第24話 誘惑されました。

「では、1泊銀貨2枚、確かにいただきました」


 俺は、俺とペットのリスの分も含めて銀貨2枚を支払った。「小動物にまでお金は要求しませんよ」と宿の主人は言ってくれたが、一応受け取ってもらった。

 

 だってリスはリスじゃないから。あとあとバレたときのことも考えて。そんなこと、あってはならないけどね。

 

 宿の手続きを済ませると、二階の一番奥の部屋に通された。


 そこはベッドと椅子、簡単な棚が備え付けられているシンプルな部屋だった。奥に扉があって、おそらくそこがお風呂なのだろう。

 

 まずは持っていた荷物を下ろして棚に入れ、椅子に座る。さすがに外で過ごしたタンクトップと短パンでベッドに飛び込むわけにはいかない。イケメンは行動もイケメンでなければな。


「ふう、長旅だったぁ」


 思わずそんな声が漏れてしまった。無理もないよ、だって港町ヴェンチ・プレイスから馬車で十日以上かかったんだ。おまけに最後の最後で山賊もどきのお姫様にも会うしさ。


 さてこれからどうなることかと考える前に、クーが俺の肩から床に飛び降りて、変身を解く。

 ネコミミが特徴的な少女――18歳とか言っていたから女性と言った方がいいのかな――は、「お風呂、お風呂に入らせてください!」と、一目散に奥の扉を空けて、中へ入っていった。

 


シャアアアア。



 奥からシャワーの音が聞こえる。

 クーが軽く鼻歌を歌いながら体を洗っている。その声からご機嫌な様子が伺えた。


 けど、この世界でどうやってシャワーを出しているんだろう。給湯器があるわけでもなかろうに。気になるけど、今中に入って確認するわけにもいかないから、後で調べてみよう。


 それにしても、獣人族、魔力を高める血、ねぇ。本当にそんなものがあるなら、もっと強い人間が現れてもいいと思うんだけどなぁ。


 そしてお風呂に入ってご機嫌のお姫様、キィンニィ・クー。名前、筋肉じゃん。っていうか、俺、クーにまだ名前を教えてなかったなぁ。笑われるかなぁ。それはそれで傷つくんだよなぁ……。

 

 そんなことを考えていると、扉の向こうから声が聞こえてきた。



「おーい、来てください!」



 来てください? シャワーを浴びているのに?

 俺の鼓動が早くなるのを感じた。

 

 ど、ど、どういうこと? 俺が扉を空けてお風呂に入るの? なんで?


「おーい、起きてますか? できれば早く来て欲しいです」

 

 再びクーの声が聞こえる。確かに俺を呼んでいる。風呂場に来いと呼んでいる。

 俺はふと、あのときのあの光景、あの感触を思い出した。


 

 ふにふに。

 


 ぶるぶるっ! 顔を横に振って煩悩を追い払う。

 

 だめだだめだ! 相手は18歳の少女だぞ! しかも一国のお姫様。昨日今日会ったばかりのイケメンに裸を見せるなんてよくない!



「はやくぅ、来てくださいぃ」



 だめだ、今俺の頭の上で理性と欲望が戦っている。

「ダメダメ! 女の子のお風呂に行くなんてありえないよ! のぞきと一緒!」

「いいじゃねぇか、あっちが呼んでるんだぜ! 行けよ、行っちゃえよ!」


 ああ! どうすればいいんだ。


 こんなときは筋肉に尋ねてみよう。行くべきか、行かないべきか、どっちなんだい。

 いーくっ!



 バン!

 意を決して、俺はお風呂の扉を空けた。

 

 脱衣所には、クーが長らく着用してボロボロになっている装備一式が脱ぎ捨てられていた。

 

 だが、目の前に裸のクーはいなかった。



「あっ、よかった。聞こえていたんですね。あの、私新しいお洋服が欲しいんですが、よかったら買って来てくださいませんか? 肌着と皮の鎧一式と、できればネコミミ隠しの帽子まで!」



 下の方から声がして、俺が目線を落とすと、そこにはリスの姿をしたクーがいたのだった。


 だよね、変身できるんだから、俺の前で裸を晒すことなんてするわけないよね。俺はちょっとだけがっかりした。ちょっとだけね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る