第23話
待つのはいいが、陽葵は足をもじもじとさせていた。
「ねぇ、時間かかる感じかな。ちょっとトイレ行きたくなってきたんだけど。」
「行けば…」
俺は陽葵に行かせようとしたが、カフェのトイレを見ると清掃中と書いてあった。
「あ~、もう、陽葵待ってろ。」
隣の店にはトイレなかったし、カフェの店員に聞けば他のトイレの所わかるか?
「すみません。御手洗いってここにしかない感じですか。」
「そう、ですね。どうかなさいましたか?」
「いや実は、連れの奴がトイレ行きたそうにしてて。」
後ろの陽葵を見せて、店員もハッとなっていた。
「そうですか…じゃあ、分かりました。私がお連れします。」
「ありがとうございます。」
お礼を言った後、急いで陽葵に教えた。
「おい、店員さんが連れて行ってくれるらしいぞ。行って来い。」
「ありがとう、兄ちゃん。助かったよ。」
「早く戻って来いよ。」
陽葵は店員に連れられながら、どこか行ってしまった。
ふぅー、どうにかなったが、陽葵も駅でトイレ行って来いよ。
そんな事を思っていると、波瑠がこっち見てクスクス笑って言ってきた。
「拓磨君は、優しいお兄ちゃんだね。」
「優しいお兄ちゃんって、なんでそう思うんだ。」
「だって私は、陽葵ちゃんが急にトイレって言われて戸惑ったけど、すぐに店員さんに聞いてきちゃうんだもん。私には出来ないよ。」
何だ、それだけで優しいお兄ちゃんって言ってるのか。
「別に妹の面倒見る事は普通のことだろう。」
そう言った瞬間、波瑠は不思議そうにしていた。
「そうかな?兄妹でもお兄ちゃんが面倒見ない人や仲が悪い人もいるって友達から聞いたことあるけど。」
「へぇー、そんな奴もいるのか。でも、俺は昔から陽葵の面倒見てたし、普通だと思ったが。」
「もしかして、拓磨君って、シスコン?」
「何でそうなるんだ!」
波瑠はまた笑っていたが、冗談でも言ってほしくない一言だ。
そんな話をしていたのに、急に波瑠は俺の後ろを見て怖がり始めた。
「波瑠、急にどう…」
「待たせてしまって、すみません。」
っと、聞き覚えのある声が聞こえ振り返るとあいつがいた。
「お前は、この前の…」
「そうです。私は…」
「変態下っ端!!」
「違うッ!」
盛大にツッコまれたが、何が違うだ。
「確かにこの前は失礼な事をしましたが、変態はひどいんじゃないですか!?」
下っ端の方はいいのか。
まぁ、そんなどうでも良い事より。
「悪かったが、それよりもなんで俺達を呼び止めるんだ。」
俺が何か気に障ることを言ったのか、男は俺を睨んでいたが、話し始めた。
「…駅のバス停で三人を見かけ、ずっと後をつけていたのですが。そうしたらまさかここに来るとは思ってもいなく、絶好のチャンスだったので、上司に連絡を入れたのです。」
やっぱり変態のやることは違うなって言いたいが、ここで言うと話がいつまでたっても終わりそうにないから止めよう。
て、うん?待て、上司?
