第30話 白龍騎士団 団長リューク

 町の中央に向かうと、高さ十メートル近い石の壁が見えた。その壁を抜けると、周囲の景色が変化した。地面に芝が生え、凝った造りの屋敷がぽつぽつと建っている。


 彼方はアルベールの隣を歩きながら、きょろきょろと周囲を見回す。


 ――石の壁の中はお金持ちの人が住んでるみたいだな。庭師やメイドがいるし、貴族…………と考えるべきだろうな。


 五分程歩くと、細長い形の白い建物が見えた。建物の前には馬屋があり、数十頭の白い馬が繋がれている。


 ――ここが、白龍騎士団の兵舎かな?


「おいっ!」


 アルベールが彼方のベルトにはめ込まれた茶色のプレートを指差した。


「お前、冒険者になったのか?」

「あ、はい。異界人でも登録できるみたいで」

「それは知ってる。しかし、Fランクか」


 アルベールは緑色の瞳で彼方を見つめる。


「お前ぐらいの年齢なら、Eランクあたりで登録されることが多いんだがな」

「いや、僕は魔力がゼロで、力も平均値より少し低めだったから。それに、この世界のことを何も知らなくて」

「魔力ゼロだと?」

「ええ。水晶玉で調べてもらったんです」

「…………そうか」


 アルベールは苦悶の表情を浮かべて、首を左右に振る。


「やはり、姉上は幻覚を見てたのだ。こんな奴がザルドゥを倒したなど…………」


 その声は小さく、彼方の耳には届いていなかった。


 ◇


 三階の部屋の扉を開くと、窓際にティアナールがいた。


「か…………彼方…………」


 ティアナールは黄金色の髪をなびかせて、彼方に駆け寄る。


「お前も無事だったんだな。ほんとによかった」


 緑色の瞳を潤ませて、ティアナールは彼方の手を握る。


「ティアナールさんこそ、元気になったんですね」

「ああ。これでも鍛えているからな」


 そう言って、ティアナールは彼方の隣にいたアルベールをちらりと見る。


「私の愚弟が失礼なことをしたようだな。土下座して謝れと言っておいたが」

「…………あ、そうなんですね」

「んっ? もしかして、土下座してないのか?」


 ティアナールは鋭い視線をアルベールに向けた。

 アルベールの顔が蒼白になる。


「あ、姉上。土下座はしておりませんが、ちゃんと頭は下げました」

「私は土下座しろ、と言ったはずだぞ」

「い、いや、しかし…………」

「ティアナールさん」


 彼方が二人の会話に割って入った。


「土下座なんていいですよ。アルベールさんは、ちゃんと謝ってくれたし」

「いや、しかし、アルベールは、お前の腹を蹴ったんだろ?」

「それは、僕の説明がまずかったんだと思います。ザルドゥを倒したって言ってしまったから」


 彼方は強張った顔をしたアルベールを見る。


 ――魔神と呼ばれるモンスターを僕が倒したと言っても信じないのが普通の反応だろう。それにアルベールさんは貴族だからな。プライドも高そうだし、土下座なんてできるようなタイプに思えない。それにしても、この世界にも土下座って行為があるんだな。


