第5話 女神様と出会います。

 俺は元の世界でトラックに轢かれて死んだ。


 これはテンプレというかなんというか、よくある出来事だ。


 一瞬で目の前が真っ暗になって意識が飛んだ。痛みは……それも一瞬過ぎてよくわからなかったな。

 で、次に意識がはっきりしたときは、女神様の前にいたというわけだ。


 女神様は、長い黒髪でそれなりに美人で、白い服を着ていたのが特徴的だった。そして優しい口調で俺に語りかけてきた。


「あなたは残念ながら、元の世界で命を落としてしまいました。本来なら輪廻転生のことわりにしたがって、新たな命として生まれ変わります」


 ああ、やっぱり俺は死んでしまったのか。そんなことを思っていると、次に女神様は思いもよらぬことを言ったんだ。


「ですが……今の記憶を保ったまま、他の世界へ転生させることも可能です。いかがでしょう、私の作った世界へ転生して、魔王の手から世界を守っていただけませんか?」


 これは俗にいう「異世界転生」というやつじゃないか。


 いいね! アニメでよく見た展開がまさか俺にも訪れるなんて! 心おどる光景じゃないか。でも落ち着け、俺。こういう甘い話には罠があるかもしれない。


 俺は深く息を吸ってから、女神様に話しかけてみた。



「輪廻転生の理に従うと、俺はまた人間として生まれ変われるんですか?」



 女神様は首を横に振った。

「何に生まれ変わるのかはわからないし、選べません。ましてや今の記憶さえもなくなり、あなたは新しい命として生きていくことになります」


 だったら――今の記憶を持ったまま転生した方がいいかな。


「それと……転生するときって何か能力をもらえたりしますか?」


 今度は女神様がうなづいた。

「はい。希望する能力があれば――といっても私の力が及ぶものに限られますが、与えることができます」


 となると、もう異世界転生一択じゃないか。


 これまでの人生、特別悪いとも思わなかったが、いいとも思わなかった。約30年、ごくごく普通に過ごしてきた。大学卒、会社勤め、ジム通い、彼女なし。その俺が……異世界転生で生まれ変わり、今度こそは自分で満足のいく「いい人生」を送るんだ!


「わかりました。じゃあ、俺、異世界転生します。そして魔王を倒します!」


 女神様は俺の言葉を聞くと、にっこりと微笑んだ。


「ありがとうございます。それなら、早速いろいろと決めましょう。善は急げと言いますからね!」


 女神様が手をちょこちょこと動かすと、俺の目の前に多くの人の姿が浮かび上がった。剣を持ち、鎧を装備した戦士や杖を持つ魔法使い、さらには剣に炎を纏った……これは魔法剣士だろうか? なるほどそういうことか。


「まずは職業ジョブを決めましょう。戦士、魔法使い、魔法剣士、武闘家……特に決まりはありません。なりたいものを一つ選んでください。ただし、転生後に変更することはできません。じっくり考えてください」



「あの……質問しても?」



「どうぞ」


「勇者とかって、あり?」


「ええ、もちろん。ただ、勇者は全ての特技を扱うことができますが、全てが平均並みです。武器の扱いに関しては戦士には敵いませんし、魔法も使えますが、扱える種類も、威力も魔法使いには及びません」


 俺の目の前に勇者の姿をした人の姿が浮かび上がる。勇者といえば、魔王を倒す絶対的強者というイメージがあったけど……。


「全てが最強というわけにはいかないんだな」


「はい。何かの力を得るには、何かの代償が必要です。強い力を持つ戦士は魔法が使えない。魔法のスペシャリストである魔法使いは力が弱い、といった具合にうまくバランスが取れているのです」


「なるほどな」


職業ジョブに関しては後回しにしますか?」


 悩む俺に対して、女神様が優しい言葉をかけてくれるが、実はもう腹の中は決まっていた。


「いや、結構だ。職業ジョブは決まった」


「素晴らしい決断力ですね! それで職業ジョブは何になさいますか?」



 俺は真っ直ぐに女神様を見つめて言った。



「マッチョだ!」

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