第20話

―土曜日の朝―


 結局、ロスガの社員は昨日も一昨日も、一度たりとも俺達の前に現れず、このまま平和な土曜日が始まるはず…だったんだが、そうは行かなかった。


「ねぇ、拓磨君、起きてよ。」


 この声は…?と気づき薄目で見ると私服に着替えて小さなバックを持っている波瑠が、俺を起こしに来ていた。


「おはよう。拓磨君。」


「んあ?おはよお?」


 おはようって、大分外は明るくなっているが、目覚まし時計がまだ鳴っていない。


 今、何時?と思って、近くにある目覚まし時計を見るとギョッとした。


「えぇ?六時何だが、一体何時に起きたんだよ、波瑠。」


「なんか早く目が覚めちゃって、五時半に起きた、かな?」


 恥ずかしそうに言ってるけど、


「う~んっとな、なんでこんな時間に起こすんだよ。」


「お母さんが何を言うのか分からなくて怖くて。」


 お母さん?…あぁ、だんだん頭が回ってきて分かったが、波瑠のお母さんに会いに行くからか、でも、早い、早すぎるぞ。


「拓磨君、まさか覚えていたよね?」


「大丈夫だ、覚えてはいるからぁ。」


 昨日の夜もちゃんと覚えていて、波瑠の事だから七時に起こそうとして十分前に目覚ましを掛けたが、それより早いなんてな。


「それより、大分目も冴えてきたし、朝ごはん食べに行こうぜ。」


「そうだね。私先に下降りてるから。」


 そう言って、波瑠は部屋を出ていき、俺もパジャマから私服に着替え、スマホと財布持って出…おっと、忘れてた。


 目覚まし時計のアラーム設定を切ってから、部屋を出て下へと降りた。


 下に降りて、キッチンから音がするから行くと、波瑠が冷蔵庫の中身を調べていた。


「拓磨君、簡単な目玉焼きとトーストでいいよね?」


「早く行きたいなら、それでいいと思うぞ。」


「よし、じゃあ作るから、拓磨君も手伝って。」


 料理の手伝いかぁ。


「目玉焼きの方か?小四の調理実習以来作って無いから出来るが分からんが、よし任せろ。」


「…拓磨君、トーストは出来るよね。」


「うん?朝腹減った時とか作るから出来るが?」


「じゃあ、トーストの方をお願いします。」


 何故か丁寧な口調で食パン袋を俺に渡してきて、波瑠は棚からフライパンを取り出し、目玉焼きを作り出した。


 俺は他に二人分の皿やコップをリビングのテーブルに並べ、マーガリンを冷蔵庫から取り出しトーストが出来るまで椅子に座って待った。


 椅子に座って待っていると、階段を誰かが降りてくる音が聞こえ、玄関の方のリビングのドアが開くと、


「ありぇ~、兄ちゃんと波瑠ちゃん、ふぁ~、こんな朝早くに何してるのぉ~?」


 陽葵はまだ寝ぼけている様な声で目をこすりながら、言ってきた。


 いや待て、ここで陽葵に興味を持たれると付いてきそうだし、ロスガの本社だからはしゃぎそうだ。


 でも、どう誤魔化したら良いんだ。


 早く考えないとって思っている所、フライパンを持った波瑠がリビングに来た。


「陽葵ちゃん。おはよう。これから拓磨君とお出かけするんだけど、陽葵ちゃんも来ない?」


「お、おい、何を言ってるんだ、は…。」


「分かったぁ。どこ行くか分かんないけどぉ、行く行くぅ~。」


 と言って、二階に行ってしまった。


「おい、波瑠良いのか?ロスガの本社に陽葵連れて行って。多分変に興奮するぞ、あいつ。」


「陽葵ちゃんもいた方が緊張がほぐれると思うから、連れて行こうかなと思うの。」


 二つにくっついた目玉焼きをフライ返しで分けて皿に乗せながら、言っているが、


「波瑠が良いって言うなら止めないが、陽葵のやつ、絶対にいろんな意味でうるさいぞ。」


「陽葵ちゃんもさすがに今回は大きい所だから、おとなしくしてるでしょ。」


 そう言った後、また目玉焼きを作り始め、同時にオーブントースターが「チン」って鳴り、俺もトーストを取りにキッチンに行った。


 波瑠は考えが甘い、だから、波瑠にはあのこと言うか。


 俺はトーストを取りながら波瑠に言った。


「実は陽葵の奴、小二の頃に初めての家族で遊園地に連れて行ってもらった時、はしゃぎ過ぎて一人でどっかに言って、俺たち家族が探す羽目になったから、だから…」


