第27話

「今回は武夫が隙だらけだったからよかったものの、この会社にはまだ武夫を尊敬している人や広清家の人達があなたを無理にでも偉い位にしようとするかもしれないからよ。だから、もうここには居て欲しくないの。」


「で、でも、少しぐらいは…。」


「でもじゃないの。早く須原家に帰って。」


「…嫌だ。私はここから出て行かないよ。」


 だが、波瑠はいつも言わないような反抗的な言葉を言っていた。


「なんで、私の言う事を聞いてくれないのよ。波瑠!!」


「だって!お母さんのを聞けてないもん!!」


「えっ、本音って、どういう事よ…。」


 栞さんがそう言うと波瑠は、下を向いてぽつりと言った。


「じゃあ、。」


「それは…、私が母親として失格だからよ。」


「なにがどう失格なの!?」


 椅子を倒しながらも栞さんに言い返した。


 すると栞さんも、


「なんで分かってくれないの!もう、波瑠の分からずや!!バカ!」


 と立ち上がって言い返してきた。


「お母さんだって、自分のこと何もわかってないじゃん!あほ!!」


「あほって、はぁ~昔の波瑠だったら、もっと素直だったのに。てか、それを言ったら…」


 段々口げんかもエスカレートしてきたが、後ろから、


「あ~、兄ちゃん?なんか二人して幼稚な口げんかになってるけど、親子だからなのかな?」


「う、う~ん。」


「お母さんのあほ、あほ、あほ!!」


「波瑠のばか、ばか、ばか!!」


「それとも、二人とも相手が傷つかないように言葉を選んだら、あぁなった感じなの?」


「確かにそうも見えるが…。」


 陽葵は俺の所に来て話してきたが、陽葵も同じ事を思ったらしく、エスカレートしていくにつれ段々と子供っぽく「ばか」だの「あほ」だの連呼して、二人は喧嘩をしていた。


 一応親子げんかに見えなくも無いが…。


 それに陽葵は苦笑いをしながらこうも言ってきた。


「しかも波瑠ちゃん、栞さんに似てるからなのか、これじゃさっきと同じでいつまで経っても収拾がつかない喧嘩になってると思うんだけど。」


「それを俺に言われてもなぁ~。」


 陽葵は呆れ声になっていて、俺も分からんでもないが、割って入ってもどうにも出来なさそうな雰囲気だしな。


 そう二人で話していると向かいから山村さんが頭を抱えながらこっちに来た。


「栞社長は熱中し過ぎると周りが見えなくなるのですが、まさか親子喧嘩がこんな感じになるとは思いませんでした。」


「思いませんでしたって、山村さんさっきの爺さんと栞さんを止めた時の様に、また二人を止める事は出来ないんですか?」


 俺は何とかしてほしくて山村さんに聞いてみたが、


「無理ですね。こっちの二人の喧嘩は、私でも止められそうにありません。」


 とバッサリ断られた。


 おいおい、どうするんだよ。


 このままだと話が終わらないし、陽葵も山村さんもどうにも出来なさそうにただただ二人の事を見守ってるだけだし、あぁ~、いっそのこと俺が説得するしかないのか!?てか、そうするかぁ。


 俺は二人に何か言われることを覚悟して、話に割って入った。


「おい、二人とも話を…。」


「「拓磨君(さん)は黙ってて。」」


 二人してこっちを見ながら怒鳴って来た。


 うわ、こわぁ!そこだけ息が合うの何なんだ!


 俺は少したじろいたが、ここで引き下がったら駄目だ。


 と俺はそう思って、ダメ押しで机を強く叩いてみると流石に喧嘩が止まった。


「な、いきなりテーブルを叩いてなんなの。」


「そ、そうだよ。いきなり何、拓磨君!?」


 俺が横やりを入れたからなのか、栞さんも波瑠も不服そうに言ってきた。


 だが、そんな事よりも俺は言わないとな。


「あのな、そもそも波瑠と栞さんは喧嘩してどうするんだ。」


「それは、お母さんが分かってくれないから…。」


「私は、波瑠にこんな所に居て欲しくなくて…。」


 波瑠は慌てており、栞さんはしどろもどろに言ってきた。


 全く、ここまで言ってもまだこんな調子かよ。はぁ~、俺がちゃんと順を追って言わないといけないか?


