第34話 ギャンブル

 次の日の朝、彼方は大通りにある魔法のアイテム屋に向かった。

 木製の扉を開くと、壁際にずらりと棚が並んでいて、そこに多くのアイテムが並べられていた。

 七色に輝く石のペンダント、水晶で作られた妖精の像、角の生えた黒いドクロに、カラフルなチェック柄の手袋。


 見たことのない様々なアイテムに、彼方はきょろきょろと視線を動かす。


「いらっしゃいませ」


 店の奥から、ターバンを巻いた太った男が現れた。身長は百六十センチ程で左右の頬が膨らんでいる。

 男は彼方を見て、にんまりと笑う。


「私はこの店の店主のゴルドです。何をお探しでしょうか?」

「たくさんの物を収納できるポーチが欲しいんです」


 彼方はゴルドの質問に答える。


「ああーっ、魔法のポーチですね。もちろん、ありますよ」


 ゴルドは左側の棚に飾られた数個のポーチを指差す。


「魔法のポーチといっても、価格によって収納できる量が違うんです。たとえば、このポーチは大型の斧や鎧一式、小型の机を四つぐらい入れることができます。それで金貨十四枚ってところですね」

「もう少し安いのはないかな。予算的に厳しくて」

「それなら、こっちのポーチはいかがですか」


 ゴルドは黄土色のポーチを彼方に見せる。


「こちらは中型の剣に胸当て、手に入れた宝もカンテラ程度の物なら、数十個は入れることができるでしょう」

「それでいくらなのかな?」

「そうですなぁー」


 ゴルドは彼方の服をちらりと見る。


「金貨九枚でいかがでしょうか」

「ちょっと高いな」


 彼方は頭をかいて、色褪せた黄土色のポーチを指差す。


「こっちのポーチは?」

「それは最安値の中古品ですな。カンテラ程度の物なら十個程度は入るでしょう。それで、金貨三枚です」

「…………それなら、九枚のと三枚のを二つ買うから、安くしてくれないかな」

「二つ…………ですか」


 ゴルドは腕を組んで考え込む。


「それなら、二つで金貨十枚でいかがでしょう」

「金貨九枚とリル金貨九枚にしてもらえないかな?」

「ん? 中途半端ですな」

「いや、正直に話すと、予算は金貨十枚なんだ。でも、リル金貨一枚ぐらいは残しておかないと、昼食も食べられないからね」

「そういう事情ですか」


 ゴルドは彼方の目をじっと見つめる。


「…………それなら、私とゲームをやりませんか?」

「ゲーム?」

「ええ。もし、あなたが勝ったら、二つのポーチを金貨九枚でお売りしましょう」

「僕が負けたら?」

「金貨十枚ぴったりいただきます」


 にんまりとゴルドは笑う。


「私はこの通り、魔法のアイテム屋を営んでおりますが、ギャンブルも好きでして、たまにお客様と遊んでいるんですよ。ギャンブルは素晴らしい。勝つか負けるかわからない。勝てば天国、負ければ地獄。たとえ、Sランクの冒険者とでも、商人の私が互角に戦うことができるのがギャンブルなのです」

