第23話 Dランクの冒険者たち

 少女は十五歳ぐらいの年齢に見えた。髪はショートボブでスレンダーな体格をしている。

 服はセパレートタイプの革製で腹部の肌とへそが見えていた。少女のベルトに緑色のプレートがつけられているのを見て、彼方は彼女がDランクの冒険者だと理解した。


 ――この子は…………人間みたいだな。武器は投げナイフか。ブーツの側面にもナイフが挟まっている。オーガのノドを正確に狙ったみたいだし、なかなかの実力者なのかもしれない。


 少女はゆっくりとオーガに近づき、その死体を確認する。

 十数秒後、少女は溜めていた息を吐き出して、彼方に向き直った。


「言っとくけど、あなたたちの獲物を横取りしたわけじゃないからね」


 鈴の音のような可愛らしい声が少女の口から漏れた。


「そいつの退治を依頼されたのは、私たちのパーティだし、先に戦っていたのも私たち。そして、とどめをさしたのも私だから」

「あ、うん。手柄を横取りするつもりはないから」


 彼方は月鉱石の短剣をベルトに挟んだ。


「僕は氷室彼方。君の名前は?」

「レーネ。見ての通り、シーフね」

「シーフ…………」


 ――シーフって、たしか盗賊ってことか。ファンタジー小説だと、素早さがあって、ダンジョンのトラップを解除したり、宝箱を開けたりするイメージがある。  


 レーネは彼方の服をじろじろと見つめる。


「あなた…………変な服着てるのね」

「あ、僕は異界人で、この世界に来たばっかりだから」

「…………そういうことか」


 彼方がベルトを加工してはめ込んでいたFランクのプレートをレーネはちらりと見る。


「Fランクなんだ?」

「うん。今日、冒険者ギルドに登録したばかりだから」

「ふーん。そのわりには、上手くオーガの攻撃を避けてたね。それに、武器の短剣もいいもの持ってるじゃん。何かの効果がついてるマジックアイテムだよね?」

「わかるの?」

「そりゃあ、シーフだから、物の価値がわかってないと仕事にならないし」


 レーネの漆黒の瞳が僅かにきらめく。


「おいっ!」


 レーネの背後から二十代後半ぐらいの背が高い男が現れた。

 男は革製の鎧を装備していて、腰にロングソードを提げていた。

 その背後に狼の顔をした大柄の獣人が斧を持って立っている。

 男は鋭い視線を彼方に向けた。


「お前は?」

「異界人だって」


 レーネが彼方の代わりに答えた。


「名前は彼方でFランクの冒険者」

「何だ。Fランクか」


 男は片方の唇の端を吊り上げて笑う。


「じゃあ、オーガを倒したのはレーネか?」

「うん。彼方もオーガと戦ってたけど、手柄を横取りする気はないらしいから」

「それならいい」


 男は彼方の肩を軽く叩く。


「まあ、俺たちのパーティーが近くにいてよかったな。Fランクの冒険者がオーガと戦うのは厳しかっただろ?」

「…………そうですね」


 彼方は首を縦に動かす。


「あなたはDランクですか?」

「ああ。俺たちは全員Dランクのパーティだ。俺はザック。後ろにいる獣人がムルだ」


 男――ザックは親指を立てて、背後にいるムルを指差す。


「で、お前たちは、ここで何をしてたんだ?」

「食べ物探しにゃ!」


 ミケが言った。


「ミケたちはFランクなので、依頼がなかったのにゃ。だから、ガリアの森で食べ物を探しているのにゃ」

「あーっ、そっか。まあ、Fランクならしょうがねぇな。俺は最初からEランクだったし、すぐに昇級試験でDになったが」

「ミケはずっとFランクにゃ」

「だろうな」


 ザックはバカにした顔で肩をすくめる。


「まあ、お前たちは帰ったほうがいいぞ」

「どうしてですか?」


 彼方がザックに質問する。


「この辺りに危険なモンスターがいるんだ。そこに転がってるオーガよりもな」

「どんなモンスターなんです?」

「ゴブリンだよ」

「ゴブリン?」

「ああ。ただし、百匹以上いるがな」


 ザックが短く舌打ちをした。


「ゴブリンは一匹ならたいしたことないが、数が多いと危険なモンスターだ。百匹以上のグループだと、リーダーは統率力があって、頭もいいはずだ」