 仕方なく俺は、一人ずつに説教をしてやることにした。


「一旦、二人とも座って聞いてくれ。」


 そう言うと二人は静かに座り始めた。


「で、まず波瑠に言うが『本音を聞けてない』って言ったって事は、十年間連絡出来ない理由は分かってて、言ったんだろう。」


 波瑠は静かにうなずく。


「じゃあ、何で怒ったんだ?」


「お母さんと話がしたいって言ってるのに聞いてくれなくて、しかも『帰って』て言われたからそれでつい…。」


 そう言って波瑠は下を向いた。


 まぁ、あれだけ『お母さんに会いたい』と言ってここまで来たのに、『帰れ』ってその一言で片付かれたら怒るのも無理もないよな。


 それでも、俺は言いたいことがある。


「でもな、俺らも連絡をとらずにここまで来たから『帰れ』って言われても当然だと思うぞ。あと、結局危ない目にも会いそうだったし。」


「…。」


 波瑠は何も言わないが、何となく波瑠も分かってくれただろう。


「で、次に栞さん。十年間連絡出来なかったのは、『母親失格』との事ですが、あんなに波瑠を思って頑張ってるのがさっきの会話で分かるのに、何を持ってそういってるんですか?」


「それは…。」


 栞さんは、少し口籠った後、


「仕事が忙しくて十年間も波瑠の事を見放したのよ。だから、私は母親として失格なの。」


 と答えてくれた。


 この感じだと、もっと言わないと駄目なのか。だったら、


「そんな事…。」


「そんな事はありません!!」


 俺は言おうとした時、今まで黙っていた山村さんが急に俺が言おうとした事を先に口にした。そして、


「十年間、波瑠さんの為に必死に頑張っていたのは、誰よりも分かっています。だから、自分を悪く言わないで下さい。栞社長!」


 と続けて言った。


 また、陽葵も続けて言ってきた。


「というか、兄ちゃんの言うように栞さんの話聞いてても波瑠ちゃんの為に色々やってきた感じにしか聞こえないし、お母さん失格って言う方がおかしいと思いますよ!」


「二人とも…。」


 山村さんと陽葵の言葉に少しは揺らいだように思えたが、


「…それでも、やっぱり。…私は。」


 栞さんは、まだためらっていた。


 何だよ、まだ何か言わないといけないのか。だが、他に俺らが言う事なんか…。ん?