「ギャンブルか…………」

「どうですか? ギャンブルの女神ダリスに身を委ねてみては?」

「どんなギャンブルをするんですか?」

「…………少しお待ちを」


 ゴルドは店の奥に消え、数分後に長方形の箱を持って戻ってきた。


「こちらにどうぞ」


 二人はカウンター越しに向かい合った。

 ゴルドは長方形の箱を左側に置き、箱のフタを開く。そこには二つのサイコロが入っていた。


「サイコロはご存じですか? 昔、異界人が流行らせた遊具ですが」

「知ってます」

「それなら話は早い」


 ゴルドは箱の中から二つのサイコロを取り出し、カウンターの上に置いた。そのサイコロは直径二センチ程の大きさで、ところどころに傷があった。


「サイコロを使った遊戯はいろいろありますが、今回は単純に二つのサイコロを振った数字が多いほうが勝ち、というのはいかがでしょうか?」


 そう言って、ゴルドはサイコロを振った。

 サイコロはころころと転がり、二つで合計七の目を出した。


「この場合、私は七ですから、あなたが八の目以上を出したら、そちらの勝ちとなります。あ、もちろん、これは試しに振ったものですので」

「わかりやすいルールですね」

「ギャンブルは単純なほうがいいのですよ」


 ゴルドは唇の両端を吊り上げた。


「しかも、これなら、平等だとわかりやすい」

「…………僕もサイコロを振ってみていいですか?」

「どうぞどうぞ。何十回でも振ってみてください」

「じゃあ…………」


 彼方は二つのサイコロを手に取り、観察する。

 ――見た目は普通のサイコロだな。材質は…………白い粘土を固めたみたいな感じだな。 サイコロを振ると、四と五の目が出た。


「ほう。それだと合計九になりますね。もし、これが本番でしたら、私の負けということになりますな」

「…………たしかに簡単なギャンブルですね」


 彼方は右手を使って、何度もサイコロを振る。二と五、三と一、六と四、四と五の目が出た。


「…………なるほど」

「どうです? 何の仕掛けもありませんよ」


 ゴルドは空の木箱をちらりと見る。


「何か質問はございますか?」

「サイコロを振る場所はこのカウンターの上でいいんですか?」

「…………はい。カウンターの上ならどこでもかまいませんよ」

「サイコロはどっちから振るのですか?」

「順番は関係ないギャンブルですが、あなたからどうぞ。私は後から投げるほうが好みなので」

「…………イカサマはしてませんよね?」

「当たり前ですよ」


 ゴルドは肩をすくめて苦笑する。


「何も仕掛けがないことは、あなたも確認しましたよね? もし、私がイカサマをしていたのなら、サイコロの目に関係なく、あなたの勝ちでかまいません」

「…………わかりました」

「では、お互いにギャンブルを楽しみましょう!」

「そうですね。じゃあ、振ります」


 彼方はそう言うと、カウンターの上に置いてあった木箱を右に動かした。


「…………え?」


 ゴルドの両目が大きく開いた。


「なっ、何をされているのですか?」

「この木箱のあった場所でサイコロを振ろうと思って。いけませんか?」

「…………いっ、いや。しかし、わざわざ、そんなことせずとも、他にサイコロを振る場所はいくらでもあるでしょう」

「だけど、ここで振れば六と六の目が出そうな気がするんですよ」


 そう言って、彼方はサイコロを振った。


 サイコロはころころと転がり、六と六の目を出して止まった。


「次はあなたの番ですけど、引き分けの場合はどうします?」

「…………どうして、わかったんです?」

「それは、イカサマを認めるってことですか?」

「…………ええ。私の負けですよ」


 ゴルドは悔しそうな顔をして、肩を落とした。


「木箱を置いていた場所の下には、磁石を埋め込んでいました。そして、サイコロには鉄片を入れて、必ず六の目が出るようにしてたんです。あなたがサイコロを振った後に、木箱を動かす作戦だったのですが」

「磁石を使うのは、よくある手口ですね」

「しかし、バレたのは初めてですよ。なぜ、気づいたのですか?」

「あなたが木箱をカウンターに置いた時の動きが変だったからです」


「動き…………ですか?」

「はい。あなたは木箱を置く時、その位置を気にしていました。普通なら、どこに置いてもいいはずなのに、手の動きを調整して、その位置にぴたりと止めた感じですね」

「それだけのことで、わかるものなのですか?」

「いえ。それだけじゃありません。あなたの言動にも気になる点がありました」

「私の言動?」


 彼方は首を縦に動かす。


「最初に気になったのは、どっちが勝つかわからないギャンブルなのに、二つのポーチを金貨九枚で売ると言ったことです。リル金貨一枚の価格交渉をしているのに、そこまで安くすることはないでしょう。つまり、負けることはないと思っているんじゃないかと。それに目線や仕草も」

「目線?」

「ええ。ゴルドさんは、僕がイカサマの話をしたら、目が泳いでいましたから。右頬の筋肉もちょっと動きましたね。声のトーンも高くなって、少し早口になってました」

「…………はぁ。これでもゲームをやってる時は表情が読めないと、仲間たちから言われてたんですが」

「小さな変化ですからね。普通の人なら気づかない。あと、イカサマがバレた時に、僕の勝ちでかまわないと言ったのも失敗ですね。あのセリフは負けた時の保険でしょ? ああ言っておけば、負けても商品を値引きするだけですむ」

「…………読み違えましたね」


 ゴルドはため息をついて、頭をかいた。


「失礼ですが、あなたを甘くみていました。偶然、大金を手にしたFランクの冒険者と思ってましたよ」

「実は、僕、賭け事で負けたことないんです」

「負けたことがない? 一度もですか?」

「はい。お金を賭けるギャンブルじゃなくて、ちょっとした友達との遊びのレベルですけど」


 彼方はカウンターの上にあったサイコロを取り出し、磁石のない場所で振る。

 サイコロは六と六の目を出して止まった。

 ゴルドの口がぱかりと開いた。


「どっ、どうやって、六の目を出したんです!?」

「さっき、サイコロを何度か振って転がり方をチェックしましたから。後は同じ高さ、角度、スピードで手を振れば、高確率で同じ目を出せます」

「いやいや。無理ですって。そんなことができるはずがない」

「普通は無理ですね。でも、全て同じタイミングで、落とす場所も同じにすれば意外といけるんですよ」

「いけませんよ!」


 ゴルドがぶんぶんと首を左右に振る。


「そんなことができるのなら、サイコロを使ったギャンブルがなくなってしまうじゃないですか?」

「昔から得意だったんですよ。0.1ミリ単位で動きを調整するのが」

「そんなに細かく…………」

「こっちに来てから、剣にも慣れたんで、今なら、あなたのまつげを1ミリ単位で斬ることもできますよ。信じられないのなら、やってみましょうか?」

「とんでもない」


 ゴルドはあわてて後ずさりする。


「で、金貨九枚でいいんですよね?」

「…………ええ。約束は守りますよ。ただ、最後にもう一つだけ質問してよろしいでしょうか?」

「何です?」

「あなた、何でFランクなんですか?」


 ゴルドの質問に、彼方は困った顔で頭をかいた。

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