「それで、私も終わりだと思い、半分遅刻に近かったのといろんな業務が山積みなので急いで自分のデスクに戻っていたのですが、上司が私の所まで来て、『今すぐに八階第二会議室に連れて来い』との事でここまで来たのです。」
「待て待て、さっきから言ってる、上司ってどういうことだ?」
「それですか、実はこの前の件は上司が社長命令って言ったので行きました。」
「じゃあ、あの時は何で余裕そうにしてたんだ?」
「それも上司が、『何が何でも連れてきて欲しいから適当にハッタリでもかませば行けるだろう』とのことで言われた通りやったのですが、俺が怒られる始末に…」
この人、本当に超が付くほど下っ端で言われたことだけやってるのか。
もう、この男の超絶下っ端と分かった俺だが、波瑠は、
「あ、あの、結局誰が言ってるのか、わ、分からないんですか?」
と、やっと波瑠が聞いてきたが、それでも怖そうにしながら質問していた。
「そうだ、分からないのか?」
「そうですねぇ。私も知らないんですが…あっ。」
何かを思い出したかのように男は言葉を詰まらせていた。
「どうしたん、ですか?」
「いや、その~、本当かどうかわからないんですが、上司が前にちらっと
広清武夫?…誰だか分からんし、聞いてみるか。
「その人って、誰なんだ?」
「誰って、ここの会長で、高本波瑠さんのおじい様ですね。」
「はっ?」
「えっ!?そうなんですか!」
急に犯人が分かり驚いたが、ってことは社員を送って来たのは爺さんが仕組んだことなのか。
と、俺の頭の中でやっと結論が出た。
頭のモヤモヤが取れた俺の目の前にいる波瑠は、驚いていて声も出ないようだった。
「では、話も終わったことなんで、ここからは、波瑠さんだけをお連れします。なので、拓磨さんと陽葵…あれ、そういえば陽葵さんはどこに行ったのですか?」
「トイレに行ったきり戻ってきてないぞ。」
そうだった、長々と話を聞いてたが陽葵の事をすっかり忘れていた。
あいついつまでトイレにこもってるんだ。
俺がそんな事を思っていると、
「わ、私、拓磨君がついて来ないなら…、帰ります。」
っと、突然言い出した。
おいおい、俺をどこまでついて行かせるんだよ。
「それだけはやめて下さい!?また上司に怒られます!」
突然の事で男は波瑠を説得した。
「た、確かにお母さんの事で何か知ってる事はあるかもしれないけど。でも、初対面の人で、それにおじいちゃんだとしても…とにかく一人は、嫌です…。」
「嫌とか関係ないんですよ。部外者は入れるなとの命令もありまして…、拓磨さんも何か言ってください。ついて行きたくないでしょ!?」
俺が言えること?確かについて行きたくはないが。
だけど、俺は何かあったら助けるだけで付いて来ただけだから、言える事って言ったら…。
「波瑠も俺が行かないと爺さんの所には行かないって言ってるし、良いんじゃないか?俺達は面倒なことにならなそうだしな。あと、陽葵がトイレから戻ってきたら、帰るから。」
それだけだな。うん。
俺は納得させて終わりにさせようとしたが、男は体をフルフルとさせながら。
「待って、分かりました!もう誰が元社長の所に居おうと私にはどうでも良い事なので、拓磨さんも付いて来て下さい!!」
男は心が折れたのか、声を震わせながら言い。
後ろを向いた後、ため息交じりで、「上司が」や「業務が」などぶつぶつ呟きながらカフェの外に出て行った。
はぁ、結局行く事になるのかよ。
だが、波瑠一人で行かせて爺さんに何されるか分からんし、行かないでまた社員が波瑠を連れて行くことになったら面倒だし、結果的には良かったのか?
そう思っていると波瑠が、申し訳なさそうにしていた。
「拓磨君、ごめんね。大変なことに巻き込んで。」
「大丈夫だ。ついて行くって俺もこの前約束した事なんだし、謝んなよ。」
「ありがとう。やっぱり、拓磨君は…優しいね。」
さっきも陽葵の事で優しいと言われたが、今回ばかしは違うぞ。
「波瑠。実は俺もお前の爺さんの自分本位な所や、何で波瑠を無理やり連れて行くのか気になってた所だから。どんな面顔か見て見たかったんだよ。あと、もし言えるなら文句の一言でも言いたいしな。」
そんなことを言ったら、波瑠は引いていた。
「そ、そうなんだ。でも、あんまり変なこと言わないでね。」
「変な事って、そこまで言うかよ。」
まぁ、場合によっては言うが。って、それよりも、
「社員の奴もカフェの外に行ったから、これ片付けて俺達も行くぞ。」
と波瑠に言って、急いで食器返却口に置いて、男の所に行った。
男は関係者入り口で待っていたが、てか、全然陽葵が戻ってこない。
そのことを伝えようとしたが俺たちが着た瞬間、関係者入り口を開けて目の前にあるエレベーターのボタンをすぐさま押していた。
「あ、あの~、陽葵ちゃんがまだ戻っていないので、もう少し待ってもらえないですか?」
俺も言おうとしていたが、波瑠が先に行ってくれた。
だが、男は時計を見て首を横に振っていた。
「いえ、スマホのメールで一階に待っているように伝えて下さい。急ぎますので。」
「え、それってどういう事…」
波瑠が言い切る前にエレベーターが下の階に到着し、それに無理やり乗り込まされた。
「そんなに急ぐ必要があるんですか?」
「急ぐ必要があるかって?ありありですよ!!私は先ほど言いましたが、かなり沢山ある業務の合間に来てますし、それに言われた時間より遅れていますので!」
「えっ、あのその、ごめんんさい。」
俺達は何にも悪くはないのに逆ギレされたが、仕事忙しいならそっちを優先したほうが良かったのでは?てか、別に謝らなくていいぞ。波瑠。
逆ギレされた後、当たり前だが波瑠も静かになってしまったので、丁度エレベーターの奥半分がガラス張りだったから外の景色を俺は眺めていた。
そうだ、ゆっくりだが上がってるし、早くスマホで陽葵に連絡とらない、と?