「ゴブリンか…………」


 ――ザルドゥの部下のゴブリンと戦った時は五匹だったからな。百匹以上なら、たしかに危険だ。


「彼方っ!」


 ミケが彼方のシャツの袖を掴んだ。


「ゴブリン百匹は危険が危ないにゃ。違う場所に行くにゃ」

「そうだね。無理に戦う必要はないし」


 彼方はザックに視線を戻す。


「あなたたちはどうするんですか?」

「俺たちの依頼は、家畜を襲ってたオーガの退治だ。それは達成できたが、もう一件、腐肉キノコの採集の依頼があってな」

「腐肉キノコ?」

「モンスターの死体に生えるキノコだ。秘薬の材料になるのさ」

「そんな依頼もあるのか」

「ザック…………」


 黙っていた獣人のムルがザックに声をかけた。


「急ごう。百匹以上のゴブリンとまともに戦ったら、俺たちもやばい」

「そうだな。さっさと依頼を終わらせて、酒場で一杯やるか」


 ザックとムルは彼方たちに背を向けて歩き出した。

 レーネが彼方に近づき、月鉱石の短剣を指差した。


「ねぇ、その短剣、私に売る気ない? 金貨二枚にリル金貨三枚で買うけど」

「この短剣は売れないんだ」

「じゃあ、金貨二枚にリル金貨五枚でどう?」

「いや、お金の問題じゃなくて、二日で使えなくなる武器なんだよ」

「はぁ? 呪いがかかってるってこと?」

「そんなところだね」


 彼方は月鉱石の短剣に触れる。


 ――カードの能力のことは話さないほうがいいな。この人たちが敵になる可能性は低そうだけど、自分の力を他人に教えないほうがよさそうだ。ここは僕が知らない異世界なんだから。


「まあ、いいや。もし、いいマジックアイテムを見つけたら、私に相談してよ。高く買ってあげるから」

「そんな仕事もしてるんだ?」

「いろいろと欲しいものがあるからね。この世界はお金があれば、なんでも買えるから」

「なんでも?」


 彼方の質問にレーネがうなずく。


「そう。庭つきの豪邸に住めるし、舌がとろけるような料理も毎日食べられる。それだけじゃなくて、若返りの秘薬や美しくなれる果実も手に入るんだから」

「そんなものまで、この世界にはあるんだ?」

「若返りの秘薬は金貨一万枚でも買えないけどね」


 レーネは唇をすぼめて、ふっと息を吐く。


「まあ、Fランクのあなたたちじゃ、一日に銀貨五枚稼ぐのもきついでしょうね。どうせ、手持ちの金も少ないんじゃないの?」

「お金は持ってないよ」

「えっ? リル貨一枚もないの?」

「リル貨がどのぐらいの価値かもわからないし」

「リル貨十枚で銅貨一枚、銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚でリル金貨一枚、リル金貨十枚で金貨一枚ね。それぐらい覚えておかないと、この世界で生きていけないよ」

「硬貨が五種類ってことか…………」


 彼方は親指の爪を口元に寄せる。

 ――銀貨一枚が千円と考えると、リル貨が十円、銅貨が百円、リル金貨が一万円で金貨が十万円か。一日三回…………いや、二回の食事をするとしても、最低銀貨二枚以上は稼いでおきたいところだな。服も目立たないものにしたいし。


「しょうがないなぁ」


 レーネは腰につけていたポーチから花のイラストが刻まれた銅貨を一枚取り出して、彼方に渡した。


「本当は渡す必要なんてないんだけど、あなたがオーガと戦った分ね」

「いいの?」

「このぐらいならね。王都に戻って、ポク芋のバター焼きぐらいは食べられるでしょ」

「ありがとう。助かるよ」


 彼方はレーネに向かって丁寧に頭を下げた。


「…………あなた、変わってるね」


 レーネが彼方の顔を覗き込む。


「本当はもっと要求してもいいぐらいなのに」

「その手の交渉ができる程、この世界に慣れてないから」

「そのおかげで、こっちは助かったけどね」


 そう言って、レーネはピンク色の舌を出した。

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