第32話 玉座の間にて
彼方はティアナールといっしょに城の一階にある客間に通された。
そこは長方形の部屋で、大きなテーブルを囲うように豪華なイスが何十脚も並べられていた。側面には大きな窓があり、手入れされた庭が見えていた。
――外観が綺麗な城だって思ってたけど、中も豪華で綺麗だな。シャンデリアのデザインは洒落てるし、床は大理石…………っぽい感じだな。こんな部屋が何十室もあるみたいだし、やっぱり王様が住んでいる場所は他とは違うってことか。
「彼方」
ティアナールが彼方に声をかけた。
「よかったな。きっと王から褒美がもらえるぞ」
「褒美ですか?」
「ああ。なんせ、あのザルドゥを倒したんだ。お前は英雄になれるぞ。もちろん、恩賞ももらえるはずだ」
「それは嬉しいですね。きっと、ミケも喜ぶでしょうし」
「ミケ? ミケとは誰だ?」
「今、僕とパーティーを組んでる人間と獣人のハーフの女の子ですよ」
「女の子…………」
ティアナールの眉がぴくりと動いた。
「その女は実力ある冒険者なのか? お前と釣り合う冒険者ならSランクのはずだが、聞いたことがない名前だ」
「いえ、ミケはFランクです」
「はぁ? 何でFランクの冒険者とパーティーを組んでいるんだ?」
ティアナールは不機嫌そうに唇を尖らせた。
「…………まさか、お前、そのミケって女に惚れたんじゃないだろうな?」
「いやいや。ミケはまだ十二歳ですよ」
「十二歳なら、もう結婚できるではないか」
「えっ? そうなんですか?」
「…………ああ。そのぐらいの年の女を何人も妻にする貴族もいるからな」
「何人も?」
彼方の目が丸くなった。
「この国では一夫多妻…………何人も妻にしていいの?」
「女が多くの男を夫にすることもできるぞ。もちろん、その力があればだが」
「力とはお金ですか?」
「そうだな。他に名声もある。有名な貴族やAランク、Sランクの冒険者は配偶者が複数いることが多い」
「…………そっか」
彼方は親指の爪を唇に当てる。
――やっぱり、日本とはいろいろ違うな。中世ヨーロッパ風の世界かと思ったけど、いろいろと違うところがある。名前もフランス風だったり、英語圏の名前だったりするし。あ、ミケは日本の猫っぽい名前だな。
「彼方っ!」
考え込んでいた彼方の腕をティアナールが掴んだ。
「話をそらすな。それで、お前とミケの関係は何だ? こ、恋人なのか?」
「違いますよ」
彼方は笑いながら否定した。
「僕のいた世界では、十二歳は子供扱いされてるんです。僕にとって、ミケは…………妹みたいなものですよ」
「妹…………そうか」
ティアナールは、ぐっと両手をこぶしの形に変える。
「ま、まあ、この世界でも普通の男は、もう少し年上の女性を好むことが多いからな。は、ははっ」
その時、扉が開き、リューク団長が部屋に入ってきた。
「彼方、俺についてきてくれ」
「ん? どこに行くんですか?」
「玉座の間だ。ゼノス王がお前を呼んでる」
「王…………」
「お前にいろいろ話を聞きたいらしい。くれぐれも粗相のないようにな」
「い、いや。王様への謁見の仕方なんて、わからないですよ」
彼方は慌てた顔で首を左右に振る。
「僕のいた異世界の国じゃ、こんな時の作法なんて習わないし」
「まあいい。とにかく、頭下げてろ。ほら、行くぞ」
リューク団長は彼方に向かって手招きをした。
◇
巨大な扉を開くと、数十メートル奥の玉座に五十代前半の体格の良い男が座っていた。
男の頭には金色に輝く王冠が載せられていて、宝石が散りばめられた豪華な服を着ている。
――あの人がゼノス王か。威厳のある顔をしてるな。
彼方は深く息を吸い込んで、ゆっくりと歩き出す。
周囲にいた貴族らしき男たちの視線が、彼方に集中する。
――戦闘とは違う緊張感があるな。端には甲冑を着た兵士がずらりと並んでいるし。
隣を歩いていたリューク団長が足を止めて片膝をついた。
彼方もリューク団長を真似て片膝をついた。
ゼノス王の隣にいた初老の男が口を開く。
「お前が、異界人の彼方か」
「は、はい」
彼方は頭を下げて答える。
「氷室彼方です」
「私は宰相のゴードだ。今からお前に王が質問する。簡潔に答えるように」
ゴード宰相が話し終えると、ゼノス王の口が開いた。
「リューク団長から話を聞いた」
凜とした声が広い玉座の間に響いた。
「お前は魔神ザルドゥを倒したと言ったらしいな」
「…………はい」
彼方が首を縦に動かすと、周囲にいた貴族たちがざわつく。
「どうやって、あの魔神を倒したというのだ?」
「呪文です。ただ、この世界の呪文とは違うと思います」
「…………ふむ」
ゼノス王が左端に控えていた太った四十代の男に視線を向けた。
「ギルマール大臣、お前はどう思う?」
「そうですな」
ギルマール大臣は膨らんだ腹を揺らしながら、彼方をじっと見つめる。
「…………この男はウソをついてます」
「ウソか?」
「はい。この男の魔力はありません。ですから、高位の呪文を使えるはずがないのです」
「それは間違いないのか?」
ゼノス王の質問に、ギルマール大臣はうなずく。
「私は相手の魔力を見る能力を持っております。間違いなく、この男は呪文を使うことはできません」
ギルマール大臣は虫を見るような目つきで、片膝をついていた彼方を見下ろす。
「残念だったな。このギルマールがいなければ、莫大な恩賞が手に入ったものを」
「お待ちください!」
リューク団長が真っ直ぐに結んでいた唇を動かした。
「彼方がウソをついているのなら、どうやって、ザルドゥが殺されたことを知っていたのですか?」
「どこかで情報を手に入れたのだろう。そして、その情報を使って、金を稼ごうとしているのだ」
「しかし、私には彼方がそのような詐欺師には見えません」
「…………ほう。リューク団長はヨムの国の内政を支える私よりも、人を見る目があると?」
「…………いえ。そういうわけでは」
「まあ、リューク団長は、我が国を敵から守り、戦うことが仕事。人の奥底にある悪意を読むことはできないでしょう」
ギルマール大臣は唇を左右に広げて笑った。
周囲にいた貴族たちから苦笑の声が漏れた。
「困ったものですな。底辺の冒険者というものは」
「金を稼ぐためには何でもやるのでしょう」
「よく見れば、あの少年はFランクではないか。そのレベルの冒険者が魔神を倒せるわけがない」
「ですな。数万の軍隊でもザルドゥを倒すことはできないのですから」
「ゼノス王」
ギルマール大臣がゼノス王に頭を下げた。
「ザルドゥが何者かに殺されたことは間違いないでしょう。ですが、殺した者は四天王の誰かでしょうな」
「部下たちの反乱だと言うのか?」
「はい。四天王のゲルガ、ネフュータス、ガラドス、デスアリスは、ザルドゥに次ぐ実力を持っているとウワサされております。彼らが協力して反旗を翻せば、ザルドゥが負けることもあるでしょう」
「…………ふむ。ありそうな話だな」
ゼノス王が金髪のひげを触りながらうなずく。
納得した様子のゼノス王を見て、ギルマール大臣は笑みを浮かべる。
「では、この詐欺師には、相応の罰を与えなければいけませんな」
「罰か…………」
「ただのウソとは違いますから。状況によっては国が混乱する悪意あるウソです」
「たしかに、そうだな…………」
ゼノス王は鋭い視線を彼方に向ける。
――この状況はまずいな。
彼方の背筋に冷たい汗が浮かぶ。
――カードの力を使えば、逃げることはできるかもしれないけど、その場合は、国中の兵士から追われるか。
甲冑を装備した二人の兵士が彼方の手を掴んだ。
「待ってください! 今はザルドゥを倒した呪文を使うことができませんが、他の呪文なら…………」
「もういい!」
ギルマール大臣が眉を吊り上げた。
「詐欺師のお前に使う時間など、これ以上ない!」
「でも、すぐに見せることができる…………」
「私の声が聞こえないのか?」
「弁明の機会もいただけないのでしょうか?」
「それは、この場所ですることではないな。ひとまず、お前は牢に入ってもらおう」
「…………いつまでですか?」
「それは法務大臣が決めることだ。上手くいけば数日で出られるかもしれんが、余罪があれば一年以上、牢屋で暮らすことになるかもな」
そう言って、ギルマール大臣は下品な笑い声をあげた。
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