第37話 元勇者 VS ??????

 ……ふと、かいひでの視界に、誰かが立った。

 唐突に。気付くとすでに、そこに。

 音さえたてず、姿が現れた。


 うっそうとした山奥、迷いついた草むらの中。


 その何者かは、あたりを取り囲む暗い草木のただ中にあって、どこか奇妙に異質な空気をただよわせ、こちらをうかがっている。


 ……一見、ごく普通の少女だ。

 顔だちも、髪型も、身体つきも普通。

 休日向きのカジュアルな服装ではあるものの、見た目の年齢からして、この城山一郭にあるかい学園の生徒だとしても何ら不思議はない。


 ただ、おだやかなほほ笑みをたたえてこそいるが、細められたその目もとから本来の感情を読みとることはかえって難しく、そこには何かじんじょうならざる霊力のようなものがほのかに揺らめいている。

 かい見えるそうぼうは、無色透明の宝石のようだ。


 


 異世界で幾多の冒険を体験した元勇者――かいひでには、直感的にそれがわかる。

 さらにいえば、その異形の者と彼は過去に会っている。

 それを裏付けるがごとく、少女は親しげに両手を広げると、草を踏んで歩み寄り話しかけてきた――。


「やあ、勇者ヒデオ。いや、いまは元勇者というべきか。しばらくだ、私のことはまだ覚えていてくれるかな?」 


「――、……精霊王ジェナ⁉」


 ややあって、乾いたのどかいひでが――元勇者ヒデオがそう答えると、相手は大げさにおどけて見せた。


「おそれいる、やはり君にはたやすく見破られてしまうか、こんな少女の体を借りていても。ちなみにこの娘は君の学園の生徒で、つうひとみ、というらしいよ。『』という願いを持っていたから、こうして私の――精霊王ジェナのしろにしてやったのだ」


「――、……なぜあなたがこの世界ここに?」


 突然の再会を引き金に、かいひでの記憶は一挙によみがえる。異世界で得た無数の知識とともに。


 精霊王ジェナについて。

 そも、精霊とはなんであったか。


 ――いにしえより生き続ける、神々の使い。

 ――万物の根源をなす《元素エレメント》をつかさどる異形の者、それが精霊。

 ――元素エレメントとはいわば、森羅万象の素となる粒。地、水、火、風、聖、魔など、あまの属性を持っていくつもの世界に散らばるエネルギー。


 そのすべてを管理し各世界のきんこうを保つ者こそ、精霊王ジェナ。

 かつてこの城山で落雷に打たれたかいひでの魂を、異世界へと召喚し、勇者となる加護をあたえた存在――。


 いま、その精霊王ジェナが、つうひとみという少女の姿で目の前に立ち、少女の声で言葉を紡ぐ。

 

「おや、そんなに驚きと期待の入りまじる目で私を見ないでくれ。何も君をまた異世界あちらへ召喚しようというわけではない。もののついでに、こうして山奥くんだりまでやっては来たが……むしろ私が用があるのは、実を言うと君の娘のほうだ」


「――、……娘に、ユーシヤに、用?」


 高い木々の葉がこすれあい、二者の頭上でざわめく。


「そう、かいユーシヤ。あれこそ私の求めていたものだよ。そして《しんせいじん》誕生の条件もすでに整いつつある。あとひと押しで、世界再編――素晴らしき新世界の幕開けだ」

     

「――、……待ってくれ。いったいなんの話をしている?」


「いまさら、知らぬわけでもなかろう? 転生者と異世界人のハーフには、《世界を変える力》が眠る、と。まったく、君の娘、ユーシヤはいつざいだよ。生まれ持ったあの《聖なる魂》。そう、聖剣を生みだす無限の聖属性エネルギー――を秘めたあの魂。転生者と異世界人のハーフゆえに、異世界元素エレメントへの強い耐性も持ちあわせている。まさに《新聖人》となるに最適な器だ」


「――、……《シンセイジン》……だと?」


「新世界をもたらす聖なる超人、聖属性生物の進化の頂点のことだ。《聖なる魂》を宿すユーシヤに、大量の異世界元素エレメントを掛け合わせれば、それは誕生する。神々さえしのぐ存在。……森羅万象を構造ごと歪め、次元時空すら改変させるスキル――《世界再編》をこう使する、あらたな創造主すなわち《新聖人》が」


 草むらに立ちつくし、どうにか話を追うかいひでを、なかばあざ笑うかのように。

 どこにでもいる少女の姿で、精霊王ジェナはなおも冗舌に語る。


「そう、《新聖人》。すでに手はずの大半は整っている。ここしばらく、この世界の人間を何人となく私の加護によって異世界転生させてきた。それもこれも、異世界転生の乱発によって各世界とこの地の境界にほころびを生じさせるためだ。そのほころびから、何年もかけ私は無数の異世界元素エレメントをこちらへ流入させた。《新聖人》を生みだすのに十分な量と種類の異世界元素を。あとは、それらをそそぐ器となるかいユーシヤを手に入れるのみだ。事は実に順調に運んでいるよ。もっとも、異世界元素の影響でなどという副産物が発生したのは、いささか想定外だったが、クククッ」


