第16話
「おい、陽葵。」
「え、兄ちゃん、何?」
「いいか、ここから逃げるが、俺が『行くぞ』って合図を言ったら、全力で家とは逆に向かって走れ。」
「えっ、でも、波瑠ちゃんはどうするの?」
「俺がどうにかして連れていくから、分かったな。」
「…分かった。」
分かってくれたところで、波瑠と男は公園を出ようとしていた。
やべっ、早くしないと。
俺は急いで男にあることを聞いてみた。
「お~い、お前実は、この前のショッピングモールで波瑠にわざとぶつかって匂い嗅いでた変態なんじゃないのかぁ?」
「な、何を言ってるあれは…」
少し盛ったが食いついてきたな。あと、
「あれあれ?口籠るということは本当にそうなんじゃ…、変態野郎。」
「だ、だから違…」
波瑠も必死に抵抗してくれていたのと、俺が変態を強調して聞いてみたことで、男は動揺して手が少し緩んでいた。
今だ。行くぞ!!
急いで波瑠の左手を掴んで強引に引っ張り、男から離した。
「うがっ!」
突然の事で男は綺麗に背中から倒れ、波瑠も倒れそうなところ間一髪体で受け止めた。
「す、須原拓磨ァ、一体何のつもりだぁ!」
「一体何のつもりだって?どこに連れていくかも教えてくれねぇ変態から、離れるんだよ。」
「ちょ、ちょっと拓磨君!」
咄嗟だったから波瑠を抱きついている感じになって、波瑠もいろいろ言いたいことがありそうだがそれよりも、
「今から走れるか?波瑠。」
「え、それどういう…」
「行くぞ!」
俺は指示通り陽葵に合図を送り、陽葵は走り出し、俺も波瑠の手を引いて走った。
「きゃ!」
「あ、ちょ、待ちなさい!」
「尻もちついてる変態の言うことなんか聞くか!じゃなぁ!」
俺は男に聞こえる声で言ってやった。
「だから、私は変態じゃ…おい!須原拓磨、待て!!」
そうして、俺達はあの男に家がバレないように家から遠回りして走る。
途中までは、波瑠の手を引いて走っていたが二人とも家までの遠回り道を知っているのか不安だし、いつも朝に走っていてどこで巻けるか分かっているから俺は波瑠の手を離し、先頭になって走ることにした。
陽葵と波瑠を連れてさっきのバス停を通り過ぎ、最初の交差点を目掛けて走り、交差点あと一歩のところで陽葵が
「ちょっと待って、兄ちゃん!波瑠ちゃんが!!」
と言ってきたので、一旦止まったら、俺と陽葵の五歩後ろに波瑠が息を切らせていた。
「どうした、波瑠?」
「いや、はぁ、私、運動は得意じゃ、はぁ、ないんだよね。」
そういえば、昔遊んだ時や、この前のショッピングモールで少し走った時も、運動が苦手なのかすぐに息を切らしていたのを思い出した。
「だけど、こんなところで止まってたら、あの男が。」
「兄ちゃんが言ってる人がもうそこまで来てるよ!」
陽葵の指を差してる方に確かに遠くだが男が着実にそこまで来ている。
「私の事は、置いて行っても、はぁ、いいよ。元々私に用が、あるみたいだし。」
「駄目だ、あんな訳が分からない奴に波瑠を渡せなんかしない。」
「じゃあ、どうするの兄ちゃん。」
どうすると言っても、もうこの手しか思いつかん。
「こうするんだよ。」
そう言って、波瑠に背中を向け、かがんでおんぶ態勢に入った。
「ちょ、流石におんぶしながら走るのは拓磨君無理だと思う…。」
「無理とか関係ねぇ、やるしかねぇんだ。」
波瑠はちょっと躊躇しつつも、何か覚悟を決めて背中に乗ってくれた。
「兄ちゃん、大丈夫なの?」
「毎朝、欠かさず走ってるから多分大丈夫だ。それより陽葵は、俺達の二人のカバンを持っててくれ、そして、ここで分かれるぞ。」
「えっ?…私も二人の事が心配だから付いてくよ。」
陽葵は、俺の目を見てはっきりというが、
「ここで二手に分かれてどっちかが家に着けば、母さんに助けを求められるだろ?」
「で、でも…」
「大丈夫だって、あと、もし仮にお前の方を追って行ったら、俺が波瑠をどこかに隠したらすぐに探してやるから。」
「…絶対だからね。」
さっきから渋ってたのは陽葵の方に男が行くかもしれないと思ったからなのか?でも、絶対俺の方について来ると思うが。
「よし、決まったし、行くぞ。」
カバンを陽葵に預けて、俺は右の方へと曲がっていった。
「兄ちゃん、波瑠ちゃんの事絶対に守って、ちゃんと帰って来てよ。」
「あぁ、分かった。」
陽葵もまっすぐの道を走って行く足音が聞こえた。
その後すぐに男も交差点を追いついたらしく、そこから声が聞こえた。
「フハハハ、二手に分かれてもな、高本波瑠さんを逃すことが出来ないのでねっ。」
と言って、俺の方に向かって走ってくる音が聞こえる。
やっぱり来たか、だけどな、絶対に撒いて見せ、る!?ちょっ!
