第17話
そいつを見た瞬間、俺は一応身構え、陽葵は右横で俺の袖をつかみながらもブルブルしていて、波瑠は俺の背中に颯爽と隠れた。
だが、平然と立っているのはいいが、スーツはボロボロでシワシワになっていて、さっきまでの強そうな感じが全く感じられない。
まぁ、あれほど走ったらそうはなるよな。…って、そうじゃなく、
「なんで開けたんだ、母さん!!こいつがさっき言った変態だぞ!!」
「ちょっと、落ち着きなさい拓磨。この人は少し話し合いたいらしいわ。」
「先ほどは追いかけてすまなかった。だが、訂正してもらいたい事がある。」
「何だよ。」
「変態ではなく、私はロスガ製菓から来たものだ。」
そう言った瞬間、頭の中で、だから?というのが込み上げてきた。
が、脇にいた陽葵が目をキラキラさせながら驚いていた。
「ロスガ製菓の人だったの!!まじか、うわぁ~!」
「お前、何でそんなに驚いてるんだ。」
「だって、私も波瑠ちゃんもロスガのお菓子好きなんだよ~。」
「はぁ、好きねぇ。」
だから何なんだよ。
「でも、なんでそんな人が私に用があるの?」
俺の後ろから少し顔を出し、ビクビクしながら波瑠は聞いていた。
「それは、今から説明する。では、お邪魔するぞ。」
男は靴を脱いで、それを普通に母さんがリビングに案内しているが、今起きてることに理解が追い付けねぇ。
俺が混乱してる中、陽葵が肩を叩いて来た。
「兄ちゃん、どうしたの?行くよ。」
「普通に混乱してきたんだが。陽葵はよく普通にしていられるな。」
「私は、話が終わったら、いろんなお菓子の創作秘話が聞きたいからね~。」
だから、さっき目をキラキラさせてたのか…、でも陽葵、今の状況分かってるのか?
「それにね、兄ちゃん。」
「何だよ。まだあるのか?」
「母さんがあの男を家に居れたってことは、何か考えがあって入れたんだよ。だから、私は母さんの事だけ信じてるから。普通にしていられるんだよ。」
「陽葵、お前…」
「まぁ、もしもの事があったとしても、兄ちゃんと母さんがいるから大丈夫だと思ってもいるから。さっきの逃げる時みたいに頑張ってね。」
結局、俺も頼ってるのかよ。あぁ~、もう。
「拓磨君しっかりしてよ。」
波瑠に背中から揺さぶられながらも、『どうにかなる』と頭に言い聞かせながら、今やることを考え、まずは、…玄関のドアの鍵を閉めに行った。
「だから、兄ちゃん、早く。」
「また、誰か来たらまずいだろ。」
そう言って、ちょっと頭の整理させるために鍵を閉めに行ったが、やっぱり理解できん。
いい方向に向かえば、それでいい。
そう思って、二人と一緒にリビングに向かった。
リビングでは、いつも飯を食べる時に使ってる六人用のテーブルの左端に男と母さんが対面になって座っていて、その母さんの横を陽葵と波瑠が座った。
最後に入った俺は、なんだかよくわからん奴の横に座るのも嫌だから、男の間を一個空けて座ったら、話が始まった。
「私が波瑠さんに用があるのは、単刀直入に言いますと社長の命令で会社に連れて行こうとしたのです。」
「「「社長から!!」」」
俺達三人は口を揃えて驚いていたが、いつだったかロスガの社長が波瑠に似てるって俺言ったけど、間違いじゃなかったのか。
だが、そんなことを言った男の前にいる母さんは、男を睨みつけていた。
「本当に命令したと言えるのですか?」
「須原結衣、あなたは、さっきから驚かないが何か知っている事でもあると?」
口を挟んでいいのか分からん(てか、無理だろう)が、確かに母さんは社長と接点があったなんて聞いたこと無いから何か知ってるのか?
