第12話 筋肉は通じ合います。

「……なんだあのデカさは。見たことがねぇ」


 海の向こうに現れた巨大なイカの怪物テンタクルスを見ながら、冒険者ギルドのメンバーは震えていた。無理もない。確かに、陸地から相当離れた場所にいるのに、この大きさだ。間近で見たらとんでもないと思う。


 しかも海から出てきた勢いで海面がうねりを起こし、大型の船が上下左右に大きく揺られている。もしもこのまま巨大なイカの怪物テンタクルスが暴れ出したりでもしたら、この街は無事では済まないかもしれない。


「……ヤベェ……ヤベぇよ!」

「あんなデカイの、勝てるわけない!」

「そもそもあんなところにいたら戦うどころじゃないぜ!」


 そんな声が聞こえてくる中、ルーベが喝を入れた。



「おい、お前ら!」



「!?」

 すごい。彼の一声で一瞬にして、場が静まり返る。


「お前ら、これまで何のために筋肉を鍛えてきた? こういうときに動じないためだろ! 自分の筋肉を信じろ!」


 ぐぐっとルーベが肘を曲げて、力こぶを作り、ニカッと笑う。するとどうだろう。今までびびっていた他のメンバーたちも次々と力こぶをつくり、笑顔を見せ始めたではないか。やはり自分で鍛え続けてきた筋肉は嘘をつかない。俺も思わず、力こぶをつくっていた。


「いいか、あんな海の向こうにいる魔物、正攻法で戦うのは無理だ。だからまずは、全員街の人々の避難を手伝え! できるだけ高台へ避難させるんだ! さあ行け!」


「ルーベはどうするんだよ?」

 ギルドのメンバーたちが尋ねると、ルーベはニヤリと笑った。


「俺か? 俺はここに残る」


 彼が手を伸ばして「ふん!」と気合を入れると、目の前でうねっていた海が一瞬にして氷漬けになった。



「うおおおお!」



 メンバーから歓声が上がる。波のうねりが消えたことで、恐ろしさが若干緩和されたのだろう。


 これがルーベの能力スキル冷撃フリーズ」か……彼も相当な実力者だな。魚を氷漬けにするという話しか聞いてなかったから、正直驚いた。ここまでとは。


「俺は、あの巨大なイカの怪物テンタクルスを食い止める。王都からきた最強の戦士、ニーナ・リタと一緒にな。いいだろう?」


「もちろん。このために王都から来たといってもいいくらいだ」


 ルーベに言われて、俺も自信たっぷりに返事をする。いや、正直勝てるかどうか、戦ってみないとわからないよ。攻撃が届くかどうかもわからないし。でも、ここで俺が日和ってしまったらだめだろう。みんなの士気を下げることになるし、なにより王都の冒険者ギルドの評価も下げることになる。


 そんな俺とルーベの姿を見て、他のメンバーたちはすっかり震えも止まったようだ。「おし、一人残らず避難させるぞ!」「おお!」と街中に散らばっていった。


 ……ただ一人、残った者がいた。港町ヴェンチ・プレイスの冒険者ギルドのギルドマスター、スピナ・スージーだ。彼女は力強い目で、まっすぐに兄であるルーベを見つめていた。


「お兄ちゃん、絶対生きて帰ってくること。これはギルドマスターからの命令よ! 相打ちとか、無駄死にとか、許さないから!」


「おお、まかせとけ」


「ニーナさんも、危なくなったらすぐに逃げること。自分たちの命優先で行動すること! わかった?」


 こういうときでも、うろたえることなくいつもの調子で俺たちに声をかける。さすがギルドマスター。ギルマスが不安をあらわにすると他のメンバーにもそれが感染うつっちゃうからな、それを彼女もちゃんとわかってるんだ。

 

 スピナは俺たちに笑顔を見せると、ぷるんと大きな胸を震わせて、街の方へと走っていった。


 ……ああ、ぷるん。すっげぇなぁ。いやいや、違う違う。こんな非常事態にそんなことを考えるな、俺! ルーベに気づかれてないよな?

 ちらりと彼の方を見ると、真剣な眼差しで巨大なイカの怪物テンタクルスを見つめていた。よかった。


◇◆◇


「さて……と」

 俺とルーベは、港の一番先まで出っ張っている防波堤に場所を移動し、巨大なイカの怪物テンタクルスの様子を伺うことにした。


 うーん、改めて見ると、やっぱりデカい。これも魔王が復活する前触れみたいなもの……なのかな?


「これまでにこういった魔物が発生したことは?」

 ルーベに尋ねる。


「いや、俺が知っている限りではないな。」

「ってことはけっこうヤバい状況だったりする?」


「……平静を装っているつもりだが、正直どこまでが通用するのか……不安はある」


 ルーベが「俺の力」と言わずに、「俺たちの力」と言ってくれたのが少し嬉しかった。まだ出会って数時間も経っていないというのに。これがいわゆるマッスル・コネクション(筋肉を持つ者同士、心が通じ合う)なのかもしれないな。


「大丈夫、俺とあんたなら絶対に倒せるさ」


 お互い顔を見て、ふっと笑い合った。



 さあ、イカ退治といきますか!

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