第38話 亡者のペダルは回転する

 休日の間に、かい学園の理事長が亡くなったらしい。


 そんなうわさが週明け月曜日の通学時間帯には、すでに生徒たちの間を駆け巡っていた。

 いつも集団の輪の外にいることで定評のある俺、もうはじめの耳にもれ聞こえてきたくらいである。

 朝礼で学園からの正式なアナウンスが告げられると、うわさは厳然たる事実になった。


 昨日早朝。

 本学園の理事長、かいひで氏が城山の天守台付近にて遺体で発見された。

 第1発見者は、日常的な登山者である近隣住民数名。

 遺体発見時、すでに死後半日以上は経過していたものと見られる。

 今晩の親族のみによる通夜を経て、葬儀は明日火曜日にとり行われる。

 同日正午過ぎ、斎場から出棺の折り、れいきゅうしゃが学園前の公道を通過される予定である。

 生徒の皆さんは教員の指示に従って道路わきに参列し、それをもってお見送りとされたい。

 以上。


 生徒への心理的影響をおもんばかってか、死因は伏せられたまま。

 だがその実、亡くなったかいひでの胸もとに何かによって刺しつらぬかれたような巨大な穴が穿うがたれていたことを知らない者は、学園の中に何人いただろうか。


 例のごとくネット上には憶測も含めた情報が無責任に早くもばらまかれ、明け方近くまで現場検証する警察班を実際に見た生徒も少なくなかった。


 もちろん、学園側だってバカではない。

 説明責任ということもあるし、保安上の問題だってあるだろう。


 朝礼の際に死因を伏せたのはあくまでも配慮としてであり、書面として配布された生徒と保護者宛てのプリントには、理事長の死因として他殺(刺殺?)が疑われること、犯人はいまだ捕まっていないが、警察による十分な現場検証と捜査が行われ、目下、生徒の身に危険が及ぶような状況ではなく、厳重な安全管理が引き続き徹底されること、当面の間、城山の登山エリア付近は利用を禁止とし、事態の経過を見ながらてき常態への復旧をはかること等が明記されていた。


 当然だろうが、学園にかいユーシヤの姿はない。

 学園から発表のあったこの日は、朝から一日中、雨が降り続いていた。



 放課後……。

 転生徒会はなんとなく手持ちぶさたなままに時を過ごして解散した。


 誰も笑わなかったし、誰も泣かなかった。

 ゴブリンも魔王もアマゾネスも。

 そして俺、亡者のもうも。


 何を思うべきなのか、どんな顔をすればいいのか、正直誰にもわかっていなかった。

 勇者のいない転生徒会室で、ただ雨の匂いだけが俺たちのあいだをただよい、長机やパイプ椅子をしけらせた。


 主役不在のパーティーとはまさにこれか。

 いっそ、誰かこのしみったれた空気をもう君の陰キャ属性のせいにでもしてくれたら、鼻で笑うことくらいはできたかもな。


 でも亡者属性な俺の鼻から出たのは、しけたくしゃみだけだった。



        ♢



 さらに翌日。

 雨は、正午を過ぎてなおいっこうに止まず。

 ……りん先生もあん先輩もあますみれも、きっといまごろはほかの生徒たちと同じ暗い傘の花を咲かせ、公道わきで葬送に参列しているだろう。

 

 不届き者の欠席者は俺、もうだけ。

 ――いてもたってもいられずに。

 さしたる考えひとつなく。

 自転車こいで田舎道。

 目的地――都市部を外れた火葬場の場所は、ダメを承知でりん先生から聞きだした。


 行ってどうする?

 ユーシヤあいつに会って、それでどうなる?


 わからん。

 見切り発車な気持ちの速さで、ペダルは回転。

 おいおいこれじゃ、あいつのゆうかんぼうさがうつっちまったみたいじゃねえか。

 ははは、笑えねー。

 雨はどんどん、冷たく、重くなる。

 自転車のハンドルごと握り込んだビニール傘が、さされないまま無言の抗議を俺に向けてくるが。

 白骨化した長髪は、雨に濡れてもすぐに乾く。



 息を切らせて火葬場へ着くと、……ユーシヤはすぐに見つかった。


 エントランスのガラス扉越し。

 ほとんどふく姿の大人たちしかいないその場の光景にあって、かいユーシヤの青マント姿はいやでも目立つ。


 ちょうどそのとき、大人たちの数人、親族とおぼしき人たちがユーシヤと口論をはじめていた。

 屋内の声は聞こえないが、どうやら、まさにその青マント姿をとがめられているようだ。

 故人をいたむこの日に、青マント姿とは何事か。

 たがいに身ぶり手ぶり付きの激しい言い争い。

 もうたくさんだという風に、何かをさけんでその場を後にし、ユーシヤがガラス扉から外へ飛び出してきた。


 目が合った。

 腐った白目の俺が言うのもなんだが、たしかに合ったと思う。

 うるんだように見えた碧眼が、走り去る。


「おい」


 止めた自転車にけつまづき、ビニール傘をひっつかんで俺は青いマントを追う。

 やれやれ、勇者ってやつは、いつでも俺の先を行きやがる。



 火葬場の敷地を抜け、濡れそぼった細い林道をしばらく行った先。

 そこは、雨に泡立つ貯水池のほとり。

 どうにか追いついたユーシヤの背中は、青のマントにくるまれて小さく震えていた。


「……アッハハ、どうっして、もうがいるんっだよ」


 ぐしょぐしょの声で、しゃくりあげながらそいつは言う。


「陰っキャ属性のくせに、っずいぶん、思い切った行動力じゃっないか」


 雨が、降っている。


「……いやまあ……、あー、むしろ陰キャだからじゃね? 空気の読めなさには定評がある。何しろ白目も腐ってるからな……って、だから誰が陰キャだ。亡者だ、モウジャ。また会いましたね」


 雨が、降って、いる。


「っまったく、君にだけっは、見られたくっ、なかったのっになあ。ボク、っ涙は他人に見せなっい主義なんだ」


「……ああ。お前ときたら、勇者属性の転生徒、かいユーシヤだからな」


 ――ピクリ、と。


 ユーシヤの肩がこわばった。

 しばし、沈黙。

 池の水面に向けられた顔は、振り向かない。


 しゃくりあげていた体の震えは少しずつおさまり、何かを決意して呼吸を整えているのが感じられる。


 俺はここにきてようやく、アホみたいにぶらさげていたビニール傘を開き、後ろから青髪青マントの美少女にさしかけた。



「……ねえ、もう。ボクはウソつきだ。……君や転生徒会のみんなに、ずっと……隠してきたことがあるんだ。話すのを避けてきたけれど、今日言わなきゃ、たぶん一生言えない気がする。だから、聞いて――」

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