 すると、波瑠が立ち上がって栞さんの方に行き、


「お母さん、…確かに十年間お母さんに会えなくて私も寂しい時や辛い時もあったけど…。」


 そっと栞さんに抱きついた。そして、


「お母さんは何も悪くないし、自分が辛かったのを棚に上げちゃ駄目だよ。」


 そう波瑠は、涙を流しながら言った。


 すると、栞さんも波瑠の涙に釣られてなのか、涙を流し始めた。


 何だか、ほとんど役どころをみんなに取られた気がするが、まぁ結果的にいい方向に行ったからこれでいいか。


 まだ泣き止んでいない時だったが、栞さんが、


「波瑠、さっきはごめんね。素直になれなくて。本当は私もずっと、ずう~っとあなたに会いたかったわ。」


 と、ようやっと素直な気持ちを波瑠に伝えた。


 そんな波瑠は、首を横に振っていった。


「うんん、私もお母さんに謝らないといけない事があるからいいよ。」


「えっ、波瑠は別に何もしてないでしょ。」


「お母さんは覚えてないかもしれないけど、十年前に『いい子に待っててね。』って、言われたけど。待たないでここまで来ちゃったから。」


「そんなこと言ってたかしら?…だけど。」


 栞さんは涙を流しながらも笑顔で、


「今まで待たせて、ごめんね。波瑠。」


 波瑠にそう答え、栞さんは波瑠の事を強く抱きしめた。


 やっとだが、二人の喧嘩も収まって一件落着だし、波瑠も「お母さんと話したい事が山ほどある」って言ってたから、俺と陽葵だけでも先に駅の方に行った方がいいよな。


 陽葵に帰る事を伝えようとして、陽葵の方を見ると「良かったね。波瑠ちゃん。」と言うような顔をして波瑠たち親子を見ていた。


 その気持ちは分からなくないが、俺達がここにいても邪魔になるだけだから、陽葵の袖を軽く引っ張り、「何?」と言うような顔をしていたが耳打ちで、


『俺達はそろそろ行くぞ。』


 と小声で話し、陽葵は察したのかコクコクと頷いた。


 そして、俺は静かに立ち上がり山村さんに軽くお辞儀して会議室から出ようとした。


「えっ。二人ともどこ行くの?」


 だが、こっちに気づいた波瑠が止めて来た。


「いや~、親子水入らずって言葉があるだろう。だから、俺達は波瑠を残して先に駅の方に行こうと…。」


「でも、お母さんまだ仕事が残ってると思うから本当は残りたいけど、私も、…行かないと。」


「「あっ。」」


 陽葵も驚いていたが、そう言えば俺達は休日だから忘れていたが、社員が来ているという事はロスガ製菓は今日も仕事なのか。


 波瑠がそう言った後、栞さんの顔を見ると落ち込んでいる。


「そうね。今日はまだやる事が…」


「いいえ、栞社長。」


 言いかけていた栞さんに、山村さんが遮ぎって来た。


「武夫会長のせいで、最近色々な仕事を前倒しにやって来たじゃないですか。」


「えっ?まぁ、確かにそうだけど、それがどうしたの?」


「実は、もう今日の分の仕事も終わっているので、この後はそれほど忙しいものが残っていないんですよ。なので、波瑠さんとゆっくりしてても問題ないです。」


「あれっ、そうだっけ!?」


 栞さん自分でやってきた事で驚いているが、それほど夢中になるという事はやっぱり波瑠の事が心配なんじゃん。


 そう思っていると陽葵が急に、


「仕事終わってるなら、二人で栞さんの今いる家に帰ってもいいんじゃないの?」


 と言ってきた。


「何言ってるんだ。陽葵!?」


「だって、その方がもっと長く話が出来ると思うけど。何なら土日も使って、とか。」


「土日もって、爺さんに使えていた他の社員がまた波瑠を狙ってきた場合どうする…。」


「それも問題ありません。」


「へ?」


 急に山村さんが勝ち誇ったような声で割って入って来たので疑問の返答をしてしまったが、俺はどういう意味なのか早速聞き返した。


「どういうことですか?」


「はい、物凄く簡単な話しなのですが、武夫会長に使えてる人達を探し当てたのちに、その人たちの仕事の量を少しばかり多くさせました。」


「あぁ~、そうね。確かにあいつらに仕事の量を増やしてやったわ。」


 うんうん。と栞さんは頷いていた。


 へ?あぁ~、もしかして、一緒にここまで来た会社員が忙しいって言ってたのは、仕事の量を増やされたから、忙しいって言ってたのかぁ…って、それってありなのかよ!?


 だが、爺さんも変なことやってたし普通の事だろう。と俺はそれで納得した。


(納得すると言っても、まぁ、普通の会社だったら、ありえないと思うがな。)


 本当にいろいろと解決した事だし、俺は波瑠に、


「じゃあ、俺と陽葵はそろそろ帰るとするわ。」


 と一言だけ声をかけて、ここから立ち去ろうとしたが、


「ちょっと、待って、拓磨君!!」


 今度はいきなり大声で波瑠に呼び止められた。


「っと、今度は何だ?」


「えっと、その…。」


 波瑠は立ち上がった後、少し深呼吸をして頭を下げてきた。


「今日はほんっとうについて来てくれて、ありがとう!」


 深々と下げていたが、俺は、


「おいおい、俺は何もしてないぜ。」


 そう答えたが、波瑠は顔を上げ立て笑顔でほほ笑んできた。


「うんん、こうしてお母さんと話し合えたのも拓磨君のおかげだよ。」


 う~ん、そう言われてもなぁ。


 今思えば山村さんが親子喧嘩に割って入らなかったのは、自分達でどうにかしてほしくて割って入らなかったのだろうが俺は、いい加減にしてほしくて栞さんと波瑠の親子喧嘩に割って入ったからなぁ~。


