセラ王女が城から出ると、既に外は暗くなっていた。
巨大な月の光を浴びて、彼方は深く息を吸い込む。
――やっぱり、外の空気は新鮮だな。
「彼方っ!」
石段の下にいたティアナールが、息を弾ませて彼方に駆け寄った。
「無事、出られたんだな。よかった」
「ティアナールさん、ありがとうございます。僕のために手を回してくれたんですね」
「これぐらい、当たり前だ。彼方には命を助けられたんだからな。それに今回の件は私が悪いところもある。ザルドゥを倒したなんて、言うべきではなかったのかもしれない」
「そうですね。僕もいろんな人に言って、ろくな目に遭いませんでしたから」
二人は顔を見合わせて笑った。
「リセラ王女」
ティアナールがリセラ王女に深く頭を下げた。
「彼方を助けていただき、感謝します」
「ううん。父が彼方さんを信じられなかったのがいけないの」
「彼方がザルドゥを倒したことを信じてくれるのですか?」
「ええ。今、確信しました」
リセラ王女はきっぱりと答えた。
「彼方さんがウソをついているようには見えませんし、ティアナールもヨム国を混乱させるようなウソは言いません」
その言葉に、ティアナールの緑色の瞳が潤んだ。
「彼方さん」
リセラ王女が彼方の手を握る。
「ティアナールと仲良くしてあげてね」
「仲良く…………ですか?」
「ええ。きっと、ティアナールはあなたのことを…………」
「リセラ王女っ!」
ティアナールが慌てた様子で彼方とリセラ王女の間に割って入る。
「とっ、とにかく、ありがとうございます。彼方っ、行くぞ!」
「えっ? どこに?」
「さすがに、ここは目立つからな。とりあえず、白龍騎士団の兵舎に行こう。あそこなら、私の部屋もある」
ティアナールは彼方の手を掴み、足早に歩き出す。
「あっ、ありがとうございました。リセラ王女」
彼方はティアナールに引っ張られながら、リセラ王女に礼を言った。
リセラ王女はにこにこと笑いながら、右手を軽く左右に振った。
◇
ティアナールの部屋は兵舎の三階にあった。
小さめの部屋に木製のベッドと机があり、壁際には白銀の鎧と剣が置かれていた。
――予想よりも質素だな。貴族とはいえ、騎士だからか。
「彼方…………」
ティアナールが彼方に小さな革袋を渡した。
「これは…………何?」
「助けてくれた礼だ。金貨が十枚入っている」
「金貨十枚っ?」
彼方は革袋を開いて、中を確認する。そこにはドラゴンのイラストが刻まれた金貨が入っていた。
――金貨十枚ってことは、銀貨一枚が千円としたら、百万円!?
「こんなにもらっていいんですか?」
「ああ。私の感謝の気持ちだ。それに、まだFランクなら、割のいい仕事も受けられないだろう」
「…………ありがとうございます」
彼方はじっとティアナールを見つめる。
その視線を受けて、ティアナールの頬が赤く染まる。
「きっ、気にするな。まあ、お前なら、すぐにSランクになって、金貨百枚以上の仕事も受けられるようになるだろう」
そう言って、ティアナールは彼方がベルトに挟み込んでいたFランクのプレートを見る。
「それにしても、お前をFランクにするとは、冒険者ギルドの連中も見る目がないな」
「いえ。僕の魔力はゼロと判断されたし、この世界に慣れてない異界人なら、Fランクが妥当ですよ」
「だが、お前は剣の腕前もなかなかのものではないか。アルベールを倒した技は見事だったぞ」
「少しずつ、戦闘にも慣れてきましたから」
「んっ? 異界では戦ったことはなかったのか?」
「素行の悪い連中に絡まれた時ぐらいですね。普段は剣を握ることもなく、平和に暮らしてました」
「つまり、こっちの世界に来てから、一週間も経たないうちに、戦闘に慣れて十人長の弟に剣で勝ったってことか」
ティアナールはうなるような声を出して腕を組む。
「カードという能力にも驚いたが、お前の戦闘センスもたいしたものだ」
「自分では、よくわからないです。でも、昔からケンカには負けたことがなかったですね」
「それなのに、武の道に進むつもりはなかったのか?」
「平和な国に生まれたので、戦う必要がありませんでした」
彼方はふっと笑みを浮かべる。
「今、思えば、僕が住んでいた国は、なかなかいい国だったのかもしれません。モンスターもいないし、七十年以上戦争も起きてないから」
「…………彼方は元の世界に家族がいるんだろうな?」
「はい。父と母、それに姉がいます」
「そうか…………。きっと心配してるだろうな」
ティアナールは彼方をじっと見つめる。
「やはり、元の世界に帰りたいか?」
「…………そうですね」
彼方は少し悩んで答えた。
「ただ、どうやって戻ればいいのかもわからないし、もう一人、僕といっしょにこの世界に転移した女の子がいるんです。その子も見つけてあげないと」
「女の子だと?」
「ええ。クラスメイト…………同じ学校で学んでいた仲間ですね」
「恋人…………ではないのだな?」
「違いますね。いたずらで告白されたことはありましたけど…………」
彼方は異世界に飛ばされた時のことを思い出す。
――そう言えば、あの時、七原さんが何か言ってたな。罰ゲームの告白がどうとか。あ、微妙に思い出せない。あの変な地震のせいか。
――まあ、会った時に聞いてみるか。すごく重要なことじゃなかったと思うし。
ティアナールがほっとした表情で彼方の肩を叩く。
「彼方、何かあったら、いつでも私を訪ねてきてくれ。白龍騎士団の騎士たちには、ちゃんと話しておくからな。彼方は私の大切な…………友人だと」
「はい。ありがとうございます」
彼方はティアナールの手をぎゅっと握る。
その行動に、ティアナールの尖った耳が赤くなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます