第31話 彼方vsアルベール
白龍騎士団の兵舎を出て、彼方たちは近くの訓練場に向かった。
そこはサッカー場のコート程の広さがあり、数十人の騎士たちが鎧を着て、剣や槍を振っていた。
訓練場の中央で、リューク団長は足を止める。
「さて…………と、武器はロングソードでいいよな?」
リューク団長は近くにいた兵士から、ロングソードを二本受け取り、彼方とアルベールに渡した。
「そいつは刃をアグの樹液で包んである。まあ、当たり所が悪ければ、骨折することもあるが、死ぬことはまずない」
「まず…………ですか」
「安心しろ」
アルベールがロングソードを振りながら、口を動かす。
「ちゃんと手加減してやる。骨折程度は覚悟してもらうがな」
側にいたティアナールが彼方の耳元に唇を寄せた。
「すまん、彼方。まさか、こんなことになるとは」
「いえ、模擬戦だし、大丈夫です。それに騎士との戦闘も勉強になるし」
「…………そうか」
ティアナールは剣を振っているアルベールを見る。
「アルベールはバカだが、剣の腕はなかなかのものだ」
「ティアナールさんよりもですか?」
「まさか。アルベールが私より強ければ、百人長になってる。だが、単純な力だけなら、私よりも強いだろうな」
「…………なるほど」
彼方はティアナールから離れて、ロングソードを右手で握る。
――リュークさんが言った通り、刃に透明の接着剤みたいなものがついてるな。これなら、斬られる可能性はないか。
軽くロングソードを振ると、体が前のめりになる。
――重いな。これが普通の剣の重さってことか。体を鍛えてたわけじゃないし、自分の思うままに使いこなすのは難しそうだ。
「何だ、そのへっぴり腰は」
アルベールが笑い出した。
「それでは十秒ももたないぞ」
「…………アルベールさん」
「ん? 何だ? 今更、止めるのは無理だぞ」
「僕は剣術を習ったことがありません。だから、変則的な戦い方をすると思います。いいですか?」
「ああ。何でも好きにすればいい。だが、どんな戦い方をしても、俺を倒すのは不可能だがな」
「本当にいいんですね?」
「くどい!」
アルベールの声が大きくなる。
「白龍騎士団は、普段から実戦での戦いを想定して訓練している。こちらの希望通りに敵が動くとは限らないからな」
「その通りだ」
リューク団長が周囲にいる騎士たちにも聞こえるような声で言った。
「正々堂々と戦うような敵のほうが少ないんだ。それに、死んだ後に、相手に卑怯だとも言えないからな」
「わかりました。では、いつでもどうぞ」
彼方はロングソード構えて、ふっと息を吸い込む。
いつの間にか、多くの騎士たちが彼方とアルベールを取り囲んでいた。
騎士たちの声が彼方の耳に届く。
「Fランクの冒険者と模擬戦をやる意味なんてあるのか? アルベールの勝ちは決まってるだろ?」
「ああ。せめてDランク以上でないと、一分ももたないんじゃないか」
「だろうな。アルベールの剣の腕はたしかだし」
「俺、アルベールに銀貨五枚」
「バカっ! 賭けになんねーよ」
周囲から笑い声が漏れる。
「では、始め!」
リューク団長の言葉と同時にアルベールが彼方に駆け寄った。
気合の声をあげて、ロングソードを振り下ろす。
彼方は体を斜めにして、その攻撃をかわす。
「そらそらそらっ!」
アルベールは重いロングソードをぶんぶんと振り回す。
――さすがに鍛えてるだけあって、力が強いな。スピードのある攻撃だし、当たったら骨折する可能性が高そうだ。
彼方は斜めに振り下ろされた攻撃をロングソードで受ける。
甲高い金属音が周囲に響いた。
「逃げてばかりじゃ、俺に勝つことはできないぞ!」
そう言って、アルベールは片膝を曲げて、低い姿勢から真横にロングソードを振る。
その攻撃も、彼方は後ろに飛んでかわす。
――変則的な攻撃もしてくるか。それに、アルベールさんはわざとスピードを抑えてるみたいだ。途中でスピードを上げて、一気に勝負をつける作戦か。
彼方はアルベールから距離を取って、溜めていた息を吐き出す。
――ネットでやるカードゲームと違って、目の前に対戦相手がいるとわかりやすいな。視線も表情も動きも全部目で見えるから、攻撃が予測しやすい。
その時、騎士の一人が声をあげた。
「おいっ、アルベール! Fランクの冒険者相手に時間かけすぎだぞ。俺が代わってやろうか」
「ちっ!」と舌打ちをして、アルベールが飛び込んでくる。
その表情と動きから、彼方はアルベールが攻撃のスピードをあげることを予測した。
彼方の読み通り、斜め下からの攻撃は、今までより速い。
――やっぱりな。
その攻撃を彼方はロングソードで受けた。と、同時に柄から手を離す。
彼方のロングソードが弾け飛ぶ。
勝利を確信して、アルベールの瞳が輝く。
――甘いよ。アルベールさん。
彼方は体勢を崩していたアルベールに近づき、素早くこぶしで彼のアゴを叩いた。
カツンと小さな音がして、アルベールの動きが止まる。
「あ…………」
アルベールの上半身がぐらりと揺れ、手からロングソードが離れる。
そのロングソードを彼方は右手で掴み、アルベールの首筋に軽く当てた。
アルベールはぺたりと地面にしりもちをつく。
一瞬、周囲の音が消えた。
アルベールは何が起こったのか理解できてないのか、口を大きく開いたまま、彼方を見上げている。
「…………勝負ありだな」
リューク団長の声で時間が動き出した。
「まっ、待ってください」
アルベールは立ち上がろうとしたが、足が動かない。
