第26話

―八階会第二議室―


「で、今に至るんだけど、二人とも分かった?」


「う~む、分かったような、分からなかったような。」


「拓磨君、要は二階で陽葵ちゃんが偶然秘書さんに会ったからのと、拓磨君がスマホで連絡しあったから私達は助かったって事だよ。」


 波瑠に搔い摘んで言ってくれたから、何となくは理解した。


「何で兄ちゃん分からないんだよ。」


「だってよ、要らない部分が多すぎるし、もっと短く言えないのかよ。」


「え~。いいじゃん。あっちだって…」


 そう言いながら陽葵はチラッと横を見ていて、俺もそっちを見ると、


「大体あなたは昔から強引過ぎるのよ!あの時だって!!」


「それは勝手に出て行ったお前が悪いんじゃぞ!特に、あんな高本っていう男を好きになるからこんな面倒なことになるんじゃ!!」


「はぁ?好きになることは誰にだってあるでしょ!それに、私はあなたのことや広清家が嫌いなのよ。」


「何じゃと!?ワシはなぁ…!」


 そんな感じに二人で言い争っていて、その奥に秘書の山村さんは呆れてタブレットを弄っていた。


 陽葵が長く話していても終わらないって、二人はどれだけ仲が悪いんだ。


「ねっ、だからいいでしょ。」


「いいのか分からんが、あれ、まだ続くのか?」


「陽葵ちゃんが話していて、大分時間たってるのにね。」


 俺達三人でそっちの方を見ていると山村さんが気が付いて、二人の言い争いに割って入って入った。


「二人共いい加減にして下さい。子供たちが二人の言動を見て困っていますので、まずは色々と説明して下さい。」


「「何を(じゃ)!?」」


 二人は怒った表情で同時に山村さんに言い放ったが、山村さんは表情を変えずに続けた。


「そもそもの原因や、ここに至るまでを話すんですよ。」


「へ?あっ、そういえば、なんで私がここに来たのか二人には話していなかったわね。それなんだけど…」


「栞さん、それなんですが、二人が言い合いしてる時に私が話したので、それよりも山村さんが言っていたのですが、何で波瑠ちゃんが危ないのか教えて下さい。」


 陽葵が言ってることは俺と波瑠は分かっているが、それよりも栞さんが驚いていた。


「え、何で陽葵ちゃんが先に説明してるの?そんなに時間たってないはずだけど。」


「栞社長、ここに来てからに数分は会長と言い合いしてましたよ。」


「そんなに経ったの?」


 そんなにって、自分で時間が分からなくなるほどかよ。


 こっちにいる三人は唖然とし、山村さんはまたまた呆れていたが、爺さんだけは違って、子馬鹿にするような笑いを放っていた。


「ふん、そんな事も分からんとは、今の社長は時間が読めん奴じゃな。」


「何よ、あなたは分かっていたの?」


「ワシは、…分かっておったぞ。」


「じゃあ、何分たったか教えなさいよ!」


「教える訳ないじゃろう!!」


 爺さんはそう言いつつも、めっちゃ目が泳いでいた。ぜってー分かって無い目だろ。


 まだ二人はいがみ合っていたが、


「いい加減にしなさい!!!」


 山村さんが怒鳴り声をあげた後、二人は静かになった。


「まずは陽葵さんが聞いている疑問を答えて下さい。」


「…それなら、話も長くなると思うから、みんな一旦座って。」


 また長い話か。


 そんな事を俺は思いつつも全員座って、俺達三人はまたドア側に座り、俺から見て目の前左からに栞さん、山村さん、爺さんの順番に座った。


 山村さんが間に入った理由は何となく察するが、それでも栞さんと爺さんは山村さんが間にいるのに関わらず睨み合っていた。


「では、まず私たち二人の名前から。と言いたい所ですが、その様子だと陽葵さんが私たちの名前も話した感じですよね。」


「はい、話しました。」


「じゃあ、早速陽葵さんが気になったことを言えばいいのね。」


 睨み合っていた栞さんが止めて、姿勢を正していた。


 だけど、陽葵が言う「波瑠が危ない」って事は、爺さんが波瑠を許婚に合わせる話とかだろ。


 もう知ってるから、俺と波瑠はそんなに衝撃な事でないだろう。と思っていたが、


「それなんだけど、こいつは波瑠を政略結婚させて、会社を拡大させようという計画を社員から聞いたから早く行こうって言ったの。」


「「はぁいぃ~?」」


「そうなんだぁ。なんか、ドラマっぽい。」