そう思い、スマホを取り出し、早く打とうとしたら、隣のエレベーターも動き出し、何気に見て見ると、何と陽葵が乗っていた。
何で陽葵がエレベーターに乗ってるんだ?
陽葵はもう一人誰かと一緒に乗っているが、上からだから、男性か女性かまでは分からん。
話しているところ悪いが、俺が上にいるのに気づいてないから、気付かせるために陽葵にメールを送った。
(おい、陽葵。何でエレベーターに乗ってるんだ?)
そう打つとすぐに連絡が返って来た。
(えっ、私は女の人に強引に乗せられたからだけど。兄ちゃん、何で分かるの?)
陽葵はキョロキョロして、上を見て俺がいる事にようやく気づき、指を差してきた。
気づいたのはいいが、女性になんで無理やり乗せられたのか聞かねぇと。
(もしかして、お前は人質として拉致されたのか?)
(違う違う、この女の人が社長の知り合いらしくて、私に用事があるらしいから乗せたって言ってるんだから大丈夫だよ。)
(その自信はどこから来るんだよ。)
そんなメールでのやり取りをしていたら、エレベーターが止まった。
「こちらなのでついて来て下さい。」
止まったのはいいが、陽葵にメールをやめるように言うか。
(もう着いたからもうやめるからな。ついでにお前はどこまで行くんだ?)
と、返信したら焦っているような感じのメールが返ってきた。
(待って、兄ちゃんそこ何階なの?)
そう言われて、エレベーターの光っている階数表示を見ると八階だった。
(八階だが、それがどうしたんだ?)
(分かった。じゃあまた後で。)
(また後でじゃなくて、聞いてたか?)
それ以上は返信が返ってこないが、陽葵は何が言いたかったんだ?
それに、また後でってどういう意味なんだ?
そう思いながらスマホを見ていた所、
「何してるの、拓磨君?早くしないとエレベーターが動いちゃうよ。」
と、波瑠に指摘されて、俺は慌ててエレベーターを降りた。
エレベーター降りて目の前は、喫煙室とこじんまりとした休憩スペースになっていたが、当たり前だが休憩スペースには今の時間帯は誰もいなく、ましてやここの階はとても静かだった。
「ここからは、働いている社員の邪魔になるのでスマホをマナーモードにして下さい。」
「へいへい。」「分かりました。」
男がそう言ってきたので波瑠と俺はスマホをマナーモードにし、その間に男はネクタイやスーツを改めて直していた。
こいつ、ここに着くまで「こいつらに関わるとろくなことが起きない」という感じで嫌々な感じだったのに、急に気を引き締めているということは波瑠の爺さんって、よっぽど厳しい人なのか?
俺もある程度は気を付けないと関係ない奴だから、追い出される可能性があるかもなぁ。
そう思うつつも男は最後に深呼吸をした後、歩き始めた。
俺達もついて行ったが、休息スペースとは逆の仕事場の廊下は、まぁまぁ長く突き当りで右まである所だった。
歩いて近場の右のドアの上に名前があって見てみると「八階第一会議室」と書いてあり、中もドアの真ん中のガラス張りの所から見えるが、何らかの会議をしているような人がちらほらと見えた。
左のドアは、どこかの部署らしいが、タイピングの音しか聞こえてこなかった。
本当にここがお菓子の会社なのか?
心の中で不思議に思っていると男は突き当りの右に曲がり、「八階第二会議室」と書かれたドアの前で止まりノックをした。
「失礼します。」
そう言った後、男は俺達を部屋の中に入れて男はドアの外で、
「では、お連れしましたので、私はこれで失礼いたします。」
「うむ。ご苦労であった。」
と言って、お辞儀した後、ドアをすぐに閉めた。
波瑠の爺さんだが、見た目はいたって優しそうで普通にどこにでもいそうなおじいさんでスーツをピシッと着て窓際に立っていた。
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