 だが、波瑠もこういってることだし、俺は、


「まぁ、俺は何もやってはいないと思うが、波瑠がそう言うならそう言う事にしとくか…。」


 そう言って、右手を後ろにし、首に当てた。


「波瑠ちゃん、私は?」


 陽葵も褒めてほしくて、聞いていたが、波瑠は陽葵の方も見て微笑み、


「陽葵ちゃんもそうだよ。」


 と答えた。


 そうして、俺達は帰る事になったが、一階まで三人が見送ってくれた時に栞さんの提案で山村さんが車で俺と陽葵を家まで送るという話が出たが、山村さんが「一応武夫会長を見張るので、誠に申し訳ございませんが無理ですね。」との事だったり。


 逆に栞さんが俺達を車で家まで送るという話も出たが、これ以上親子の邪魔もしたくないのでそれも遠慮した。


 で、俺達はロスガ製菓の一階で波瑠達に手を振った後、そのままバス停まで歩いて行った。


 バス停に着くとバスもすぐさま来て、その後もとんとん拍子で電車まですぐさま乗れ、適当な所に座れたが、そう言えば俺達は昼飯を食うのを忘れていた。


 まぁ、あれだけの事があってしかもすぐに電車に乗れたから仕方ないっちゃ、仕方がないかもしれないが、今更急に腹が減り出してきた。


 降りる駅に着いてからでも、陽葵にどこで昼飯を食うのか聞くか。


 と思っていた所、隣で陽葵が考え込みながら、


「そう言えば、さっき、何ですぐに止められる言葉を思い付いたの、兄ちゃんは?」


 と俺に聞いてきた。


「さっきって、喧嘩のことを言ってるのか?」


「あっ、主語忘れてた。そう、喧嘩、喧嘩。」


 まぁ、あそこは俺の勘と成行きで言った発言なんだが、一言で言うと。


「成り行きに任せて発言したらどうにかなっただけ。 」


 それぐらいしかなかったが、そう言うと陽葵は、


「へぇ~、兄ちゃんのいつものその場しのぎのごまかしが役に立ったってわけか。」


 と、一言余計だが納得してくれた。


 そんな陽葵は俺を見てニヤニヤしていた。


「なんだよ。」


「いや~、本当に兄ちゃんは、そういう変な時だけ機転が利くよね。」


「どういう意味だよ。それ。」


「さっきだって、波瑠ちゃんが危なかった時も咄嗟に『俺が助けてやるから心配するな』って、臭いセリフ言ってたじゃん。それと同じだよ。」


「なっ。そのことまだ言うのかよ!」


 そんな感じに陽葵と電車の中で何気ない会話(特にロスガの菓子の話)を途中まで話すが、途中途中うつらうつらと陽葵がし始めた。


 陽葵も朝早くに起きたから、眠くなったのだろう。


 じゃあ、俺達の降りる駅の一駅前には起こすか。


 そう思いながらも俺は、暇になったのでその間までスマホでゲームをしようとポケットから取ろうとした時、いきなり陽葵が急に「あっ!!」叫びながら起きた。


「あれ!!そう言えば、波瑠ちゃんってこの先須原家に帰ってこないじゃ、な、い、のぉ。」


 その一言だけ言った途端、また寝始めた。


 うん?どういう意味…、あっ!


 確かに言われてみれば、波瑠もお母さんと会え、しかも、そのままお母さんと一緒に帰れるのならいっそのこと一緒に住みたいと思うのかもな…。


 だ、だが、なんだか、一ヶ月もうちにいたのに急に帰るって、何故かモヤモヤする…。


 そう電車の中でモヤモヤしていると、気が付けば降りる駅の一駅前まで来ていた。


 ヤッバ、陽葵を起こさんと。


 無理やり起こして降りた後、陽葵に昼飯の話をされて近くのレストランに入ったが、その後は何を食べたのか味すら覚えていないが強いて言えば、レストランを出た後、陽葵に


「兄ちゃん、さっきからぼーっとしてるけど、急にどうしたの?」


 と言われた。


 いや、お前のせいでこうなってんだが?


 結局、俺達はそのまま家に帰り、その後も記憶なく土曜日が終わり、波瑠は日曜日も俺ん家には来ることはなかった。


 波瑠はこの先、栞さんと一緒に暮らすのかも聞けず、俺はただただ暇な日曜日を過ごした。

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