「その時は、小学生で遊園地に面白いものがいっぱいあったでしょ。それに、ロスガ製菓の本社何だから、邪魔するのも悪いって気を使うよ。」


「そ、そうだといいんだが。」


 駄目だ、俺がかなり大変だった思い出を話したのに、ついて来てもらいたくて陽葵はそんなことやらないよって感じになってる。


 絶対やるのに。


 仕方がない、もう陽葵も着替えに部屋戻ってついてくる感じになってるし、一応大きくなったんだし、自分で考えるだろう。


 そう思いながら、俺は陽葵のためのトーストをオーブントースターに入れ、焼いた。


 陽葵の朝食も出来て、俺達は先に食べている頃、陽葵は私服で波瑠と同じようなバックを持ってリビングに入って来た。


「二人とも、改めて、おはよう!」


「おはよう、陽葵ちゃん。」


「おう、おはよう。」


「で、二人はどこに出かけようとしてたの?」


 ニヤニヤしながら波瑠は聞いて来たので、俺は答えてやった。


「ロスガ製菓の本社に行こうとしてたんだよ。」


「えっっ、ロスガ製菓の本社に行くの!?やったー!!でも、なんで?」


「波瑠が、社長であるお母さんに会いに行きたいんだと。」


「それって、許可なくても行けるもんなの?」


「「あっ。」」


 俺たち二人は、陽葵の言ったことに口をそろえて驚いていた。


「そうだった、お母さんに会って会話したいっていう気持ちだけが頭いっぱいになってたから、考えてなかった。」


「もぉー、しっかりしてよ。二人とも。」


 俺たち二人に呆れている陽葵だが、あの時の波瑠は行く事だけを言って来ていたから俺もその事を忘れていた。


 何か他の策を考えている時、波瑠が突然、


「今日は止めて別の日にした方がいいかな…」


 と悲しそうに言ってきた。


 無理やり朝早く起こされて、それに、俺も…そうだ!


 とある提案を思い付き、俺はすかさず波瑠に言った。


「待て待て、早く起きて出かける準備までしたんだぞ。会社には入れないかもしれんが、今から行くとこ電車使わないと行けないとこで朝早く行くから、駅には同級生もいないだろ。だから、行くだけ行って、駄目なら諦めて今回は遊んで帰ってくるってどうなんだ?あと、今度はちゃんとそこの所、調べてみようぜ。もし、駄目ならな。」


「それは…。」


 波瑠は俺の説得で言いよどんだが、陽葵は、


「それでいいんじゃない?波瑠ちゃんもそう思わない?」


 と俺の話に賛成してくれた。よし、あとは波瑠だけだ。


「まぁ、そうだね。今日行けなくても、また今度もっと詳しく調べて行くって手もあるか。じゃあ、今日は試しに行ってみよう。」


 波瑠も「調べてから行く」という言葉に引かれ、賛成してくれた。


 良かった。本当は昨日、行くとこの周辺の逃げ道を調べたら、偶然ゲーセンがあることを知って、駅近くにあるから行く暇があるなら行こうと思ってたとこなんだよね。


 俺は心の中でガッツポーズをし、俺だけ朝食を食べ終えたから、皿を洗って片付け、まだ食べてる二人に言った。


「俺は先に駅に行って俺達の分の切符買っておくから、お前たちは後から来いよ。」


「え、そんなことしてもらっていいの?」


「大丈夫。今日の分の早朝ランニングもしたかったし、別にそれぐらい気にしないぞ。」


「うん、じゃあ、切符代は電車の中で払うね。」


「兄ふぁん、ありふぁふぉう。」


「口に入れてしゃべんなよ。陽葵。」


 俺は、最後に忘れ物が無いか(と言ってもポケットにスマホと財布しか持っていかないが)確認し、玄関に行って靴を履いて扉を開けた。


「じゃ、先に行ってるぞ。」


 そうして、駅まで向かった。


 今六時半ごろで、家から駅までは、歩きだと俺だったら大体四十分かかるが、ランニングだし、半分の二十分ってとこか。


 だが、二人もいつ来るか分からんし、急ぐか。


 そうして、俺は気持ち早めの走りでランニングするとあっという間に駅に着いた。


 時間を見るとまさかの予定の二十分より五分早く着いてしまった。


 なんかあっさりここに着いてもっと走りたいが、今日はしょうがないか。

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