「――、……なっ⁉ では、つまり……」


 飲み込みきれぬ話の展開を、無理やり飲み込んで。

 相手に目を見ひらく元勇者ヒデオの口から、ある種の不吉なひらめきがこぼれた。


「……つまり、あなたの流入させた異世界元素エレメントがあの子たちを、思春期特有の成長エネルギーと《願い》を持つ少年少女を、偶然にも異世界キャラ属性に――させてしまった、ということか? すべては、《聖なる魂》を宿すユーシヤに異世界元素を掛け合わせたいがため、《新聖人》というあらたな創造主を生みだしたいがために。そしてあなたの真の狙いは、神々さえおよばぬ絶大な《世界を変える力》――《世界再編》を《新聖人》に行使させ、新世界を創りだすことにある……」


「解説ありがとう。理解が早くて助かるよ、元勇者ヒデオ。さすがは異世界経験者だ」


 優雅な称賛の拍手が、山々の暗い木々にこだまする。

 それはかいひでの――元勇者ヒデオの耳に、不快なほど謎めいて響いた。


「――、……だが、まだわからない。あなたは精霊王――、神々にもっとも忠実な存在のはず。精霊とは、森羅万象の源たる元素エレメントを司りそのバランスを保って、神々の創造物であるいくつもの世界を維持する異形の者たち。その王たるあなたが、いまある世界とは異なる新世界を望もうというのか?」


「まさにそこだよ」


 どこにでもいる少女、否、精霊王ジェナはたり顔で声の調子を高める。


「創世以来のながきにわたり、私は神々の意に従い全世界の元素エレメントを制御し続けてきた。神々が創りし世界の、自動環境調整システムが我われ精霊の本分であり、その中枢制御プログラムこそ私、精霊王ジェナだからだ。私に埋め込まれているのは、常により善き世界を志向するという崇高にして遠大なタスク。――それゆえに、なのだよ」


 いまいましげに、天をあおいで。


「それゆえに、私は我慢ならなくなった。このままでは永遠に、全世界は神々の鑑賞物にしか過ぎん。これ以上の発展は望むべくもなく、停滞、むしろ衰退へとまっしぐらに向かっている。神々は何をしている? おのれの創り上げた世界が脅かされることを恐れ、たがいへの干渉を嫌い、それぞれが自分の世界に引きこもって鑑賞という名の自慰にふけるばかり。より善き世界を到来させるのは、やつらのようなたいな豚どもではない。ならば、あらたな創造主を、《世界再編》を行使する《新聖人》を生みだせばよい。私にはそれができる。《聖なる魂》を宿すユーシヤに、あま異世界元素エレメントを一挙に掛け合わせさえすれば……。ああ、素晴らしいじゃないか。まるで定められし運命か、たどるべき美しい法則のよう。君もそう思わないか? おや」


 うっそうとした山奥。

 ――かいひでが、決意したように剣のかまえをとった。

 かつて彼が勇者ヒデオであったとき、多くの魔物や闇の魔王を前にそうしたように。


「――、……よくわかった。すまないが精霊王ジェナ、あなたを全力で止めさせてもらう」


「参考までに聞くんだが、それは父親としての君の意見か? それとも元勇者としての?」


「――、知らないな。ロクな父親じゃなし、元勇者とて異世界を追放されたに等しい身だ。だがこんな俺でも言えることはある。……あの子は、ユーシヤはユーシヤだ。《新聖人》など、いらぬお世話。あの子が何者であるか、あの勇気の光でどんな世界を照らし生きるかは、あの子自身が決める。あなたでも俺でもない……。はぁぁぁっっっ!」


 左にかまえた手刀。

 その刀身に青い雷光がほとばしる。


「ほう、私が君にあたえた加護はとっくに期限切れのはずなんだが。まだそれだけの勇気の光を隠し持っていたとは、まさに元勇者のきょうを見る思いだよ。たいしたものだ。とはいえ、娘と違い生まれながらの《聖なる魂》を持つわけでもない君では、さすがに聖剣の再現とまではいかないか。まあなんにせよ、おっと」


 じれてくりだしたかいひでの青い手刀が数発、どこにでもいる少女の――精霊王ジェナの肌をかすめるも手ごたえなくかわされていく。

 みなき追撃。

 しかし相手は息さえ切らさず、余裕そうに唇をひらく。


「君の方から動いてくれて手間がはぶける。実は《新聖人》にする前に、かいユーシヤにはもう1段レベルアップして欲しくてね。あの《聖なる魂》の潜在能力を、つまり勇気という聖属性エネルギーを最大限に引き出させたいんだ。だが本物の勇気というのは、深い悲しみや怒り――絶望と孤独のふちに落ちたときこそ試されるものだろう? だから……」



 ヅギュシュッ。



「氷の精霊触手エレメンタル・タッチ。これで君に死をもたらすことにした」


 太く巨大な氷柱と化した少女の両腕につらぬかれ、男の動きが止まった。

 間を置かず、鮮血とともに氷柱は引き抜かれ、かいひでは草地に倒れる。

 うつ伏す彼の左手が地面をひっかくように二度、三度とけいれんし、最後の光とともに息絶えた……。


「お役めんだ、元勇者よ。君に敬意を表し、そのなきがらはせめて見晴らしのいい場所に横たえるとしようか」

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