 陽葵の言ってる事は分かるが、爺さんが俺達に言っていた「許嫁」がまさかの「政略結婚」って、俺たちの想像以上に変なことを波瑠にさせようとしたんだな、この爺さん。


「私も会長さんが『家に早く行こう』って言っていた時から、なんだか怪しいと思っていたけど、そんな事をするなんて、会長さんは何がしたいんですか!」


 波瑠も実は「政略結婚」の為だったと聞かされて、納得がいかない様子で怒っているが、まぁ、そりゃ怪しいし、怒りたくもなるはな。


 波瑠がそう言うと爺さんは黙っていたが、


「何がしたいのか?こいつは会長の立場が危うくなっているからしたのよ。」


 と、栞さんがまた急に言ってきたが、爺さんも図星を突かれたのか顔をそむけた。


「じゃあ、自分の立場をよくするために波瑠を連れて行こうとしたのか。爺さんは、本当に自分のことしか考えてないな。」


「いいや、ワシは波瑠の将来を考えている。」


「お爺さん、そんなことを言っても信用できないよ。波瑠ちゃんの事を本当に大事に考えているなら普通…」


「子供に何が分かるというんじゃ!」


 俺と陽葵が言ってることが正しいはずなのに、爺さんは逆ギレしてきた。


 逆ギレしてきた爺さんだが、栞さんが、


「子供に逆ギレするな!それにあなた達も話が進まないから今は入ってこないで。」


 と、止めに入って来たが、栞さんもさっきまで自分がそうなっていた事に気づかないのか?


 そう言いたかったが、話が進まないのでいうのは止めておいた。


「それに、波瑠を連れてきて何かしようとしてたのは、社員から聞かせてもらう前から何となく分かっていたわ。」


「うん?それはどういうことですか?」


 俺は疑問に思って、すぐに聞き返したが、栞さんの表情が暗くなりつつ話してくれた。


「…十年前に私も同じことをされたからよ。」


 その言葉を言った時、俺は前に波瑠が言っていた(正確には小波が波瑠に聞いてから後に聞かされた)事が頭に出てきた。


 十年前と言うと、波瑠がお母さんと会えなくなった時とほぼ一緒じゃないか!


 二人も分かったのか知らんが、何も言わずに黙っていて、そのまま栞さんの話は続いた。


「十年前の当時、私は専業主婦で家の洗濯物やお掃除などをやって、波瑠や夫と何気ない楽しい日常を送っていた。だけど、ある日突然の一本の電話からその日常も崩れたの。」


 栞さんは話していたが、プルプルと震え始めた。


「その一本の電話は、私自身で縁を切ったはずの武夫とロスガ製菓からの電話で、家の住所も教えないで出て行ったのに電話がかかって来て、私は驚いたわ。」


 栞さん、震えながら話してるけど、俺と陽葵はこの話を聞いていいのか?


 波瑠の家庭の話を聞かされ、俺はどことなく居心地が悪かったが栞さんは震えを抑えるためなのか一呼吸して、また話し始めた。


「それで電話で一方的に色々な話を聞かされて、私に社長をやって欲しいと言ってきたの。当然、武夫がいるから丁重に断ったん、だけ、ど…」


 栞さんは一呼吸したのはいいが、段々気持ちが込み上げてきて涙声になっていた。


「栞社長、辛いなら私が変わりますよ。」


「ええい、こんな無駄話は止めにせんか。それよりも早く波瑠を…」


 爺さんは何故か焦ったような声で言ったが、波瑠が淡々とした声で、


「武夫さんは黙って下さい!!」


 と怒鳴っていた。


 普段はあんまり怒らないのに急だったからビビッたし、波瑠の睨んだ顔も一度も見た事なく、今日初めて見たが、めっちゃ怖えー。


 隣の陽葵も震えてるし。


 爺さんも怯んで何も言えなくなっていたが、栞さんが涙を手で拭って、


「千広、心配させてごめんね。大丈夫よ。私が話さないといけないから。」


 波瑠の方を向いて言った。


「それで、断った時に『お前に娘がいる事は分かっている。お前が駄目なら娘を連れて行く。』って言いだしたから、仕方なく私は受けなければいけなかったの。」


 そう言いつつ、栞さんはまた少し泣いていた。


 これで栞さんが十年前に家を出て行った理由は俺は分かったが、何かが引っかかる。


 波瑠も納得いってないようで、質問していた。


「あの、それって会社の人たちで決める者じゃ、ないのですか?」


 それだ!確かに会社はそうやって社長を決めるんじゃないのか?