「な、何だこれは? 足が…………」
「脳震盪ですよ」
彼方が冷静な声で答えた。
「脳が揺れると、そんな風に立てなくなることがあるんです。少しじっとしてたほうがいいと思います」
「ふっ、ふざけるな!」
アルベールは地面に腰をつけたまま、彼方を睨みつける。
「これは剣の攻撃ではないっ!」
「ええ。でも、何でも好きにすればいいと言ったのはアルベールさんですよ。しかも、僕は変則的な戦い方をするって宣言もしたはずです」
「それは…………」
アルベールは口をもごもごと動かして、反論できる言葉を探す。
周囲の騎士たちの声が聞こえてくる。
「アルベールの奴、何やってるんだ。あんなパンチ一発で動けなくなるなんて」
「ああ。アゴにちょっとかすっただけだぞ。ありえねぇよ」
その言葉に、彼方は苦笑する。
――アゴの先端に当てたほうが、脳の揺れは大きくなるんだけどな。まあ、こっちの世界では知らない人が多いのかもしれない。スピードとタイミングが合わないと決まらない技だし。前に不良に絡まれた時に使ったけど、綺麗に決まったのは三人に一人だったっけ。
「まいったな」
リューク団長が頭をかきながら、彼方に近づく。
「まさか、アルベールが負けるとは」
「リューク団長っ! 俺は負けてなどいません!」
アルベールは足をぶるぶると震わせて立ち上がった。
「こいつのパンチが当たったのは偶然です。もう一度、戦えば、俺が勝ちます」
「偶然だと思ってるのなら、何度やっても勝てないな。彼方はわざと剣を離して、お前の油断を誘ったんだ」
「わざと?」
「そうだ。彼方は自分の剣を弾き飛ばさせて、お前に勝ったと思わせた。お前は彼方の策にはまったんだよ」
「なっ、ならば、もう一度勝負を…………」
「戦場で殺された時に、そう言えるのか?」
「それは…………」
「安心しろ。お前が弱いとは思ってない。彼方が強かっただけだ。多分、彼方に勝てるのは、百人長以上でないと無理だろうな」
「ぐっ…………」
アルベールはぎりぎりと歯を鳴らして、彼方を睨みつける。
「…………こっ、今回は負けを認めてやる! だが、お前など、百人長の姉上なら、一分で倒せるレベルだと自覚しておくんだな。姉上は美しいだけではなく、剣の腕前も一流なんだぞ」
「あ、う、うん」
彼方はぴくぴくと頬を動かす。
――アルベールさんは悪い人じゃなさそうだけど、貴族のせいか、他人をバカにする傾向があるな。それと…………やっぱりシスコンだ。
リューク団長が彼方の肩をぽんぽんと叩いた。
「たいしたもんだ。これだけ近接で戦えて、呪文も使えるのなら、ティアナールが惚れ込んだのもわかる」
「リューク団長!」
ティアナールが真っ赤な顔をして、リューク団長に駆け寄る。
「わっ、私は彼方の実力を認めているだけで、惚れるとか、そんなものでは…………」
「わかった、わかった」
ぱたぱたと手を振って、リューク団長は彼方に向き直る。
「で、質問なんだが、お前は本当にザルドゥを倒したのか?」
少し悩んだ後、彼方は「はい」と答える。
「…………うーん。たしかにお前は強い。俺の見立てでは、Bランクの冒険者ってところだな。だが、魔神ザルドゥはSランクの冒険者が束になっても倒せない」
「そうみたいですね。ギルドのお姉さんから聞きました」
「となるとだ。Bランク程度では、当然、ザルドゥに勝てるわけがない。そう俺が思うのは変かな?」
「いいえ。当然のことだと思います」
彼方は即答した。
――リュークさんが疑うのは無理もない。ザルドゥを倒せたのは運の要素も強かったし、剣で戦ったわけじゃないしな。
「そこでだ。お前に、もう一つ頼みたいことがある」
「もう一つ…………ですか?」
「ああ。ザルドゥを倒した高位の呪文を、ここで見せてもらいたいんだ」
「それは、無理です」
「無理?」
リューク団長が首をかしげる。
「どうして、無理なんだ?」
「…………あの呪文は連続で使うことができないんです」
「あぁ、上位呪文ならそうだろうな」
「それに、なるべくなら見られたくないし」
「たしかにそうだな。お前にとって、その呪文は必殺技なんだろう。それを人前で見せるのは避けたほうがいいか」
リューク団長は腕を組んでうなずく。
周囲にいた騎士たちの声が彼方の耳に届いた。
「…………おい、どう思う?」
「言い訳だろ? ザルドゥを倒せる呪文なんて、大魔道士のリーフィルだって使えるはずがない」
「だろうな。アルベールを倒した腕前は、なかなかのものだったが」
「いや。あれはアルベールが油断したからだ。普通に戦えば、アルベールは勝ってただろう」
「ああ。それは間違いない」
「リューク団長はBランクレベルと言ってたが、せいぜいDランクじゃないか?」
「そんなところだろうな」
彼方は苦笑する。
――そう思われるだろうな。だけど、それでいいや。ザルドゥを倒したって信じられたら、大騒ぎになりそうだし。
その時、十代の騎士がリューク団長に走り寄ってきた。
「リューク団長、先ほど、臨時会議が行われると連絡がありました」
「ん? 臨時会議? この時間にか?」
リューク団長が眉間に眉を寄せた。
「何かあったのか?」
「ガリアの森でモンスターを偵察してた部隊から報告があったんです」
「どんな報告だ?」
「魔神ザルドゥが何者かに殺されたらしいのです」
「…………はぁ?」
リューク団長は、ぽかんと口を開けた。
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