今まで女の子を背中に担いで走ったことは一度も無いし、巷では女の子は「軽い」と聞いてるが、確かに波瑠も軽く、重さとかで走るのに問題はない。
そこに問題はないが、ギュッと背中に掴まってるから諸々当たってる…。
やっぱ、おんぶは無理があったか?と考える中、波瑠は小刻みに震えていた。
「お、おい、波瑠、どうしたん、だ?」
初めての背中に担ぎながら走る事に戸惑いで息が途切れつつ話したが、波瑠は聞こえたらしく耳元で
「拓磨君は捕まらないって自分に言い聞かせてるんだけど、それでも、もしかしたらと思うと…怖い。」
と小声で答えてくれた。
クソ!そんなどうでも良いことを考えるんじゃなく、今は怖くて震えている波瑠を安心させねぇと!!
頭の中のもう一人の自分を殴り、より一層走るのに専念になった。
だが、変なことを考えてスピードが落ちたから男も近づいてきているのが聞こえる。
「私は、これでも鍛えているのでね。担いでいる奴に負ける訳がないんだよ。」
男は、多分だがもう二~三メートルまで近づいてきた。
「拓磨君!もうそこまで来てるよ!!」
「ははっ、俺だってなぁ、負けねぇよぉっと!」
声と共にほんの少しだが、追い付かれないように走るスピードを上げた。
「ほう、ずいぶんと速く走っているが、その速さでどこまで持つか見ものだな。」
後ろでごちゃごちゃしゃべってるけど、あいつの方が早くもへばるんじゃないのか?
そうこうしているうちに次の曲がり角が見え、曲がると見せかけ、まっすぐに走り、フェイントをかけてみた所、男も少しだけスピードが落ちた。
疲れるかもしれないが、これを繰り返せばどうにかなるか?
そうして、何度もフェイントをかけたり、普通に曲がったり、まっすぐ行ったりを繰り返して、十数分、さっきより離れていて余裕は出てきたがまだ後ろに男は付いて来た。
「お前、しつけぇなぁ。」
「はぁはぁ、私も、とある方の命令でやっているからな。この程度でへばったりはしないぞ。」
その割には、息上がってるような。
「それよりも、拓磨君は大丈夫なの?」
「あぁ、全然へっちゃらだ。」
ちょっときついが見せないように我慢し、また同じことを繰り返して五分、男は明らかに走るペースが落ちているらしく、息遣いと走る音が大分後ろで聞こえる。
「はぁはぁ、まだぁ、まだぁ、ゲッホ、終わらせんズォ…。」
「ねぇ、あの人、かなり息上がってるよ。」
波瑠に言われなくても声を聞けばわかる。
だけど、どこらへんに今いるのか確認するため、ちらっと後ろを見たら、苦しそうな顔と変な走り…というか、ほぼ早歩きで約十歩後ろにいた。
もう、あいつの方がギブアップ寸前じゃないか。まぁ、俺も少し苦しくなってきてるから早く諦めてくれよ。
ちょいと弱音を吐いて、数分走ったが、後ろから何も聞こえなくなり、また後ろをちらっと見ると俺の願いが届いたのか、男は完全に後ろにいなかった。
「やったー!さっきから追っかけてきた男の人いないよ。拓磨君!」
「そうだが、まだ走るぞ。」
数分しかたっていなく、場合によっては近くにいて掴まったりしたら元も子もない。
だから、家へと全速力で走った。
ここら辺は毎朝走っているから、いつも知っている近道で帰ったつもりだが、それでもあの男のせいで家から遠く離れてしまい、帰るのに十五分かかってしまった。
が、なんとか男に見つからず家の通り道にこれた。
「や、やっと、着いたぁ~。」
あいつもかなり撒いたし、わざと変な所走ったから、ここまではこないだろう。
そんな事を考えつつ、家の門近くまで来た時、
「ちょっと、拓磨君!」
と、大きな声で波瑠に止められた。
「なんだ!あいつが来たのか!?」
「違う。もう下ろしてほしいの!」
てっきりあいつが来たのかと思ったが、そのことで騒いでいるのか。
「そんな事で大声出したのかよ。」
「だって、もう家に着いたんだし、それに…い…ず…。」
