第36話 無事に魔法が発動しました。
「よし、これでいいだろう」
シュワルツさんが改めて床に魔法陣を描き、呪文を詠唱する。
それを俺と女王様、そして王女様であるクーが後方から見つめている。
風のシェイ・プアップが消滅してから、魔物の気配はなくなった。魔王サイドも、四天王一人を送り込めば事が運ぶと思っていたんだろうな。
残念でした。
とはいえ、これではっきりしたんだ。魔王が確実に復活して、この世界を襲おうとしているということ。そして魔王だけでなく、四天王をはじめとする強力な魔族たちも存在しているということ。まぁ、――シュワルツさんの力を借りたけど――俺にとっては大した相手じゃなかったな。
これから忙しくなりそうだ。
女神様と約束したからな。「魔王を倒して世界を救う」と。
詠唱が終わると、シュワルツさんの足元にある魔法陣から白い煙が発生して、国全体へゆっくりと広がっていく。
先ほどは邪魔が入ったけど、今回は問題なく終わった。これでキィンニィ王国は魔法の霧に隠されることになり、平和に暮らすことができるだろう。
「ふう」
魔法の霧が国全体に行き渡り、シュワルツさんが額の汗を拭う。そのときにちらりと腋の隙間から何かタワワなものが見えそうな……。
「ニーナ様?」
「わっ! ク、ククククク、クー! どうしたんだ?」
「今、どこを見てらっしゃいました……?」
「違う! お、俺は何も見ていない!」
ジト目で俺のことを見てくるクー。
「クーちゃん、大丈夫だって。私には「見えそうで見えない魔法」がかかっているんだ。よかったらクーちゃんにもかけてあげようか? マッチョな青年がいつお姫様をいやらしい目で見ないかわからないからね」
シュワルツさんが、意地悪そうな顔で言った。国全体を魔法で包み込むという大仕事を終え、少し気が楽になっているようだった。
「だっ、だから違うんですって!」
「ニーナ様、言い訳は見苦しいですよ!」
クーもシュワルツさんと同じ表情をして俺を攻撃してくる。ああ、もう違うんだって! 違わないけども! げふん!
変な空気を元に戻そうとしたのかどうかはわからないけど、女王様が一歩前に出て、遠くまで広がるキーンニィ王国の街並みを眺めながら言った。
「しかし、シュワルツ様とマッチョ=ニーナ=ぷっリタ=E様のおかげでこの国の安全は守られたものの……」
あっ、女王様、また俺の名前を言って笑った。まあそんなことをいちいちつっこんでいたらしょうがないので、黙っておいた。
「魔王が復活し、このように四天王をはじめとする配下たちが進行を始めた今、他の街も心配ですね」
女王様の言葉で、一番に思い出したのは港町ヴェンチ・プレイスでの
俺がいれば多分ワンパンで済むんだろうけど、移動に時間がかかるからなぁ。実際、港町ヴェンチ・プレイスから交易都市ローインまで一週間近くかかったし、そこからここ、キィンニィ王国までも結構な距離があった。眠っている間に連れてきてもらったからよくわかんないんだけどね。
「なんか、瞬間移動とかできる魔法があれば、俺が全部ぶっ倒してやるんですけどね」
その一言に、シュワルツさんの目がキラン! と光った気がした。
「いいこと言ったな、マッチョな青年! それ、私が開発してやろう!」
まだ出会って数日しか経ってないけど、シュワルツさんなら瞬間移動の魔法を本当に完成させそうで怖い。いや、彼女の使う魔法はそれだけすごかった。さすがスキル「魔法開発」だけある。石に炎を付与するとか、それに自動追尾機能をつけるとか、やばいでしょ。
「ありがとう、シュワルツさん。各地を巡ってしばらくしたら、またお家に伺います」
「ははは、その前に瞬間移動の魔法を完成させて、マッチョな青年の目の前にいきなり」現れて、驚かしてやろう!」
「あの……」
クーが何か言いたげな顔でこちらをみている。そっか、クーは助けを求めるために国を出てたんだったな。そして無事に国が守られた今、もう旅をする必要もないわけだ。王女様として、この国の後継者にならないといけないもんな。
「クー、よかったな。もうキィンニィ王国は大丈夫だ!」
「あ、はい。ありがとうございます。ニーナ様、シュワルツ様」
なんだかクーがもじもじしている。
ふふふ。わかっているとも。
俺は職業「マッチョ」スキル「イケメン」のマッチョ=ニーナ=リタ=Eだよ。女性と話すのが苦手だけども、気持ちくらいはわかるのさ。
ニーナは俺の旅についてきたいんだ。でもスキル「変身」が俺の旅に――魔王との戦いにどれだけ役に立てるのか自信がない。足手まといになってはいけないとか考えているんだろうな。だからなかなか言い出せないんだ。
こう言うときは、こちらから切り出してあげるのがマナーってもんだよな。
「クー。もしよかったら俺と一緒に――」
「シュワルツ様!」
クーが小走りで俺の横を通り過ぎて、シュワルツさんの胸に飛び込んだ。ぽふん! とシュワルツさんのたわわな胸にクーの顔がうずまる。
「クーに、クーに魔法を教えてくださいまし! 私、もっと勉強をして、スキル『変身』を極めたいんです!」
――え? 違った。恥ずかしいです。そういえば、シュワルツさんの家でお世話になっていたときも、クーは彼女にメロメロだったもんな……。
「はぁ? 話を聞いていただろう? 私はこれから魔法の開発で忙しくなるんだ! だめだめ!」
「お忙しいのでしたら、私が家事全般から面倒を見ますわ! シュワルツ様は魔法の開発に没頭してくださいませ! ね、それならどうです?」
「ぐぬぬ……家事全般だと……それはありがたいが……ほっ、ほら! クーはここで王女様としての公務とかがあるんじゃないか?」
「いいえ! それはお父様とお母様が何とか致しますわ! ねぇ、お母様?」
「そうね、大魔法使いシュワルツ様だったら、私も安心して預けることができます」
「ちょっと女王様! 勝手なこと言わないで……」
「決まりですわ! お父様にも報告してこなきゃ!」
「シュワルツ様、どうぞ我が娘をよろしくお願いします」
はい、俺、完全に蚊帳の外です。
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