「まあ、彼方がそれでいいのなら…………」


 ティアナールはアルベールの頭を軽く叩く。


「彼方に感謝するんだな。彼方が本気を出せば、お前などすぐに殺されていたんだから」

「姉上っ! それは言い過ぎです!」


 アルベールはこぶしを握り締めて、整った唇を震わせた。


「俺は名誉ある白龍騎士団の十人長です。Fランクに認定された冒険者に負けるはずがありません!」

「まだ、そんなことを言うか!」

「姉上こそ、目を覚ましてください」

「目を覚ます?」

「ええ。こいつが姉上を助けたのは事実かもしれません。ですが、魔神ザルドゥを倒せるわけがない。Sランクの冒険者が何十人集まっても不可能なことです」


 アルベールは彼方を指差す。


「姉上はこいつに騙されてるんです! きっと、こいつは幻術を使うのでしょう」

「幻術だと?」

「はい。そして姉上を騙して、リフトン家に取り入ろうといているのです。もしかしたら、姉上を狙っているのかもしれません」

「私を…………狙う?」

「そうです。姉上は白龍騎士団だけではなく、他の騎士団の男たちにも人気がありますから。俺だって、姉上が姉上でなければ…………」

「バカっ! お前は何を言ってる!」


 ティアナールは、もう一度アルベールを叩いた。


 ――アルベールさんはシスコンみたいだな。ティアナールさんは美人だし。


「いいか、アルベール。彼方は信頼できる男だ。私を騙すなどありえない」

「…………くっ!」


 アルベールはぎらりとした目で彼方を睨みつけた。


「おいっ、お前、俺と勝負しろ!」

「えっ? 勝負?」


 彼方は目をぱちぱちと動かす。


「勝負って、何の?」

「模擬戦だ。俺とお前が一対一で戦って勝負をつけるんだ」

「アルベールっ!」


 ティアナールがアルベールの腕を掴んだ。


「まだ、そんなことを言うのか? 彼方は私の命の恩人なんだぞ」

「それとこれとは別です。私がこいつの化けの皮をはいでやりますよ」


「面白いな」


 突然、彼方の背後から声が聞こえてきた。


 振り返ると、白銀の鎧を装備した背の高い男が立っていた。

 男の背丈は百九十以上あり、すらりとした体格をしていた。髪は青く、瞳の色も青かった。男は片方の唇の端を吊り上げ、ゆっくりと彼方に近づく。


「よぉ、お前が彼方か。ティアナールから話は聞いてる。俺は白龍騎士団の団長リュークだ」


 男――リューク団長は白い歯を見せて、彼方の肩に触れる。


「うちの百人長を助けてくれて感謝する」

「いえ。目的が同じだったし、僕がティアナールさんに助けてもらったところもありますから」

「…………ふーん。謙虚だな」


 リューク団長は値踏みをするような目で彼方をじっと見つめる。


 ――この人は…………強いな。すらりとしてるけど手足の筋肉量も多い。日頃から鍛えてるのがわかる。まあ、騎士団の団長が弱いわけないか。


「実はな。俺もお前のことを疑ってるんだ」

「リューク団長っ!」


 ティアナールがリューク団長に駆け寄る。


「私のことが信じられないのですか?」

「いや、お前が信頼おける部下なのはわかってる。だが、魔神ザルドゥを倒したというのはなぁ」

「ですが、私はこの目で見たんです。彼方がザルドゥを倒すところを!」

「だから、それが本当かどうか、彼方の実力を知りたいのさ」


 リューク団長は目を細くして、にっこりと笑う。


「安心しろ。ちゃんとお互いに死なないルールにしてやるから」


 そう言って、リューク団長は彼方に向き直る。


「ってわけで、うちの十人長と戦ってくれないか?」

「剣でですか?」

「槍でもいいぞ。あ、だが、呪文は止めておこうか。本当にザルドゥを倒せるレベルの上位の呪文を使えるのなら、アルベールが即死してしまうしな」

「詠唱が必要な上位の呪文など、俺には当たりませんよ」


 アルベールがバカにした顔で彼方を見る。


「まあ、待て。目的は彼方の実力を確かめることだからな」


 リューク団長は彼方の肩に手を回した。


「なあ、彼方。ティアナールのためにも、ちょっとつき合ってくれよ」

「…………はぁ」


 彼方は唇を結んで考え込む。


 ――模擬戦ならいいか。僕も近接での戦いに慣れておきたいし。カードを使わないのなら、勝っても負けても目立つことはないだろう。


「わかりました。ケガをしても治してもらえるんですよね?」

「もちろんだ。ここには回復呪文が使える魔道師もいるし、優秀な魔法医もいる。安心して戦ってくれ」


 リューク団長は笑顔で彼方の髪の毛をくしゃくしゃにした。

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