「本当の会社だったらね。だけど、こいつが無理やり会社に言って、私を社長にしたのよ。」


 おい、こんな話なら栞さんが怒るのも納得いくわ。


 俺は爺さんに呆れ切って椅子を深く座ったら、横にいる二人が爺さんを見ているのが見えたが、よく見ると侮蔑しているような目で見ていた。


「あと補足なのですが、このロスガ製菓は広清家で百年続けてきましたが、前社長であった武夫さんの時に経営が傾き、二十年間ひどいことになっていました。ですが、今の栞社長は色々と経営の勉強をなさっていたので一部の会社の人達も出来ると見込んで社長になったのもあります。」


 山村さんが補足と急に言ってきたが、経営が落ち込んでいるのにやらされるって大変でしかないじゃん。


 かなり頑張ったんだろうなぁ。


 そう思っていると栞さんが、


「確かに千広が言うように高校や大学時代に経営について学ばさせられたり、無理やりロスガの手伝いやらされて、知ってる人からは期待されてたね。一部だけど。」


「まぁ、期待してない派の一部に私もいましたけどね。」


「ひどくない!今建て直せてるでしょ!!」


 山村さんは「冗談ですよ。」って言っているが、栞さんが泣いていたから励ましついでに言っただけだよな?


 俺は山村さんの冗談という事にしといたが、それよりも広清家が代々やって来たから、娘が絶対やらないといけないのか?という疑問が出てきて聞いてみた。


「ちょっと揉めてる所すみませんが。そもそも広清家って、栞さん以外で社長をやれる人はいないんですか?例えば親戚とか。」


 その質問をした時に、栞さんと秘書さんが答えづらそうにしていた。


「…確かに親戚は何人か社内にいるけど、千広がさっき言った通りで十年前に武夫が物凄く会社の経営を傾かせたからみんな社長をやるの拒んだり、武夫が私の事を推薦して親戚たちも賛同したらしいから、多分今も親戚の人たちはやってくれないと思う。」


「栞社長が最初の五年間、だとしても誰もやりたがろうとしてませんでしたしね。」


「さっきから千広は一言余計なんだけど、一通り私から言えるのはこれだけよ。」


 大体の話はつかめたが、爺さんを見ると頭を抱えて下を向いていた。


「こんな事になるなら、早めに波瑠をここに連れてきたかったのに、なぜやつらは、全員。」


「ふっ。」


 なんか急に爺さんが嘆き始めたが、その事に栞さんは鼻で笑っていた。


「何が楽しいんじゃ。」


「そんなの、私があんたに従うであろう人達の仕事を増やしたのよ。分からなかったの?」


「なっ、お主そんな事もしたのか!?」


 あぁ、だから今日合わせて三日間、ロスガの社員は何にもしてこなかったのか。


「ぐぬぬぬ。…分かった。ワシは、やることがあるからもう行くの。」


 何もかも終わったような落ち込み方をしながら爺さんは椅子から立ち上がり、トボトボと歩いていた。


 やることがあるって言ってるが、さっきも焦っていたからトイレでも行きたいのか?


 爺さんは歩いているが段々と俺らの方に近づき、波瑠の後ろで止まった。


「なんでこっちに来るんですか。」


 波瑠の声は怒りがこもっているようだったが、爺さんは下を向いていて正直分からんが、何となくさっき見たいに怯んだ様子はなく、なんだか不気味だった。


「それはなぁ…。」


 イッテンポ遅れて爺さんは話しかけてきたが、ズボンのポケットに手を入れて、いろんな推しボタンのあるリモコンみたいのを取り出した。まさか…!


「今からお主を、何が何でも許婚に合わせに行くのじゃ!」


「止めろ!」


 そう言いながら、爺さんはリモコンのボタンを押した。


 ボタンを押した後に無理やり波瑠と爺さんの間に入ったが間に合わな、い?