母さんは、口を震わせながら、また話し始めた。
「波瑠ちゃんのお母さんとは、高校時代の親友で、その時からロスガの事は話で聞いてましたし、社長になった時も本人から直接電話が来ましたので。」
「ほうほう、昔の友人でしたか、それなら分かりますよね?今あなたがすべき行動は何か。」
母さんの意外過ぎる発言にまた驚かされ、もう話しについて行けないが、それよりも母さんは怒って、テーブルを一度叩きながら、立ち上がっていた。
「だから、彼女がそんな事を命令するはずがないのよ!!あんなに優しかった彼女がね!!」
「昔はそうであったとしても、人というのは環境で変化するもの。だから、何度言われようと私は社長に言われたことを従っただけなんですよ。フフッ。」
男はニタニタ笑いで言っていた。
すると母さんはポケットからスマホを取り出し、
「そんなに言うなら、今ここで電話して聞いてみるわ。」
どこかに電話を掛け始めた。
「フッ、無駄だと思いますけどねぇ。」
鼻で笑っていたが、一言一言イライラさせるやつだな。あいつ。
そうして、母さんは座って電話を掛けているが、やはり社長だからなのか中々電話がかからず、俺達は待たされていた。
すると陽葵が恥ずかしそうにちょこんと手を挙げて、
「すみません。ちょっと聞きたいことがあるんですが、いいですか?」
と、男に聞いていたが、まさか…
「何ですか?」
「あの、ロスガのポテチの味って、作るのに相当な時間をかけてるって聞いたんですが、一番時間が掛かったお菓子って何ですか?」
やっぱり、その事か。
男は咳ばらいをし、話し始めるのかと思いきや。
「そんなこと、話しません。」
「なんで、ですかぁ?」
引き下がらないのかよ。
全くつながらない母さんの横で引き下がらない陽葵、とんでもない光景だな。
「ちょっと。ちょっとだけでいいので教えて下さいよ。」
しつこく聞いても、全く話さない。
というか、段々あいつ汗かいてるんだが…。
まさか。
「お前何も知らないんじゃないのか?」
「ウッ…」
「えぇ、そうなんですか!?」
「そうですよ。下っ端だから何も知りません!」
汗かいてるからやっぱりな。
「じゃあ、聞けないなら、もう帰って下さい。」
「帰りませんよ!!!」
男も全力にツッコミを入れてるが、陽葵もこういう時なのに、本当によく聞きに行ったな。
「あぁ~。何も知らないのかぁ。あぁ~っと。」
陽葵は拗ねてテーブルにほっぺたを付けて、波瑠の方に向いてしまった。
男もさっきまで余裕だったのに落ち込んで下を向いてしまった。
もう、さっきも嫌な空気だったのに余計変になったから、早く電話かかって欲しいんだが。
そう思ってると、
「あ、久しぶり!やっとつながったぁ。」
やっと、相手に繋がったらしく、母さんは喜んでいた。
「えっ、なんでそんなにコールするかって?ちゃんと話したいけど、今は一つだけ聞かせて、あなた社員に娘を会社に連れてくるように命令したの?」
電話だから聞こえないが、波瑠のお母さんが何か言ったらしく母さんはフッと笑って、男にスマホを出していた。
「社長があなたに話があるそうよ。」
男は母さんに渡されたスマホを耳に当てて、
「もしもし、替わりましたが、なんですか?」
弱弱しい声で男は話し始めたが、
「えぇっ、本当に社長!!はっ、はい、…はぃ。…すみませんでした!!」
と、段々と慌てた様に返事をしていき、スマホを母さんに返した途端、
「失礼しました!!間違えでしたぁ!!」
男はそう言って、椅子を倒しながらも立って、走って家を出ていった。
…何があったんだ?あいつ。
「よかった。やっぱり、あなたがそんなことするはずないよね。」
返ってきたスマホはまだ通話は終わっていなかったらしく、母さんはまた波瑠のお母さんと話していた。
「あっ、そういえば波瑠ちゃんとお話しする?十年も話して…えっ?忙しいから、無理?そんなこと言わず…って、切られちゃった。ごめんね。波瑠ちゃんも話したかったでしょう?」
「いえ、忙しいなら仕方ありませんよ。」
そんなことを言っているが、波瑠は話したくて無理をしているのか、悲しそうにしていた。
「まぁ、そんなに落ち込まないで。今度また電話掛けてみるから。」
「いいですよ…、さっき電話でおばさんが言ったように、十年間一度も連絡してこないってことは、私やお父さんの事なんか…」
「波瑠ちゃん、それは事情があるのよ。」
もう完全に波瑠は諦めていたが、母さんは何かを知っている口ぶりで話した。
「事情って、何があるんですか?」
「それは…。」
何か話そうとしたが、
「つい、事情って言ったけど、私からは話せないわ。」
と言って、はぐらかされてしまった。
「なんでですか?」
「私もね。あなたのお母さんが久しぶりに連絡してきた時、ちょこっと聞かされただけで、細かいことまでは聞いてないから言えないの。」
「そう、ですか…」
「でもね。波瑠ちゃん。」
母さんは椅子をずらして立ち、波瑠の方に歩み寄り、頭をなでながら、
「あなたのお母さんは、その連絡してきた時も波瑠ちゃんとお父さんのことを心配していたし、波瑠ちゃんが小さかった時の話をして笑っていたから、きっと今も波瑠ちゃんの事を大事に思っているわ。」
「…お母さん。」
波瑠のお母さんは、今も大事に思っている、か。
母さんがそう言って、波瑠は嬉しそうにしているが、ん?でも待てよ…
俺は、不思議な違和感があることに気づいた。
「なぁ、母さん。さっき男は、社長に頼まれて波瑠を連れて行こうとしたらしいが、母さんが社長に電話したら、間違えだったって言って帰ったが、どうなってるんだ?」
「だから、さっき言ったけど、波瑠ちゃん家の事情はちょこっとしか聞かされてないし、ロスガの社内までは聞かせれてないから知らないわよ。」
「ちょこっと、って何を聞いたんだ?」
「うん?なんか、『あいつのせいで。』って言ってた気がするけど、それぐらいよ。」
あいつのせい…、誰のことを言ってるんだ?
