第22話 ガリアの森にて
彼方とミケは木々の生い茂るガリアの森に入った。
森の中は空気が澄んでいて、どこからか、チチチと鳥の声が聞こえてくる。
視線を動かすと、木々の間に半透明のクラゲのような生き物が浮かんでいた。
それは緑色に発光しながら、何十本もある触手を動かしている。
――この生き物…………危険ではなさそうだな。ミケも気にしてないみたいだし。よく見たら、いろんなところに浮かんでる。
幻想的な光景に、彼方は口を半開きにして空に浮かぶクラゲたちを見つめる。
――元の世界にもいたら、癒やし系の生き物として人気がでるかもしれないな。
「彼方っ、こっちにゃ」
ミケが幅が五十センチ程の獣道を指差す。
「この先にチャモ鳥がよくいるのにゃ。巣を見つければ、卵も手に入るにゃ」
「あ、ちょっと待って」
「ん? どうかしたのかにゃ?」
「一応、武器を装備しておこうと思って」
彼方は意識を集中させる。自分を取り囲むように三百種類のカードが現れた。
――魅夜のカードは再使用時間が十日だったから、まだ召喚はできないな。クリスタルドラゴンや無限の魔法陣のカードも×印がついている。機械仕掛けの短剣もまだ使えない。まあ、今は危険な状況ってわけでもないし、そんなに強くない武器でいいか。
◇◇◇
【アイテムカード:月鉱石の短剣】
【レア度:★(1) 無属性の短剣。装備した者の攻撃力を少しだけ上げる。具現化時間:2日。再使用時間:3日】
◇◇◇
カードが輝き、彼方の目の前に短剣が具現化された。
宙に浮かんでいた月鉱石の短剣を彼方は掴む。
それは、刃渡り二十センチ程の長さがあり、刃の部分が淡い月のように、ぼんやりと輝いていた。
彼方は右手で月鉱石の短剣を握り、軽く振り回す。
――重さもほどほどで、使い勝手も悪くなさそうだ。まあ、★一つのアイテムだし、こんなものか。
「にゃっ! 彼方はアイテム収納の能力があるのかにゃ?」
ミケが驚いた顔で彼方を見つめる。
「それって、物を別の空間に収納して、好きな時に取り出せる能力…………でいいのかな?」
「そうにゃ。商人の人が持ってると便利なのにゃ。冒険者の中にも持ってる人がいるにゃ」
「たしかに便利な能力だろうね。荷物の移動が楽になるし」
「他にもマジックアイテムで、大きな物を入れられるポーチがあるのにゃ。でも、それは高いのにゃ。金貨十枚ぐらいするのにゃ」
「そういうアイテムもあるのか」
「彼方は必要ないみたいだにゃ」
「あ、いや。僕はアイテム収納の能力はないから」
彼方はぱたぱたと左手を左右に振る。
「僕の能力はカードを使って、武器や防具を具現化したり、呪文を使ったり、強い生物を召喚したりすることかな。だから、アイテムを出し入れすることはできないよ」
「カードがよくわからないけど、できないのは残念にゃ。彼方がアイテム収納できるのなら、大きな赤猪も丸ごとお肉屋さんに持っていけるのにゃ」
「まあ、それはお金を貯めて買うしかないね」
その時、十数メートル先の茂みがガサリと音を立てた。
彼方は素早く月鉱石の短剣を構える。
数秒後、茂みの奥の木の陰から、背丈二百五十センチ以上のオーガが現れた。
オーガは薄い緑色の肌をしていて、腰に汚れた毛皮を巻いていた。グローブのような手には、巨大な棍棒が握られている。
「オーガにゃ!」
ミケが鉄の短剣を構えて、猫のように威嚇の鳴き声をあげた。
「これは強いモンスターにゃ! 彼方っ、逃げるにゃ!」
「ミケは離れてて!」
彼方はミケを守るように前に出て、オーガを対峙する。
――オーガはファンタジー小説やゲームに登場する怪物で、巨体で人間の肉を喰う設定が多かった気がする。外見と武器から想像しても、力が強いのは間違いない。
視線を動かすと、オーガの体にいくつかの傷がついていることに気づいた。
――このオーガは手負いってことか。この辺りにモンスターはいないってミケが言ってたし、どこからか逃げてきたのかもしれない。
オーガは黄色くにごった目で彼方を睨みつけ、ゆっくりと右足を前に出す。
地面が振動し、彼方の履いている上履きに、その振動が伝わる。
――こいつがザルドゥより強いはずはないんだし、レア度の低い召喚カードや呪文カードでも倒せるはずだ。だけど、ここは戦闘に慣れておくためにも、この短剣だけで戦ってみよう。
「グウウッ!」
オーガは低いうなり声を上げて、巨大な棍棒を振り下ろした。
彼方は左足を下げて、その攻撃を避ける。
棍棒が地面を叩き、土煙が周囲に舞った。
彼方は後ずさりしながら、オーガとの距離を取る。
――棍棒の攻撃を受けたら、即死だろうけど、動きは鈍いし読みやすい。これならいける!
オーガが棍棒を振り上げた瞬間、彼方は素早く前に出て、オーガの腹部を月鉱石の短剣で切った。緑色の硬そうな皮膚から、青紫色の血が流れ出す。
「グアアアッ!」
オーガは咆哮をあげて、棍棒を振り回す。
彼方はその攻撃を冷静に避け続け、少しずつオーガに傷を負わせていく。
やがて、オーガの動きが止まった。
荒い息を繰り返し、開いた口から唾液が垂れる。
「もう、止めたほうがいいよ」
彼方はオーガに話しかけた。
「君は僕には勝てない。力は君のほうが強いけど、攻撃がわかりやすいよ」
「グウウ…………ググッ!」
「言葉は通じない…………か」
――逃げてくれれば、殺さなくてすむ。相手がモンスターでもなるべくなら殺したくない。でも、これ以上、攻撃してくるのなら、殺すしかない。
彼方の目がすっと細くなった。
その時、オーガのノドにナイフが突き刺さった。
「ゴッ…………ア…………」
オーガのノドから大量の血が流れ出し、その血が緑色の肌を青紫色に染めた。
「ゴボ…………」
溺れるような声を出して、オーガが前のめりに倒れた。
彼方は視線を左に動かす。
そこには、黒髪の少女が立っていた。
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