「何故椅子の仕掛けが作動しないんじゃ!?リモコンの電池でも切れておるのか?」


 何の事だか知らんだが、俺もてっきり変な装置が作動するのかと思い、爺さんの前に出たのに何も起きなかった。


 爺さんは慌てて他のボタンを押したり、電池の部分を開けて確認していた時、栞さんが口を開いた。


「椅子の装置なら、とっくに使えないようにしたわ。何なら他のもね。」


「まさか!これも気づいておったのか!」


 爺さんは驚いていたが、そのまま栞さんは続けていった。


「そうね。昔からあんたが会議を開く時は何故か必ずここだったから、なんかあるんじゃないかと思って調べてみたわ。そしたら色んな装置があることに気が付いたから、全部使えなくしといたわよ。」


「しおり~。何故じゃ!何故ワシの邪魔ばかりをするんじゃ!!」


 爺さんの怒りが声になっており、顔も鬼のようになっていた。


「あんたにそんなこと言われたくないわ。私の幸せな時間、波瑠と夫との生活を壊したあんたにだけは。」


 栞さんも爺さんを指を差して、怒りを露わにしていた。


 だが、爺さんは聞いていないのか、そんな事よりもと言う感じに慌てていた。


「ぐぬ、こんなやり取りをしとる場合じゃないんじゃ、早くしないと…」


 と、そこでずっと黙っていた山村さんが優しく言った。


「武夫会長が焦っている許婚の件なら大丈夫ですよ。」


「ふん、何が大丈夫じゃ。今日すぐにカワツグ会社の息子と合わないといけない約束をしてるんじゃから、早くしないとそこの会社の社長が怒って、うちの会社との関係が悪くなってしまうじゃろう。」


「だから、大丈夫だって。」


 そこに栞さんも入って来たが、爺さんは納得いかない感じにしていた。


「さっきから何が大丈夫なんじゃ。…まさかと思うんじゃが。」


「だって、その話はあなたが一方的にそこの会社と取り付けただけでしょ。だから、私がその社長さんに三日前に話で取り止めにしてもらったからよ。」


「だから、何故ワシの邪魔をするんじゃ!」


 爺さんは頭を掻きむしりながら怒っていたが、続けて言っていた。


「そもそもカワツグ会社はそこそこ大きな会社で関連企業もあるんじゃぞ。しかも息子さんは写真を見せた途端、波瑠の事を気に入って『すぐに会いたい』と言っていたんじゃぞ。」


「はぁ~、そんな言葉に乗せられるってアホでしょ。ちゃんと会社の事は調べたの?」


 爺さんは、不思議そうな顔をして言った。


「調べなくとも昔からある会社何じゃから普通の大きな会社じゃろ?」


「そこの会社は景気がいいように見えても、何回か事業に失敗していて、お金に困っているのはまさか知ってるわよね?」


「へ?」


 なんか、わかりやすい驚き方してるんだが。


「だろうね。前から調べもしないでいろんなことをするから失敗してたのよね。」


 栞さんは鼻で笑っていた。


「因みにカワツグ会社には、お金を提供するから許嫁解消とその事業が成功したらお金を返すという条件を示したら心良く快諾してくれたから。」


 そう栞さんが言うと爺さんは体の力が抜けたのかその場でへたり込んでいた。


「じゃあワシの計画してたのは全て無駄になったのじゃな。」


「そう言うこと。だから、次こそここを出て行って。」


「…なん、じゃ、とぉ。」


 その栞さんの言葉で爺さんはスッと立ち上がり、さっきまでの威厳はどっかに吹き飛んだかのようにトボトボと歩いて部屋を出て行った。


 まさか、こんなにあっさり終わるとは思わなかったが、何事もなく終わって良かった。


「さて、あなた達には悪い事をしたわ。特に須原さん達は関係ないのに巻き込んじゃって。」


 栞さんも終わって一安心したかのごとく話してきたが、まぁ、俺たち兄弟が空気なのは波瑠の家族の話だからしょうがない。


 それよりも波瑠は爺さんが居なくなったからなのか緊張が解けたらしく、栞さんに何か言いたそうにしていた。


「あの、お母さん、話したい事が…。」


「波瑠、それよりも早くここから立ち去って。」


「え、…何で?」


 俺も爺さんもいなくなった事だし、話し合ってもいいんじゃないかと思っていたが、それだけではだめらしい。

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