余計ロスガの事で不思議が残るが、母さんは手を叩いた。
「それよりも、こんな時間になっちゃったし、まだ夕ご飯の準備中だったからみんな手伝って。」
母さんはもう話は終わりだと言わんばかりにキッチンに行き、夕飯の準備をし始め、波瑠は手伝いに行った。
俺は、衝撃過ぎてソファーに座ってもう少し整理しようとしたが、陽葵がまだ机に突っ伏している。しょうがない…
「おい、陽葵。もうご飯作るって言ってるから、拗ねてないで、起きろ。」
「う、うん。起きるけど、今こうして聞いてて、思っちゃったんだ。」
陽葵は起き上がったが、深刻そうな顔をしていた。
「何を?あの下っ端の男は何にも知らないでお菓子会社に本当に働いているのかってことか?」
「それも、そうだけど。…波瑠ちゃんが私達とは違う、遠い存在になったなぁって。」
「はぁ?何だよそれ?」
「だってそうじゃん、まさかの社長の娘って。」
さっきまで、ヘラヘラしたり、拗ねたりしてたけど今度は真剣になるって、本当に陽葵はいつもコロコロと表情を変えるなぁ。
でも、
「何言ってんだ、陽葵。波瑠は社長の娘でもいつもと変わらない、普通の女の子だろう?」
俺は、陽葵の横で素直に思ったことを口にしただけなのに、陽葵は笑った。
「ふ、アハハ、兄ちゃん?それを今、波瑠ちゃんに言ってみてよ。絶対に喜ぶから。」
「はぁ?喜ぶ?今波瑠がうれしそうにしてるのに、これ以上喜ぶわけないだろう?」
陽葵はまた表情を変え、ジト目でこっちを見てきた。
「兄ちゃん、普通に考えればわかると思うんだけど?」
普通に考えても、分からんが、考えてみるか?
俺は一応必死に考えている所に、波瑠が皆の箸をテーブルに置きに来た。
「二人とも何やってるの?手伝ってよ。」
「分かったよ。波瑠ちゃん。」
陽葵は椅子を動かし、夕飯の手伝いに行ったが、喜ぶに喜ぶ…やっぱり分からん。
だが、波瑠がうれしいならもうそれでいいし、言わなくてもいいよな。
そう思いつつ、俺も夕飯の手伝いに行った。
夕飯を作り終わり、食べようとした時、玄関の扉が開く音がリビングまで聞こえた。
「ただいまー。」
父さんが帰って来て、リビングのドアを開けた。
「おっ、今日の晩飯は、揚げ物か。」
「何が揚げ物か、だよ。こっちは今日、物凄く大変だったんだぞ。」
「俺だって、仕事が忙しすぎて大変だったぞ。でも、何が大変だったんだ?」
「話したいけど、お父さん。手を洗ってそれから戻ってきたら話すわ。」
父さんは、「そうだった。」と言って、リビングを出て手を洗いに行き、急いでリビングに戻ってきて、椅子に座った。
その後、今日あったことを夕飯を食べながら母さんが話したら、険しい顔をしていた。
「そんなことが、あったのか。」
「因みに父さんは、何かロスガ製菓のこと知ってる事ってあるのか?」
「へ?いや~、何も知らんが。ハハハ。それより、母さんのとんかつ美味しいなぁ。」
なんか、ごまかされたような気がするが、父さんの事だから、本当に何も知らないだろう。
だが、ロスガ製菓の誰かさんは、これで諦めたのか?
なんか、モヤモヤが残るが、今日という長~い一日が終わった。
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