第42話 弔い~フーカとフゾ

「ニャハー、食べた食べた。あー、もう入んない」


い過ぎだ、シンプルにな」


 さえない陰キャ属性の少年を見送った後も、の屋台にはしばらく1組の客が居座っていた。


 たらふくのと少しの酒をあおり、やや着崩れたふく姿の女と男、実はいずれも異世界人。


 女には2つの名があり、2つの人生があった。エルフのフーカ、あるいはふう

 男もまたしかり。ドワーフのフゾ、あるいはふうぞう


 あまり相性の良い組み合わせとも思えないこのコンビには、しかし共にしてきた過去と現在があり、こうして肩を並べて見すえる未来さえありそうなのだった。

 そしてそのすべての中心には、命尽きたひとりの男がいる。


 勇者ヒデオ、――あるいはかいひで

 別にいまさら呼び名など、どっちだってかまわない。そんなのはただの名前だ。

 どう呼ぼうと、どんな姿になろうと、彼が自分たちにとって尊き冒険の仲間であったことに変わりはないのだから。


 そう、冒険。

 そして、かけがえのない仲間。

 思えばずいぶん遠くまで来たものである。

 魔王討伐の旅路のはずが、よもや世界をまたぐてんたんへとつらなって、はては今日にいたろうとは。


 吟遊詩人ならここらで華麗にうたいあげでもするところだろうが、あいにくフーカもフゾも昔からそのようなたぐいのスキルの持ちあわせがなかった。

 それは、学生食堂調理師主任のふうと、かい学園学園長のふうぞうとなったいまも同様だ。


「なんかさー、あんま実感わかないんよねー、フゾッチ」


「んん?」


 カウンターの上でとっくりをコロコロと転がしながら、ふうふうぞうにぼんやりと語りかける。


「ヒデオのやつさー、霊魂になってまだその辺うろついてんじゃないかなー、なんてさ。フゾッチはそう思わない?」


「フン、さあどうだかな。ワシの記憶では、霊魂だの霊力だの、そういう話はむしろお前さんらエルフの専売特許だったはずだが」


「ニャ、ニャハハー。いやー、私ってばきゅうの腕なら一級なんだけど、そっちの話は昔からどうもねー」


「エルフが聞いてあきれるわい」


 苦り切った渋面でおちょこをしゃくると、ふうぞうは永年の相棒に問い返す。


「それより、さっきもうはじめが言っておったことだが、やはり難しいのか?」


「あー、誰がヒデオを、――つまり元勇者を殺したかってことね。ごめん、すっきりさっぱり手がかりなし。収穫ゼロ。いやどういうわけだか、何ひとつエルフ超感覚知覚スキルに引っかかってこないんだもの。まあ、何者かが意図的に妨害工作してやがるっていう推測くらいはできてもね」


「妨害工作? 結界とかそういうたぐいのものか」


「やー、だからあくまでもまだ推測だよ。私も実戦を離れ過ぎましたかねー。わからん、お手上げだー」


 おチャラけて降参のポーズをとるふうだが、そのエメラルド色の瞳から聡明さが少しも失われていないことにふうぞうは気付いている。

 気付いてはいるが、まあそれもいいだろう。いまにはじまったことでもない。


「この時点でお前さんにもワシにもつかめとるもんがないとすれば、単に、今回はワシらの出る幕じゃないということかもしれんな」


「おお、いさぎよい大人の魅力ですな、フゾッチ。っていうかー、いっつも言ってるけどその『お前さん』ってのやめてよー。ふるにょうぼうじゃないんだからさー。『フーカちゃん』とお呼びなさい。お望みなら呼び捨てで『フーカ』でもいいわよ、ウッフン」


「驚いたな、古女房じゃなかったのか」


「なっ(ボッ)⁉ えっ、不意打ち⁉ あーもう」


 酔いを覚まそうとしてか、ふうは身をひねってカウンターに背を向け、眼下のせんしきを眺めやる。少し前に、もうはじめが消えていったあたりを。

 そしてつぶやく。


けてもいいのかな。あの子たちに。もうはじめ君と、かいユーシヤちゃんに」


「…………」


「かーっ、私らにもあったのかねえー、あんな頃が。ねえ、フゾッチさんよ」


「…………」


「ねえ、フゾッチ。ヒデオは死んじゃったんだねえ。本当に本当に、死んじゃったんだねえ」


「…………」


「あいつったら、急に殺されちゃうんだもん。参るよ、ホント」


 たがいに背を向けたままで、ふうぞうの肩に、甘えるようにしてふうはもたれかかる。


「だけどさー、――いなくなって、わかるんだよ」


「…………」


 冷たい夜風が、河川敷を渡る。


「ねえ、あいつはさー、勇者だったんだよ。私たちの、勇者だったんだよ――」



「そうだな」と答えるかわりに、ふうぞうは泣きじゃくる相棒の頭をポフンとで叩いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る