「何?聞きこえないぞ?」
「落ち着いたら、恥ずかしくなってきたの!!」
二度にわたって耳元で大きな声を出され、二回目が一番耳が「キーン」っとなった。
「分かった!下ろす、下ろすから、耳元で大声出さないでくれ!?」
すぐさま下ろして、波瑠の顔を見ると真っ赤になっていた。
「拓磨君、おんぶする以外に方法はなかったの!」
「だって、咄嗟だったし、思いつくって言ったら、あれしかなかったんだ。」
「もう、助けてくれたのは、ありがとう何だけど、二度とこんな思いしたくないよ。」
「俺だって、こんな思いは二度としたくねぇよ。」
俺達はため息交じりに家の門へ向かうと今度は玄関先から、
「にいちゃん?」
と陽葵の声が聞こえた。
「何だ、陽葵。まだ外に、うごっ!」
門を開けて入るや否や、物凄い勢いで体に飛びついてきて、後ろに倒れた。
「に゛いぢゃ~ん。じんばいじだよ~。」
「急に泣くな。飛びつくな。そして、何言ってるか分から~ん。」
「ほら、陽葵ちゃん、ティッシュ使って。」
波瑠は、ポケットティッシュを取り出し、陽葵に渡し、陽葵は涙を拭いて鼻をかんでいた。
少しは落ち着いたのか、陽葵は俺の体の上からどいて、やっと立ち上がれることが出来た。
「で、何で外にいたんだよ。陽葵。」
「兄ちゃんたちを助けに行くか考えてたんだよ。」
「それはうれしいが、さっき言っただろ、母さんに事情説明して、助けてもらえって。」
陽葵はフリーズしてるが、絶対に気が動転してて忘れたって顔してる。
「に、兄ちゃんが疲れたら、すぐに助けに行けるでしょ。」
「俺の場所なんて、分かるはずないだろ。」
「そんなことないもん!」
「まぁまぁ二人とも落ち着いて。」
俺達は波瑠に止められて、今はどうでも良い喧嘩を止めた。
そして、玄関前にさっき陽葵が持っててくれた俺のカバン置いてあり、手に持ってやっと家の中に入り、閉めて鍵をかけた。
「それにしても、さっきの奴は何だったんだ。本当に波瑠は知らないのか?」
「さっきも言ったけど、知らないよ、あんな人。」
「でも、向こうは、波瑠ちゃんの事知ってるようだけど?」
「それが、分からないの。」
となると、他に考えられることはただ一つしかなかった。
「この前のことを言ったら反応してたし、波瑠のストーカーなんじゃないのか?」
「なんでそう思うの?」
「名前を知っていて、この前の事も知っている。正しくストーカーの行動じゃねぇか。」
「いや、それは当てはまらないよ兄ちゃん、だって私達の事も知ってるようだったし。」
「ストーカーならそれぐらい、知ってる?じゃ、ないのか?陽葵?」
「いや、私に聞かれても、ストーカーの行動なんて知らないし。」
玄関先で話していたが聞こえたのかリビングから母さんが出てきた。
「あなた達、六時に帰ってくるなんて、一体どうしたの?」
「母さん、実は…」
さっきあったことを説明したら、母さんは少し考えこんだ。
「母さん?」
「その人は、スーツを着てて、波瑠ちゃんの事と陽葵、そして拓磨のことまで知ってたと。」
「そうだけど、どうしたんだ、母さん?」
「もしかすると…」
母さんが何か言おうとしたら、
『ピンポーン』
と玄関のチャイムが鳴った。
こんな時間だし、父さんだな。でも、鍵なら持ってるはずだし、まさか…な?
そんな事を思い、玄関のドアノブに手を触れたところ、
「拓磨待って、リビングにあるモニター見てからにして。あと、靴脱いでこっちにいて。」
そう母さんは言いリビングに行き、俺達は急いで靴を脱ぎ玄関先で待機した。
母さんは、リビングでモニター越しに誰かと会話した後、戻ってきて玄関の鍵を開けた。
「
さっきあんなに追いかけてきて、ヘロヘロだった男が平然と立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます