第18話 幕間 《英雄の書・後編》

 魔王を倒した転生者、勇者ヒデオの物語。

 ニホンから異世界へやって来た、一人の青年のお話。

 その続き。

 

 さて、魔王討伐からほどなく。

 勇者ヒデオは、なんと神々のきんを破ってしまいました。

 自らが救った美しい姫君マーシヤと恋に落ち、彼女との間に娘をもうけたのです。


 生まれた娘につけられたその名は、


 母から王家の血統を、父から転生勇者の遺伝子を受け継ぐ青髪碧眼の愛らしい赤子。

 その赤子ユーシヤには、生まれつきの勇者のあかしか、すでに《聖なる魂》が宿っているようでした。

 聖剣を生みだす無限の聖属性エネルギー――を秘めた魂が。

 いたいけなひたいにはほの青き紋章も浮かんでおり、それはどうやら父ヒデオの出身世界で勇気の意をあらわす《勇》の文字――。


 しかし、転生者と異世界人が子をなすことは、神々の怒りに触れる禁忌であったのです。

 転生者と異世界人のハーフ……。

 世界のまじりあいを象徴する、禁忌の子。

 伝説によれば、異種異質なる魂のこんこうから生まれたその者には、神々さえおよばぬ絶大な《世界を変える力》が眠る……とも。


 なればこその禁忌。

 事実、いかなる時代にも転生者と異世界人のハーフが3歳を超えて生きたためしなく、神罰によりその幼き命を奪われているという――。


 禁忌の子ユーシヤに神罰が下るのを防ぐため、母となったマーシヤ姫は自らの魂を身代わりに煉獄へ捧げることで、神々から免罪を得ようと密かに決意します。


 むろん、それを知れば勇者ヒデオは反対するでしょう。

 でも、マーシヤにはわかっていたのです。

 母である己の魂を犠牲に差しだす以外、愛する娘ユーシヤを守るすべはほかにないと。



        ♢



 魂を捧げる儀式の前夜――。


 マーシヤはばんさんに眠り薬を仕込み勇者ヒデオを眠らせると、ヒデオの冒険仲間であったドワーフのフゾとエルフのフーカを城へ呼びだしました。


 そして駆けつけた2人に、生後まもなきユーシヤと眠れる勇者ヒデオを連れ、城の地下にある転移門からヒデオのもといた世界へ――ニホンへ転移するよう依頼したのです。

 ヒデオをもといた世界へかえすこともまた、神々のゆるしにつながると信じて。

 

「あなたがたにお願いがあります。どうかいますぐ娘とヒデオを連れて、この世界ワルダを脱出してほしいのです。禁忌の子、転生者と異世界人のハーフであるこの子ユーシヤの免罪を神々から得るため、私が魂を煉獄へ捧げるその前に――。お城の地下に、我が王家だけが代々隠し伝えてきた転移門があります。転移門には人を望みの場所へ導く特殊な魔法がかけられているので、ヒデオのもといた世界へもきっと転移できるはずです……」


「……。――ただし?」

 ややあってそう聞きかえしたのは、ドワーフのフゾ。

 愛娘を抱くマーシヤの苦悩に満ちた表情だけを見ても、話がそれほど簡単ではないと想像するには充分だったからです。


 案の定、マーシヤから返ってきた答えは――。


「……ええ。ただし、転移門は片道にしか使えません。あちらの世界へ転移した後、あなたがたが再びこの世界ワルダへ戻ってこられる保証はどこにもありません。身勝手な、本当に身勝手なお願いだと承知しています。ですが、あなたがたにしか頼めない。私が煉獄へ魂を捧げるなどと聞けば、勇者ヒデオはきっと反対するでしょうから。それでも娘を、ユーシヤを神罰から守るすべはほかにありはしません。そしてヒデオをもといた世界へかえすこともまた、神々のゆるしにつながると信じたいのです。だから、どうか、……どうか――」


 最後の言葉は、抑えきれぬ涙の中に消えてしまいました。


「ニャッハハー、こりゃまいったね、フゾっち」

 わきからお気楽な調子で茶々を入れたのは、エルフのフーカ。


 フゾはそんな連れ合いに舌打ちすると、まっすぐにマーシヤを見すえて言いました。


「いいかね、お嬢さん。はっきりさせておくが、ワシはあんたがた王族だの貴族だのって連中は好かん。大嫌いだ。何でも自分の思いのままだと考えてやがるんだからな。あんたにしたってそうだ。『お願い』だなんて口になさるが、腹ん中じゃどうせもう全部決めちまっているんだろう? あんたの魂がどれだけかけがえのないものか、その存在が民にとってどれだけ尊いものかをワシらがここで力説したところで、答えはこれっぽっちも変わるまい」


 うつむいたまま言葉を返せないマーシヤにくるりと背を向け、ため息を1つ。


「ヒデオのとこに案内してくれ。あいつとその赤ん坊くらいなら、眠っとる間にワシひとりで運びだせる」

「いやいやないっしょー。勇者ヒデオのほうはともかくとして、毛深いドワーフのフゾっちに抱っこされたりしたら、チクチクして赤ちゃん泣いちゃうよー。可愛いユーシヤたん担当は、このきれいなエルフのオネーさんで決定じゃーん? ムフフ」

「だとさ」


「……フゾ様……フーカ様…………ありがとう……本当に…………ありがとうございます」 

 別れにのぞむマーシヤの心ははりさけんばかり。

 さりとて一刻のゆうもなく。

            

 城の地下にある転移門から、ヒデオがもといた世界――ニホンへ。

 魔法仕掛けのさびついた大きな鉄扉を抜け、慌ただしくフゾとフーカは旅立ったのでした。

 眠りの内にある勇者ヒデオと、その娘――父親そっくりの青いうぶ毛に、母親譲りの碧い瞳をまぶたに隠した赤子――ユーシヤを連れて。



 転移門の向こうへ消える一行を涙ながらに見送った後、マーシヤは城内の教会へ静かに赴き、儀式によって夜明けとともにその魂を煉獄へ捧げたといわれています。

 祭壇の前で身を横たえるマーシヤを侍女が発見したときには、すでにそのうら若き体から魂は失われ命尽きていたのでしょう……。



        ♢



 さて一方、転移門をくぐったフゾたちはというと。


 ……門の奥深く。

 たちこめる暗闇がしばらくのうちに歪み晴れかかると、そこはもうニホンのようでした。


 とある山の頂上付近らしき、石垣に囲まれた草地の小広場。

 下方に見渡せるのは、陽光にきらめく石造りの小都市。


 転移により精霊王の加護が消えたせいでしょうか、フゾに背負われた勇者ヒデオの髪は青みを失って黒に変わり――。


 薄目をあけてむづかる赤子ユーシヤの碧眼と青いうぶ毛、いたいけなひたいに浮かぶほの青き《勇》の紋章、そしてその小さな身体を包み込む青布(それが勇者ヒデオのまとっていた青のマントだとフゾもフーカも気付いていました)だけが、フーカの胸に抱かれて碧く青く、後にした世界の光をすらたたえているようでした。


 おそらくそのすべては、ユーシヤと名付けられたその女の子が、生まれつきの勇者であることの証。

 転生者と異世界人のハーフ――父から転生勇者の遺伝子を、母から王家の血統を受け継ぐ者として。

 を――聖剣を生みだす無限の聖属性エネルギーを――その《聖なる魂》に宿して。

 あらたな勇気の光を――《聖剣》を担う宿命を負って。


 まもなく目覚めた勇者ヒデオが、すべてのてんまつを知り悲しみに暮れ泣きさけんだことは、言わずもがなでありましょう。

 最愛なるマーシヤを失って乱れる感情のままに、フゾやフーカを激しい言葉でののしりさえしました。

 しかし彼とて、娘ユーシヤを守り養っていくためには泣いてばかりもいられぬ。

 それが、現実だったのです。


 異世界ファンタジーから、もといた世界リアルへ。

            

 マーシヤの遺志をむだにせぬよう、勇者ヒデオは転生前の名であるかいひでを再び名乗って生きていくことに。

 さいわい、彼の――つまり、山歩き中の遭難事故で長らく行方不明だった学生の――奇跡的生還は、家族や知人に暖かく迎え入れられました。

 もっとも、彼を以前から知る者たちにとっていくつか奇妙な点はあったのですが。

 

 なぜ、かいひでは異世界ファンタジーの勇者みたいな服装で戻ってきたのか(「いままで黙っていたが、僕はコスプレが趣味なんだ。コスプレしたまま山歩きするのはもっと好きだ」とひでは言いました)。


 おなじくドワーフやエルフじみた格好の同伴者たちは、何者なのか(「こちらのお2人はコスプレ山歩き仲間のふうぞうさんとふうさん。命の恩人だ」とひでは言いました)。


 そして何より、突然小さな赤ん坊を連れ帰ってきたのはどういうわけなのか(「山奥で拾ったこのみなしごを、僕は自分の娘として育てようと思う。名前ならもう決めた。ユーシヤ、かいユーシヤだ」――)。



 それから早十数年後の現在、かいひでは代々教育家一族であった維瀬飼家の家業を継ぎ、経営職としてけんさんの末、30代半ばにして維瀬飼学園の理事長を務める立場に。

 ドワーフのフゾは、ふうぞうとして学園長に。

 エルフのフーカは、ふうとして学生食堂調理師主任に。


 そして、そんないたちを背負いながらもスクスクと成長した娘ユーシヤ。

 いまが盛りの、高校1年生。

 勇者のへんりんをうかがわせる、ゆうかんぼうな活躍ぶり。

 転生徒会という、何やらにぎやかなパーティーまで結成して。

 ――ただ、仲間たちはまだ知らない。彼女の出生の真実を。



 青髪碧眼青マント美少女(おでこに《勇》の紋章入り)。

 勇者属性のかいユーシヤ。

 勇気が光り輝いて剣のかたちをなす、勇者固有の最強武器――《聖剣》を担いし者。


 さあ、はたしてその運命や――いかに。

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